欺瞞(ぎまん)と疑惑
話が複雑になってきています?
「……分かってる。助けてくれてありがとう、助かったよ。多分、コイツもさ」
気絶し、うつ伏せに寝転がっている肥満体を見る。床には盗品の貴金属が散乱していた。
「拾っておきましょう。後で店に返しておかないと」
極限状況でも律儀な優雅である。七瀬も手伝って金細工の指輪や大粒のダイヤをあしらったブローチを回収する。
そこで、奇妙なモノを発見した。四ツ角が預かった災厄であることは、貼ってある黄色いラベルから間違いない。
「……おいおい、コイツ、小箱の他にも持ってたのか?」
七瀬は樋口を退場させてしまったためにウェストバッグも預かる羽目になったのだが。
「そういえば四ツ角君を初めて見たとき、これを掲げて“ゲットだっつーの!”とか喚いてたわよ。盗品だったのかしら」
優雅が説明する。どうやらヴァルプルギスナハト開始間もなく、他者から奪い取ったものらしい。欲に目がくらんだのだろう、と後先考えない四ツ角の性格を踏まえて予想する。
問題は、その容器だった。スーツケース、ウエストバッグ、水筒、クーラーボックスはどれも「容れもの」であるが、これは異質だった。
「さっき外で、“自分のは小さい”って不平言ってたな。でも、何だって、弾丸なんだ?」
それは、鉛色に光る弾丸だった。直径9mm、長さ19mmの一般的な拳銃弾である。
「火薬が入ってる部分が空なのか。“ご褒美”のサイズは19ミリ以下。こんなんじゃ何も入らないな。四ツ角の怒りも分からないでもないや。命懸けで守ってこれじゃなあ。アイツはこの夜を、“周りの人間から預りモノを奪うゲーム”だと勘違いしてたフシがあるけど」
七瀬は与えられる報酬を、馬の前の人参だと捉えていた。
だが、この弾丸に入るものなど極小である。なぜこんな容器が用意されたのか。七瀬は、1つの仮説に行き当たる。大きいほど眼に留まりやすく、狙われやすい。
つまり、報酬を度外視せざるをえないほど……
「報酬を犠牲にしてでも解放されたくないものが、この弾丸の中に……ある?」
ラベルを確認する直前、不快な音が耳を直撃する。シャッターの一部が凹みに耐え切れずに破れ、ヘッドライトと排気ガスが室内に注がれた。ライトの片方が潰れた軽四だった。
「く、車か。いよいよ本体が到着したってことだな。いくらも保たないぞ、こりゃあ」
エンジン音を従えて、独眼が後退する。反射的に弾丸をポケットにねじ込んだ。
『さながらバッティングラムですわね。路地裏作戦、籠城戦共に、ナナセの企画倒れのようです』
「う……否定できない。けど、車とタンカー向こうに回して、安全圏ってのもすぐには……」
フェレスの呑気な感想に付き合っている場合ではないのだが、思わず落ち込む七割の男。
「七瀬、こっちの部屋の方が頑丈そうよ!」
少女が示す鉄の扉の中にはドラムやギターがあった。
「楽器を片付ける倉庫みたいね。壁も厚い。ここなら少しは持ちこたえられるかも……」
段々尻すぼみになってゆく。エンジンを鉄で鎧った車の前では、鉄の扉もコンクリートの壁も、物の数ではないことを悟ったからだ。
そして、持ちこたえられたとしても、タンカーが追いつけば全てが終わる。ただ閉じこもるだけでは、何も好転しないのだ。
「藁の家でもないよりマシだな。隠れててくれ。フェレスとトランクと、ついでに四ツ角も頼む」
決意を伴った台詞に使い魔は笑みを浮かべ、少女はがく然とした。
「ちょ、ちょっと、七瀬。まさか、四ツ角君が言ったように、1人で飛び出してオトリになるって言うんじゃないでしょうね? 駄目よ、寿命を七割引きにしてどうするの!」
シャッターが破られた。車を先頭に自転車も殺到する。優雅にトランクを押し付けた。
「いや、僕も倉庫に残る……体だけは。フェレス、喧嘩屋を借りるよ」
『アレはもうナナセのものですわ』
あまりありがたくないことを言われてしまう。
「喧嘩屋、出て来い……」
七瀬が言うと、影からズルリ、と錆と黒に塗り分けられた巨体が這い出てきた。5mの西洋甲冑は天井につっかえ、店舗を破壊しながら立ち上がる。
何度見ても、喧嘩屋の威圧感には慣れそうもなかった。
シャッターも含め、店舗の前半分はすでに瓦礫である。どの家も、喧嘩屋の腰の高さまでしかない。
意識を集中し、襲われる浮遊感に身を任せる。視点が切り替わり、七瀬は死んだように崩れ落ちる身体を見下ろした。
「七瀬どうしたの? それに、この怪物は……?」
先陣を仰せつかった、ボンネットが大きく波打った軽四が甲冑の股下を潜り抜け、優雅に挑みかかろうとする。少女はとっさにフェレスと七瀬の本体を抱きすくめてかばう。
だが軽四は、打ち下ろされたウォーハンマーに貫かれ、地面に縫いとめられた。ランスを横なぎに払い、後進の自転車群をまとめて吹き飛ばす。鋼鉄の体で壁となり、自転車達に立ち塞がる。
「おっとそうだ、死なれちゃ寝覚めが悪いもんな」
気を失ったままの四ツ角を拾い上げ、倉庫に押し込む。操るのは2度目のせいか、ある程度は思い通りに動かせた。重い扉も閉めてやる。優雅は腕の中の七瀬と甲冑を交互に見た。
「まさか、あれに七瀬が入ってるの? 意識とか、魂なんてものが」
察しの良い少女だった。倉庫内の小さな窓から見物していたフェレスが向き直る。
『はい、あの子は悪霊の1種で、ナナセが動かしているのです』
説明された優雅は、悪霊という単語に反応した。
「悪霊? だったら、あなたもそのお仲間? だから、いつも顔がはっきり見えないの?」
優雅の目には、使い魔の体が常にぼやけて映っていた。まるで、ピントのズレた画面をのぞき込んでいるように。判別できるのはせいぜい、子どもであることと、銀髪であることぐらいだった。
『なるほど、当たらずとも遠からず、でしょうか。わたくしとしては、なぜそのことを、今までナナセに問い質さなかったのか、という点に興味がありますが』
言葉の応酬に、不穏な気配がまとわりつく。
『ただ、あの子とわたくしは別口です。あの子は喧嘩屋という、わたくしの使い魔ですわ』
「喧嘩屋? ゲーテの……それと、魔女に、ワルプルギスの夜……?」
七瀬を膝に抱えたまま黙り込む。昔読んだ古典に、心当たりがあった。
『やはり御存知でしたか。ナナセはまだ気づいておりませんが』
フェレスは思索の邪魔をしなかった。すぐに、少女は1つの結論へと行き当たる。
「魔女、魔法、使い魔、喧嘩屋。フェレス……フェレス……。――フェレス!」
優雅の発した、かすれた単語に、使い魔は艶然と微笑む。
『それがわたくしの今の名ですわ』
10万字まで遠いですね。




