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獅子身中の豚足

トラブルメーカーって、書いてて楽しいですね(笑)

「確か、ここらにあった薄ぼんやりした記憶が……」


 飲み屋街に入り込み、先導する。

 すぐに目当ての立地条件を発見した。薄汚れた飲み屋同士に挟まれた隘路あいろだった。路地の割に、照明がかなり明るい。4人がそこに逃げ込む。自転車が入ろうとするが、ハンドルがつかえて侵入がはばまれた。


「人が1人立つだけで肩が当たりそうな狭さだけに、自転車じゃ入ってこれないわけね」


 優雅が感心する。分離して飛び込んでくる3輪車は、強い照明に当てられて煙を上げる。すかさずライトを浴びせかけた。


「犯罪防止ってんで、わざと強い照明を置いてるんだよ、この辺」

 

 左右からしか襲われないので対応が楽だった。四ツ角(よつかど)の援護も加われば更に好転するはずである。


「一時しのぎには違いないから、数を減らしたら逃げよう。さっさと君の魔法で応戦……」


「あー!」


 七瀬の言葉を遮るように、四ツ角が大声で叫ぶ。慌てたのは残りの2人である。


「お、おい、叫んでるんじゃない。敵が余計集まってくるじゃないか」


「うるせえ、お前、ナニ持ってんだっつーの!」


 四ツ角の人差し指は、七瀬の提げたスーツケースに向けられていた。今まで気づかなかったらしい。


「君だって、さっきの小箱預かったんだろ? 僕のはトランクってだけで、何が……」


 男は七瀬の言葉など聞いてはいなかった。一方的にまくし立てる。


「ズリいぞ、こんなデカいモン持ちやがって! 俺サマのは超小さかったっつーの!」


 狭さにも状況にも取り合わず、トランクに取り付く。預かり物の大きさに不満があるようだった。


「それ、俺サマに寄越せ! 独り占めすんなっつーの!」


 無理矢理トランクを奪おうとする。七瀬は必死で抵抗した。


「ば、馬鹿、これの中身、ゲヘンナ(地獄)だぞ? 開いたらどうするんだ!」


 七瀬の常識をはるかに逸脱した行動だった。大声で敵を引き寄せる、トランクを奪おうとする、では、敵か味方か判別などできない。

 ふと気づけば、隘路あいろの出入り口にひしめき合う車輪の群れ。確かに入ってこれないが、こちらが出られなければ棺桶かんおけと同じである。


『この肉まんじゅうにトランクを預けるのは、泥棒に金庫番をさせるよりも危険ですわね』


 七瀬もフェレスと同意見だった。

 もし、先に出会った林道などがトランクを欲しがったのならば、七瀬は喜んで応じたことだろう。報酬は魅力的だが、地獄を抱えて逃げ回るきもはない。肩の荷を降ろして清々(せいせい)した気分に浸れたはずだ。

 だが、小箱、ひいては町を破壊する原因を作った四ツ角相手ではとてもそんな気になれない。


「七瀬、こっちのお店の裏口、開いてるわよ! 立てこもりましょう!」


 地形を確認していた少女が、ドアを開けて呼びかける。誘蛾灯に群がる蛾のように、四ツ角の大声に呼び寄せられた敵影は数え切れないほど。座しても陥落は間近だった。


「わ、分かった、今は預けるから、とりあえず店に逃げ込もう」


 不承不承トランクを手放した。敵に囲まれた隘路など、ただの処刑場に成り下がる。


「手を焼かせやがって、初めから気持ちよく渡しやがれっつーの」


 トランクを抱え込んだ四ツ角も七瀬の後に続いた。


 店内は、一昔前に流行ったようなジャズバーだった。狭いながらもステージとカウンターがしつらえてある。優雅は入り口に駆け寄り、シャッターを下ろす。すぐにガンガンとシャッターに激突する音がして、シャッターがへこみ始めた。


「少しはちそうだけど、マズったか……?」


 敵影と、敵と変わらぬ行動をとる四ツ角に気をとられる余り、タンカーのことをすっかり失念していた。小さな店ごとき、タンカーの前では一呑みにされてしまうだろう。


「ヴァカが、俺サマまでピンチに巻き込むなっつーの」


 トランクを小脇に抱えているが、己の鈍足や愚行は棚に放り上げている四ツ角。


「良いアイデアがあるっつーの。お前らヴァカに聞かせてやるからよっく聞け」


 腹立たしい物言いだが、手をこまねいていてはジリ貧である。2人は黙ってアイデアとやらの詳細を促した。


「いいか、七瀬、つったっけ、お前がシャッターを少しだけ上げて飛び出る。自転車とかを引きつけて逃げろ。その隙に俺サマが裏口から脱出するっつースンポーだ。いい作戦だろ」


「なっ……!」


 優雅が頬を紅潮させる。作戦などという代物ではない。単に七瀬に犠牲を強いて、自分だけ安全に逃げ切るつもりしかなかった。四ツ角はトランクの腹をバンと叩く。


「“俺サマの”トランクも守りきれるし、お前の汚名おめい挽回ばんかいできるっつーの」


 自分では非の打ち所のない理論のつもりらしい。


『汚名を挽回するつもりですか、この豚足。そもそも、汚名も冤罪えんざいですけれど。盗人猛々(ぬすっとたけだけ)しいですわね』


不思議な言い回しに、フェレスが突っ込む。七瀬は、四ツ角望夢の性格に確固たる位置づけができた。この男は他者を必要としない。他人の意見は耳に入らないし、他人の命も眼中にない。

 そして、それを悪いと痛める心もない。


「ホラ、早く行けよ。時間がねえっつーの。失敗したら、次はあの女に行かせるからな!」


 自分、それだけが四ツ角望夢の全てだった。少年には男が樋口と重なって見えた。


「僕は七割の男だけど、君は自分が十割の男みたいだね。そんな馬鹿には従えないよ」


 こじれると分かっていても言わずにはおれなかった。次は優雅が的にされる。断られると思っていなかった四ツ角は激昂げっこうした。自分の意見は常に正しい。悪いのは常に他人なのだった。


「ああ? だからヴァカは嫌いなんだっつーの。俺サマが殺してやるよ! ファイ……」


 叫んでいる途中で後頭部を殴打され、荷物をき散らしながら床に転がった。背後では、蒼白そうはくな顔をした優雅が、震える手で立て看板を握り締めていた。


「優雅が……?」


 七瀬には意外な行動だった。彼女は、七割の男以外に実力行使したことなどなかった。


「私、まだこの異常な状況を理解できてないけど。言ってることが人として間違ってるわ。例えば、悪いことをして100円得しても、それは一時的なことで、必ず後で200円取り立てられるようにできているのよ、世の中は。ましてや命なんて取り返しがつかない」


 彼女の信念だった。四ツ角を救うつもりでなぐったことを少年は理解していた。



次話は明日投稿します。

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