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フェレス

今回が、物語の核心の1つです。

 フロントガラスやバンパーが砕けている、事故車であろうトラックに体当たりを食らう。かなりの衝撃だったが、七瀬の操る喧嘩屋けんかやは、指1本の幅も後退しなかった。


「大人と子どものケンカだな。よっ、と」


 トラックを抱え上げて、後衛の車輪どもに投げつける。数台が巻き込まれて下敷きになった。店の柱も巻きぞえで壊してしまったが。


「こりゃ、夜が明けるまでにはここいらは更地になってるな」


 店の所有者に申し訳ない気持ちはあったが、当面店よりも倉庫を守らねばならない。


 さび色の甲冑かっちゅうの方なら思い通りに動かせる。が、黒い方の甲冑は邪魔なばかりで、張子の虎どころか、ただの重石おもしだった。

 それでも、車相手の拠点防衛ならば、なんとかなりそうだった。


 ふと、甲冑が手にしていたランスに意識が向く。できそうな気がして、試しに念じてみると、ランスがぐにゃりと変形した。瞬く間に、クロスボウに再構成された。


「うわ、ホントにできた」


 矢を撃ち出す。自動車と、バイクと、3輪車を田楽刺しにした。


「……やっぱり強いな、コイツ」

                     

 以前思ったように、喧嘩屋は強力だった。林道の魔法も便利そうだが、こと単純な暴力においては“使い魔の使い魔”たる喧嘩屋に到底とうてい敵わない。四ツ角の“魔女の火柱刑ひばしらけい”に至っては何をかいわんや、である。


「フェレスはただの使い魔じゃない、それはもう疑いようがない」


 喧嘩屋は、神経や筋肉の中継は必要なく、精神のみで操る。操縦に慣れ始めた七瀬は、精神ががれていく心地がした。ほとんど脳を稼動させずに、背面の黒甲冑から盾を奪い取る。


「使い魔。フェレス。魔法。ワルプルギスの夜。それに、影……」


 自転車を数台、カイトシールドで叩きつぶしつつ思惟しいを巡らす。迫ってくる敵の撃退に忙殺され、気が付けば、遂に巨船の侵入を許してしまっていた。


「あああ、もうタイムリミットか」


 宵闇よいやみまぎれ、巨船がついに間合いに入ってきた。


「……間近でみると、ただの壁だな、こりゃあ」


 全長182m。5mの巨人が比較対象としては小人である。

 オイルタンカーの部類であるらしい。陸にあがっているのでかじもプロペラもバルバス・バウも役に立ってはいない。地面をえぐりながらやって来た軌跡は、ミミズの粘液の跡を思い起こさせた。


 船体が喧嘩屋など目に入っていないかのような無造作さで前進する。背面の甲冑が邪魔であることと、背に護るべき倉庫が控えているのとで、力比べを受けてたった。


 船体を両手で押さえ、必死で押し返そうとするが、質量に段どころかケタの差がある。


「ぐっ、分かりきってたけどキツイ……!」


 じりじりと押されてゆき、倉庫の壁に足が触れる。壁は支えにもならず、一部が崩れた。


「あ、あれぐらいなら瓦礫がれきの下敷きとかにはなってないはず。けど、挽回ばんかいは無理か。ウツシヨには重力とか質量とかあるんだから。でもこの原油運び屋を壊さないと……ああっ?」


 ここで、七瀬はようやくフェレスの講義を思い出した。


(憑いているのはあくまでも影です。影に干渉し、撃退できれば、結果は同じですわね)


 あの時、七瀬は不可能だと取り合わなかった。だが。


「喧嘩屋は悪霊の一種だって言ってた。で、今僕は、喧嘩屋の中から外を見てる。もしかして……」


 目を凝らして、タンカーではなく、それに付き従う影を凝視ぎょうしする。影がわずかに波立っていた。

 てのひら程度の大きさの、イナゴに似た虫が、何千匹も集まって影の中を泳いでいる。イナゴ似の妖虫は、なぜかどれもが単眼である。

 生理的に嫌悪感をもよおす光景だった。


「こ、コーヒーをもどしそうだ。アレが集まって、タンカーを動かしてたのか」


 力比べを放棄して、タンカーの右手にどうにか位置取る。

 クロスボウをランスに戻し、タンカーではなく、イナゴの群れめがけて突きこむ。危機を察した怪虫どもは、いち早くタンカーの影に潜り込んだ。


 ランスはそのまま、影に突きこまれた。泥濘でいねいに手を突っ込んだような手応えの後、数千の悲鳴がハーモニーを奏でる。影の表面に、数百のイナゴの死骸がプカプカと浮かび上がった。


 タンカーの動きが鈍重になる。


「場当たり式にやったけど、やっぱり、喧嘩屋なら影に干渉できるんだ」


 七瀬は、原理はさっぱり分からなかったが。


「やれやれ、疲れた。大山鳴動してイナゴ1000匹だな。……もうちょっと隠れてそうだな」


 今度は手を影に入れ、引き抜く。すると、数十匹のイナゴをつかみ出していた。単眼のイナゴ群は指から逃れようと必死にもがいている。


「これって、生き物じゃなくて、人間が抱いていた負の集積なんだよな、たぶん」


 人間の負の感情を潰すつもりで七瀬は指に力をこめた。枯葉のようにあっけなく崩れる。

 同時に、タンカーは完全に動きを止めた。



「危なかった。アイスキュロス先生の“正しき思慮しりょこそ神の最上の贈り物なり”は至言だな。神様の居ない日に言うのも皮肉だけど。フェレスに教えてもらってなかったら詰んでた」


 使い魔の少女は、こうなることを知っていて、情報の種をまいていたのだろう。おそらくそれに七瀬が気づかない場合、死ぬことも視野に入れて。

 危機を脱した安心感からか、饒舌じょうぜつに独り言を続ける。


「ゲーテ先生は“常に絶望せず希望するがよい”って言ってたけど、どこまで希望していいものやら。……ん? ゲーテ?……え?」


 いつぞや契約について考えた時に浮かんだ、物語の挿絵。作者をはっきりと思い出した。


「使い魔。契約。フェレス。ワルプルギスの夜。悪魔。悪霊。魔法。喧嘩屋。……ゲーテ」


 単語の羅列られつを反ばくする。言葉がイメージとなり、1つの物語が導き出される。大昔に読んだことがあった。ゲーテの名作を。高潔な主人公に、魂の契約を迫る悪魔を。



「フェレス。フェレス。――――メフィストフェレス!」


とっくに察している方もいたかもしれません(笑)

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