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舞い降りた非日常

2人目のヒロイン登場回です。

 2人は国道沿いの道路を歩いた。右手に細い曲がり角が見えてくる。


「じゃあね、私こっちだから」


 優雅の家は、細い路地をかなり進んだ先にあった。


「僕も、今日はこっちを通って帰るよ」


 七瀬は言って路地に入ろうとする。


「え? 七瀬の家、国道通った方が近いでしょ?」


 付き合いが長いので、お互いの家に遊びに行ったことが何度かある。


「200mも違わないよ。この辺り、恐喝とかひったくりが最近多いし」


 優雅の町内会を一歩出たところに、軽犯罪が多発する界わいがあるのだ。


「ふっふーん♪ 紳士じゃない」


 気遣いを感じ取り、嬉しそうにほほえむ優雅。彼女の家は入り組んだ場所にそびえているため、国道を通っては大周りになってしまう。


「はいはい、1年の七割ぐらいは紳士だよ。そう言えば、優雅の家って、例の“廃屋”とやらの近所にあるんだろ? ちょっと夜は怖いな」


 優雅の家の近隣には“廃屋”と揶揄やゆされる古びた家があり、近所の住人すら近づかないと聞いたことがあった。殺人鬼が隠れ住んでいるとか、殺人事件が起きたとか、不確かな噂がかっ歩している。


 七瀬は小学生の時代に、遠巻きに見物したことがあるだけだが、言葉に形容できない陰惨な雰囲気に、背筋が寒くなったのを憶えている。


「……気持ちは嬉しいけど、あの廃屋に殺人犯なんていないわよ。だから、心配いらないの」


 あっさりと断られてしまった。少年は、優雅の機嫌が微細に悪くなったように感じた。近所をしざまに言われたのに反応したのか。陰口は特に彼女の嫌う要素だった。

 無理についていくつもりもないので、その場で解散となる。


「いい? その封筒、焼くか捨てるかしなさい。絶っ対、ロクな事にならないから」


 絶対、を特に強調して言った。厳命をたまわった七瀬の意志力が、常人の七割しかないことをすっかり失念していた。

 少女がそれを痛感するのは翌日のことである。


 帰宅して服を着替えると、封筒片手にベッドに寝転んだ。封筒の腹が膨らんでいる。明らかに、手紙でないものが入っている。 


「何が入ってるか、確認するだけならいいよな」


 自分に言い聞かせて封筒を破いた。転がり出てきたのは、鈍く光る円筒形の物体だった。

 掌に収まる程度の大きさで、奇妙な模様が彫られている。


「美術品みたいだな。真ちゅう製かな?」


 封筒には他に何も入っていない。筒を観察していると、上部がフタであり、中が空洞であることに気づいた。時代劇で見たある物体を思い出す。


「大きさといい形といい、印ろうみたいだけど。中に何か入ってるのか?」


 優雅の忠告など好奇心の前には七割引きになってしまった。試しにフタを引っ張る。ポン、と小気味のいい音を立てて、たやすく抜けた。同時に、中から光が放出される。


「ま、まぶしっ……!」


 一瞬にも満たない時間放たれた閃光の中から、少女が姿を現した。


『ふう、窮屈きゅうくつでしたわ』


 年の頃は10歳ぐらい。美しい顔立ちに、銀糸のような長い髪。七瀬はわずかな時間見ほれてしまう。

 ただ、身を包むゴシックドレスは素人目に見ても高級品と分かるが、生地やリボン、果ては靴やブローチに至るまで全てが白で統一されているのは、さすがに奇矯ききょうと言わざるを得ない。


「え、ええと、君は一体……」


 少女はにっこりとほほえんで、優雅にスカートを舞わせた。


『ご契約いただきありがとうございます。わたくしの名はフェレス。今日より、貴方のファミリアー(使い魔)ですわ。どうぞお見知りおきを』


 殺風景な部屋には似つかわしくない美しい声音と仕草で、理解し難い自己紹介をされた。




挿絵(By みてみん)




挿絵(By みてみん)




「あ、どうも、御祝七瀬です。アダ名は“七割の男”。……でも、使い魔って? あの、昔話とかで魔女が飼ってる黒猫とかカラスの類?」


 律儀にあいさつした七瀬の脳内では、老女が大釜おおがまをかき回す情景が浮かんでいる。


『正式には、魔女が契約する精霊、動物、悪魔全てを指して言います』


 自分がどの部類に属しているのかは、明言しなかった。


「つまり、“魔法売ります!”の魔法ってのは、君のこと?」


 理解しかけていたが一応、確認する。


『ええ、貴方は運がいいですわ』


 本人(?)は本気で言っているようだが少年にとっては厄介な事態以外の何者でもない。


「……参ったな。3000度の炎でも噴けるようになるとか思ってたけど、まさか“生もの”が来るとは計算外だ。あの、お願いがあるんだけど……」


 6歳は年下に見える少女にへりくだる。


『何でしょう? 最初の御用命ですわね』


 ぐいっと身を乗り出す。


「僕のこと忘れて、帰ってくれない? ほら、“さよならだけが人生だ”って井伏鱒二先生も言ってるし」


 あまりと言えばあまりなことを、誠意を込めて提案した。少女は激怒するかと思いきや、乗り出した身を更に近づけ、七瀬の顔を見すえた。至近距離でにっこりと微笑む。


『聞けない要請ですわね。こちらにも都合というものがあります。それに、貴方とわたくし、相性良さそうですもの』


 唐突に顔が覆いかぶさり、唇と唇が重ねられた。七瀬は反射的に体をはねのける。


「び、びっくりした……!」


 耳の真横に移動したかと疑うほど、心臓の動きがやかましい。外見不相応につやのある仕草で少女は笑った。


『あら残念。でもこれで、正式な契約が完了しましたわ。破棄すれば、魂をいただきますのでしからず』


 機先を制された。どうやら、七瀬とは役者が何枚も違うようだった。


しいに決まってます。けど、しょうがないか。封筒開けたの僕だし自業自得だもんな」


後悔も三割引きの男だった。


『好ましい性格ですわね。往生際が良いのも殿方の度量ですもの。ともあれ、契約は絶対です』


「はあ」


『よってナナセ、貴方はわたくしのモノです』


「えええ? ちょ、ちょっと待った!」


 話が一足飛びどころか万里の彼方まで飛躍した。どうやら、少女のお気に入りになったようではあるが。


「あべこべだ。使い魔って、ご主人、つまり僕に仕えるものだろ?」


『わたくしは特別なのです。安心なさい、掌中しょうちゅうの珠のように大切に扱いますわ』


 何をって特別なのか、少年には全く分からなかった。加えて半分物のような例えだが、害意はないらしい。どこかで隙を見て立場を逆転させよう、と決心する七瀬だった。


「はあ、掌を返したり掌で踊らされないようにするよ。落ち着くために、コーヒーでもれようか。冷静に考えてみれば、聞きたい事が沢山あるんだ。マンデリンでいいかい?」


 正面切って警告し、あまつさえ人外をテーブルに誘う七割の男。


『ええ、喜んで』


 魔女の相棒たるはずの使い魔は、悪意のかけらも無さそうな笑顔でうなずいた。


13日にまた投稿します。

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