魔女たち
5万字到達しました。
この夜の町に、仲間が残っている。七瀬は活力を取り戻した。
声のした方向に向かおうとした途端、飛来物が猛スピードで突っ込んできた。男が鉄パイプに乗って飛行している。
「あ、危ねえ!」
飛来物は声を上げ、七瀬に激突する寸前に停止した。同時に鉄パイプは浮力を失ったように地面に転がる。
乗っていた男は軽やかに着地した。すらりとした体躯で、敏捷そうだった。
短い髪を、教師に見とがめられない程度に脱色している。
「いやー、悪い。逃げるのに必死だったもんで」
七瀬は、謝る男に見覚えがあった。
校内でもよく目立つ男である。
「ひょっとして、林道先輩ですか? バスケ部キャプテンの」
林道駿介。学校の有名人である。
七瀬の通う高校は生徒会と運動部連が力を持つが、林道は運動部側の代表と言えた。当然ながら運動神経は抜群だった。スポーツマンとしてだけではなく、とにかくモテることでも有名だった。
「ええと、君は? ごめん、思い出せない」
林道は困惑していた。
「あ、一方的に知ってるだけなんですよ。同じ高校の1年生で、御祝七瀬といいます」
慌てて説明する。
「おー、後輩か! ははっ、こんなとこで会うとはなあ!」
得心がいったらしく、嬉しそうに七瀬の肩をバンバンと叩く。評判通り気さくな人柄のようだった。
「君も“魔法売ります!”に手を出したクチなんだな?」
七瀬は、はあ、と苦笑してうなずいた。
「林道君、誰かいるの?」
自転車に乗った女性が、林道を追いかけて来た。
マニッシュなスーツを着た大人の女性だった。ショートカットの似合う20代半ばの美人だが、眼鏡の奥の目つきが険しい。
クーラーボックスを肩にかけていた。
「ああ、琴音さん。アレは?」
気安く声をかける林道。クーラーボックスの位置を直していた女性が気だるげに返す。
「お気楽ね。もう来るわよ、アレが」
言い終わる前に、荒い息遣いを引き連れた生物が駆け寄ってきた。
『ヴァウワウ!』
四肢で踏ん張り、獰猛な声を上げるのは、ありふれた形状の――犬小屋だった。入り口が、牙のようにギザギザに尖っている。噛まれると非常に痛そうだった。
「い、犬小屋に吠えられる覚えは無いんだけど」
先日以降、異常性に抗体ができそうな七瀬だった。
「私だって無いわよ、これが。林道君、お願いね。私力仕事なんてできないから」
おざなりにことわっておいて、琴音と呼ばれた女性は林道に言った。
丸投げされた上級生は、嫌がるどころか寧ろ嬉しそうだった。
「了解、ちょっと待っててね、と」
七瀬が、光に弱いことを教えようとする前に、林道は小脇に抱えていた何本もの鉄パイプを道路に転がした。
古びた犬小屋は、前傾姿勢で飛び掛る機をうかがっている。
「行っくぜー! “箒よ、飛びたて!”」
叫ぶと、鉄パイプはロケット花火のように撃ち出された。パイプ花火は次々に激突し、耐えかねた犬小屋は残骸を撒き散らしながら倒れた。
かなりの殺傷力である。人間でも、無事では済まない程度の。
「今のが、林道さんが貰った魔法ですか?」
内心、他人の前で喧嘩屋を出さないで済んだことに少なからず安堵していた。
「ああ、“魔女の箒”って言うんだ。パイプだけじゃないぜ。棒状のものなら何でも飛ばせる。結構便利だろ? 飛ばして上に乗りゃあ、スケボーみたいで楽に移動できるしな」
林道は自慢げに言って、琴音から水筒を受け取った。七瀬にぶつかりかけたときも、そうやって逃げていたらしい。あの速度で飛ぶパイプの上に乗るなど、林道ならではの芸当だろうが。
「自分の分はちゃんと持っててよ、預ってると恐いのよ、これが」
女性が水筒を指さして文句を言う。どうやら、箱の類ではなく水筒が黒い手紙で預った代物らしい。
「それ、今日の手紙で送ってきたやつですよね。何が入ってるんです?」
好奇心で訊ねた。林道は水筒に貼ってある黒い紙片を突き出した。
「“大洪水”とか書いてあるぜ。水筒に大洪水って、皮肉が利いてるよな。君のはトランクか? ええと、ゲヘンナ?」
「地獄、だそうです」
翻訳した途端、林道が大きく動揺する。数歩、後ずさった。
「へ、へえ、すごいもん押し付けられたな……」
さすがに、地獄を預かっているなどとは思わなかったようだ。
「ええ、他にもペストとかも取り揃えてて。ぜひ返却したいです」
真顔でうなずいた後、女性の方を見る。
「おっと、この人は僧都琴音さん。“魔法売ります!”に手を出して困ってた時に、ネットで知り合ったんだ」
七瀬の表情で察したのだろう。女性を紹介した。
「御祝七瀬です。林道さんの後輩に当たります」
もう1度自己紹介する。琴音はクーラーボックスをイス替わりに腰掛け、タバコに火を点ける。煙を吐き出した。七瀬はボックスに青地で“氷河期”と書かれているのを確認した。
「そう、名前はさっき聞いたから自己紹介はいいわね」
そっけない態度の女性だった。
気だるげ、無気力を通り越して、虚無感を醸し出している。
近くにいると、理由もなく不安になりそうな雰囲気だった。
琴音は、ポケットからタロットカードを出してシャッフルを始めた。
『可愛げのない年増ですわね』
フェレスの姿と声が伝わらないことに七瀬は感謝した。
夜になったことも助かる。もし奇怪な喧嘩屋の影を見られたら、話がこじれるだけだ。
「琴音さん、ネットじゃあ有名人なんだぜ。シスターライアって名前で、占い師やってるんだ。こんな状況だし、君も未来を占ってもらえば?」
『わたくしも視えてない程度の魔術の素養で占い師気取りとは、片腹痛いですわね』
意外と説得力のある皮肉だった。琴音にフェレスは見えていないようだった。視線を使い魔に向けない。白尽くめの幼女が見えているなら、リアクションを示すはずである。
「まったく、安売りするんじゃないの。大体今日になってから、私もアンタも、未来について何回占っても結果は同じなのよ、これが。多分、その子も同じよ」
文句を言いながらも、慣れた手つきでタロットカードをめくる。現れたカードは、木から吊るされた男。
「ハングドマン。暗示は生贄よ」
良い未来を暗示する類のものではないことは、七瀬にもよく分かった。
「さて、私達は北に偵察に行くから、君は南をお願いね」
クーラーボックスを担ぎなおし、琴音は林道を急かした。七瀬の「預かりもの」に巻き込まれたくない気持ちがありありと出ている。
「あ、ああ。それじゃ御祝君、またな。……そこの嬢ちゃんも」
林道は面食らったようだが、すぐに後を追う。
「あ、化け物ですけど、影に光を当てるといいらしいですよ。じゃあ失礼します」
七瀬もそう告げて場を去った。
登場人物が増えてきます。




