タンカーと車輪軍団
早めの投稿です。説明がちょいちょい入ります。
使い魔の説明で、徐々にヴァルプルギスナハトという日が分かりかけてきた。
「つまり、今日だけは、僕たちが日ごろの仕返しをされるんだな。それで鏡、か。他に手段は?」
七瀬は得心がいった。
『てつぱいぷをぶつけたみたいに、本体を破壊しても止められますが。憑いているのはあくまでも影です。影に直接干渉し、撃退できれば、結果は同じですわね』
人間には不可能な手段を提示される。
「影って、人間は手出しできないじゃないか。湖面の月を取るようなもんだ。……影、か」
白楽天の例えを出しながら、七瀬は床に映った甲冑の影に触れる。
当然、影は無反応だった。
影が主を動かす世界。喧嘩屋は影から這い出てくるし、ナイトコバルも影に近しい存在だった。偶然なのだろうか。
「影は死の暗示っていうからな、人に縁が深い」
『人間に原因のあるものは、人間に対処させるつもりなのでしょうね、オージンは』
「そりゃまた、躾に厳しい神様だ」
それにしても、と七瀬は思う。
当初は同居人が増えた程度の認識しか持ち合わせていなかった使い魔の存在だが、情報という分野では途方もないアドバンテージである。
ただ、その利点が元々の使い魔――絵本で見たようなカラスや黒猫――とは大分異なるような気もしていた。
「“時はどんな荒れた日でも過ぎてゆく”ってシェイクスピア先生は言ってるけど、気の重い1日だなあ。まあ、影は光に弱いみたいだから、何とかな……」
遠くから響いてくる地鳴りに言葉が遮られる。地面も幽かに振動しており、しかもそれが徐々に大きくなってくる。
「地震か? この非常時に」
舌打ちして外を確認した七瀬の視界に、信じがたい光景が映った。
それは、ところどころ解体されかけたタンカーだった。180m以上もあるそれが、海の方角から陸を歩んでくる。
アスファルトを砕き、家々をなぎ倒しながらの行進だった。7階建てのマンションすら進撃を阻むことができず、あえなく突き崩される。
「ああ、確かあそこ、倒産した造船会社だ。いつまでも解体されないままのタンカーが放置してあったっけ……そりゃ恨まれてるよな」
広島県K市は造船で有名だったが、今は下火で、稼動していない工場が多々あった。
「アレに懐中電灯の光当てた程度じゃ、どうにもならないよな」
『豆腐の角で頭をぶつけた程度には効くでしょうね』
チョコレートを口の周りにつけた少女が返事する。七瀬はハンカチでぬぐってやった。
「イラッとさせるだけってことだよね、それ。あんなモンどうしろと」
視界の七割を占める錆まみれの船体を見てぼやく。
「確かあの船、10年以上は放置されてたって話だよな。積もり積もった怒りのエネルギーでどれだけ暴れることやら……」
陰うつな気分にさせられる七瀬だった。
タンカーは蛇行しながら市の中心を目指しているようだった。10年強の怨念を以ってしても船体の重量は負荷が激しいのか、歩みは遅い。
だが、進路上に七瀬達の潜伏しているコンビニがある以上呑気に構えてもいられなかった。
「従業員用の裏口から出よう。見つからないように」
『ナナセ、ここを明け渡す前に、アレを5本ほど回収しておいて下さいな』
フェレスが指差したのは、生花コーナーのバケツから伸びている薔薇だった。
「そういや、ネットで調べてたね。薔薇が好きなのかい?」
5本ほど引き抜いて、レジに代金を置く。
『嫌いではありませんがまあ、タリスマンの代わりですわね』
悪魔らしきフェレスがお守りを欲するというのも奇妙な話だった。
使い魔の説明は理解できなかったが、ウエストバッグに手挟んでおくことにする。
「……あれ?」
コンビニから出ようとして、七瀬は違和感に捕らわれた。
決定的に足りていない情報がある。
フェレスの話した“ヴァルプルギスナハト”の説明には、虚偽も遺漏も無いように思える。
ただし、それは5月1日に限定した範囲で、だった。
なぜ悪魔である自分がオージンから派遣されたのか。
パソコンで何を調べていたのか。
目的は。
使い魔は、自分のことは何一つ洩らさなかったのだ。
退避した5分後、地鳴りと共にタンカーが踏み荒らして通過する。先は距離があったために全体像が確認できたが、間近で見ると鉄の壁が押し寄せているようにしか見えない。
『甲板を見てください、にぎやかですわよ』
フェレスに促されて電柱の陰から顔半分だけ出す。
船首や甲板の至る所に、車や自転車、3輪車などが陣取っていた。サーチライトよろしくヘッドライトを方々に照らし、獲物がいないか監視している。
どれもタンカー同様、薄汚れたり傷んだりしているようだった。
「うげ、船員搭載か。しかも満員御礼だ。事故車とか、放置自転車だな、あの車輪軍団は」
七瀬は思わずげんなりする。あのタンカーを相手取るということは、必然的に無数の車や自転車も出張ってくるということだ。とてもケンカを売る気にはなれない。
「逃げ回るしかないな、ありゃ……ん?」
少年は眉をしかめた。地面を砕く行進の轟音に混じって、怒鳴りあう声が聞こえる。男のものと、女のものの2色があった。
「あの船影が見えてないのか、襲われるぞ。でも一方の声、えらい聞き覚えがあるような」
『ユウガさんの声ですわね』
白尽くめの言葉を聞くや否や、七瀬は声の方向に駆け出した。
18日中に次話投稿します。




