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地獄の内情

(いろんな意味で)地獄の説明回です。

 フェレスは嬉々として、自転車の後部に座った。


『膝の上も良いですが、後ろ抱きというのも悪くありませんわね』


 腕を回してくる。自由になった腕を楽しんでいるようだ。少年は拒否しなかった。命を救われたことで猜疑心さいぎしんはナリをひそめてしまった。


「前に回ってやったらベアハッグだけどね。腕はいつ自由に?」


『ついさっきですわ。ご挨拶あいさつなさい、握り屋』


 少女がささやくと、アスファルトを走る少女の影から、細長い鉤爪かぎつめつきの腕が生えてきた。

 青銅色で、ふしくれ立ち、奇妙にねじくれた、みにくい手だった。


「こ、このたくましい腕の方は?」


 挨拶あいさつするように軽く手を振られて、少年のほほが引きつる。自転車は常に進んでいるのだが、影=握り屋は常にそれに付き従っているのが、妙に非現実的な印象を受ける。


『この子は握り屋(早取り屋)と言って、他者の魔力を奪うことができるのです。ナナセが退治したナイトコバルと、ヘクセンちゅう――タンカーに取りついていた妖虫――の魔力を頂戴して、いましめを解くことが出来ました。でなければリンドウの襲撃前にナナセとトランクを避難させることはできなかったでしょう』


 ペダルを漕ぎながら、買っておいた缶コーヒーを口に運ぶ。


「“ファウスト”に登場する大悪魔とコーヒーを飲むってのも、風情があって良いな。ぺリゴールに自慢してやりたいぐらいだ」


 コーヒーを、「悪魔のように黒く、地獄のように熱く、天使のように純で、恋のように甘い」と評した人物を持ち出す。フェレスにも1本手渡した。


『恐縮ですが、わたくしがドクトルファウストゥスを誘惑した当人ではありませんわよ』


 器用に指1本でプルトップを引き上げ、コーヒーをたしなむメフィストフェレス。


『レディーをそんな年増としまと混同するなど、失礼ですわよ、ナナセ。わたくしはもっと、年相応の可憐な少女のはずですわ……たぶん』


 妙なこだわりがあるらしかった。


「へ? だって、メフィストなんだろ? あ、いや、さっきのもメフィストなんだっけ?」


 黒服の女性を思い起こす。


『メフィストフェレスは、1体の悪魔を指して呼ぶ名称では無いのです。旧約聖書は読破いたしまして?』


「い、いや、不勉強で……って言うか、日本じゃ勤勉な学生でも読んでないと思う」


 責任を日本国の教育事情に押し付ける、愛国心も七割の男。


『“世のことわりからはじかれた人間”がメフィストフェレスに堕ちるのです』


 哲学的なことを交えて説明する。

 世の理とは、“神の望んだ人生”とも言い換えられる。


「要は、ド外れたこととかして死んだら、メフィストフェレスになる、ってことかな。ってことは、フェレスは元人間なんだ。ちょっと安心した」


 七瀬は難解な部分をニュアンスで解釈して勝手に安心した。


いわく“光を愛せざる者。狡猾こうかつな破壊者。悪臭を愛する者。姿はドラゴンのようであり、グリフォンのようであり、老人であり、紳士であり、殺人者でもある。”このように整合性の無い人物像は、他に類を見ません。存在が複数ゆえに成立するのです』


「なるほど。確かに異名にしても、姿にしても脈絡がなさ過ぎるもんな」


 使い魔にして悪魔の証言は、矛盾をはらまない1つの解答だった。


『ですから、さいぜんの淑女しゅくじょ、ロックブーケもメフィストフェレスであるわけです。ただ、死亡時の姿を引き継ぐわけではなく、心根の醜さや願望を投影して変質する者も少なくありません』


 そうでなければ、ドラゴンやらグリフォンやらの姿をとるモノが存在するはずがない。


 だがそれは、フェレスが人間であった時は、必ずしも今の外見と同じであったとは限らない、ということでもあった。


「一族の総称みたいなもんか。その“メフィストたち”はつごう何体生息してるんだい?」


 何気ない質問だったが、実に恐ろしい返事が返ってくる。


『現在は666万ですわね。わたくしと彼女(ロックブーケ)以外は地獄に幽閉されていますけれど』


 あまりに馬鹿馬鹿しい単位ゆえに、理解に時間を要した。


「7ケタ? しかもなんか馴染みのある、それでいて馴染みたくない不吉な単位が……」




(罪を犯した人間が落され、666万の悪魔と8柱の魔王が棲む魔界ですわ)




 地獄のことをフェレスが説明したときの台詞を思い出す。


『ええ、地獄にむ666万の悪魔とは、全てメフィストフェレスのことなのです』


 少年は絶句して、携えたトランクを見た。


「地獄ってさ……」


『はい、要は、メフィスト化したものたちの隔離場です。まさかナナセ、“悪魔”なる者が、自然発生的に湧いて出て、“魔界”なる異世界が自然に構築された、などと生態系に都合の良い解釈をしておりましたの? 近隣の惑星を探査しても、異星人の1人すらも発見できない現状で」


「……はい、思ってました」


 地獄の話を聞いても、無根拠にそう信じ込んでいた。


『本来、メフィストフェレスは地獄から出られない身の上でした。なにしろ、死者が変化するのですから、現世での生誕は有り得ないわけですわね。無論、オージン(オーディン)の計らいでしょう』


「あ、言われてみれば納得だ。だから地獄はメフィストと死者の巣窟そうくつってことか」


 七瀬は思わずめ息を吐き出した。



説明、工夫したいけど、長くなりますね。

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