災厄の解放
勢いで18日中に次話投稿できました。
“魔法売ります!”が届けられるのは、死んでも誰も困らない者。
七瀬は息を呑んだ後、内心のショックを隠すためにゆっくりと吐き出す。かさばるトランクを担ぎなおした。否定する根拠が、人生のどこを巡っても、見つからない。
「……ま、まあ、七割の力で生きてる人間に、誰も用なんてないもんな。エコだね。優雅に手紙が届かない理由はそこか。樋口や後ろの肥満体も納得だけど、林道先輩や僧都さんは?」
特に林道は、まともな人間の部類に入る、と思っていたのだが。
『ナナセは、センパイとやらが、最後にどう呼びかけたかお忘れですの?』
記憶を手繰る。
「確か、……“それじゃ御祝君、またな。……そこの嬢ちゃんも”って……えええ?」
口に出してみて、驚愕する。
『ええ。あの男、わたくしが視えていたのですわ』
ちゃんと目線を合わせていましたもの、と付け加える。
「……視えてて、視えないふりをしてた?」
『魔女は、嘘と仲良しなのですよ。あのセンパイ、評判と結果にいろいろと齟齬がありそうでしたわね』
言外に七瀬の人物鑑定を否定した。
七瀬は、林道が「10年来の逸材」と称えられているにも関わらず、バスケ部の大会成績がまったく振るわないことを思い出した。
「何で、言われたときに気付かなかったんだろう」
どちらかと言えば、慎重な性格である七瀬が、今の今まで気にも留めていなかった。
『わたくしと同じく、魔術的な欺瞞が施してあるようでしたわ。魔術の素養がないはずのあの男に、そんな小細工ができるはずがありません。とするならば……同類が』
さらりと重大な情報を呟く。じぶんにも魔術的な欺瞞が施してある、と。
同類がいる、と。
フェレスは、僧都琴音と同じく、林道にも魔術の素養を感じなかった。
『或いは、ナナセのアンテナにひっかからないほど自然な、天性の嘘吐き、でしょうか』
七瀬の視線に気づいて、わざとらしく別の選択肢を提示してみせる。詰問しても、素直に答えてくれる相手ではない。
心配をかけまいとしてくれているのか、それとも期待されていないのか。
七瀬は秘かに嘆息した。
「なんだ、折角味方が増えると思ったのに、鼻持ちならない奴らばっかりじゃないか」
話題転換のためのセリフだったが、偽らざる本音でもあった。
『だからこそ、黒い手紙に選ばれたのでしょう』
遠回しに何かを言われた気がする七割の男だった。
「でも、んな人種ばかり集めたってことは、神様は僕達を使い捨てる気満々じゃないか」
少年の抗議に使い魔はあら、と薄く笑う。
『オージンの異名の1つは“戦死者の父”。もう一方の側面である、アルゴス殺しで有名なヘルメスは、死者の管理者。死に心を悼めては、神様は務まりませんわ』
損失は軽いに越したことはありませんし、と余計なことを付け足す。
「“魔法売ります!”絡みで魔術の神様って印象しかなかったな」
”今だけは亡き神様”が嫌いになりそうな七瀬だった。
「ほら、そこの犯罪者予備軍、もっと急ぎなさい!」
優雅に急かされて、我に返る。
乗り手不在の自転車とバイクが、ベルやクラクションを鳴らしつつ追い上げてきていた。
「ねえ、七瀬。平地で自転車に徒競走で勝てると思う?」
優雅が自転車の猛追に息を切らせながら尋ねる。
「答えが分かってるコトを訊くのは、徒労って言うんだぞ」
ライトを照らされるせいで、闇に紛れて振り切れない。
隠れることができる立地でもない。喧嘩屋を出して対抗しようにも、移動も満足に行えない操縦では、優雅たちを守ることもおぼつかない。
「あ、足が、もつれるっつーの!」
四ツ角が無様に転び、口が開いたままだったリュックから宝石をあしらった装飾品や小箱が派手にぶちまけられた。
高価なマキビシに、肉薄していた自転車の数台が転倒する。
「あああーっ! 俺サマのお宝がー!」
荒い息の合間に悲鳴を上げるが、さすがに取って返す勇気も体力もないようだった。
「君のじゃなくて、盗品だろ。でもこれで距離が稼げたな」
冷めた目でつぶやく七瀬は、遠ざかってゆく貴金属の群れの中に、何やら黄色いラベルの貼られた物体を見つけてしまった。
リング用ジュエリーケース。ちょうど指輪1つが入るようになっている小箱に、確かに黄色い札が貼りつけられている。
「お、おい、あの“給料3か月分です”みたいな小箱、ひょっとして、今日手紙で届いた、預りものかい?」
膝立ちになっていた四ツ角の頭を捕らえて、強引に小箱に向かせる。
「はあ? だからどーしたんだっつーの!」
物事の重大性を考えられぬものはどこにでもいる。
取り返しに戻るのはのは自殺行為だった。
車輪の雑踏に飲み込まれる小箱。七割の男の視力は、豆粒ほどにしか見えないジュエリーケースが、バイクの車輪に踏み壊されるのをしっかりと目撃した。
19日は夜の投稿になります。




