陽のない町へ
天気が悪いので投稿です。
『あら、まだ何か入っているようですわよ、封筒に』
布団サイズの封筒はまだ小さく膨らんでいる。
「あれ? さっきはもう何も入ってないと思ったのに」
手を突っ込むと、ウエストバッグが出てきた。シルバーの一般的なサイズで、筆記用具や本ぐらいなら収納できそうだった。
「お、これにも何か書いてある」
ラベルには白地に黒い文字で、
“アテナイのペスト”
と書かれていた。
「ペ、ペスト? って言うか、なんで2つもあるんだ、増量サービス中?」
気味悪そうにバッグを突き放す。
『あら、これはあの下衆の分に決まっておりますわ。中身に応じて大きさも万別なのです』
あっさりと原因を究明する使い魔。
「それって、樋口のことかい? つまりこれは、樋口が預るはずだった荷物?」
なれば、七瀬にも責任は生じてくる。樋口を退場させたのは七瀬なのだ。
「嫌だなあ、世界を滅ぼしそうな代物幾つも預るのって。確かに樋口の件は責任あるけど」
嘆息する七瀬とは対照的に、少年の腕にあごを載せたフェレスは嬉しそうだった
『容器が小さいだけあって、地獄ほどではありませんわ。アテナイのペストならば、地獄に比べれば遥かに害が少ないですわね。都市の1つや2つは滅ぶかもしれませんが』
十二分に恐ろしいが、地獄の後なので相対的にマシに思えてくる七瀬だった。
「あ、そうなんだ。それに現代医療なら、ペストの治療薬ぐらい……」
現代では無害なものを送ってくるほど、手紙の主はお人よしではないようだった。
『“ぺすと”というのはスパルタの流言で、本当は解毒不可能な猛毒だったのですが』
「全然良くないよ、それ!」
「何はさて置き、ヴァルプルギスナハトとか、黒い手紙の正体について教えてくれ」
トランクをガムテープでぐるぐる巻きにしながら七瀬が言う。
トランクには鍵がかかっておらず、ふとした拍子に開いてしまいそうで恐くなったのだ。
『後ですわね。まず、外に出ましょう。狭い屋内にいる方が危険ですわ。懐中電灯をお忘れなきよう』
フェレスが膝の上から離脱した。七瀬はウエストバックもガムテープで封印する。
チャックなので、トランクよりも容易に開く危険があった。
「ああ、暗いからね。じゃあ、外に行こうか。準備してくるよ。一応、財布も」
ただ待っていれば全てが終わる、とは少年も思っていなかった。
ウエストバッグは腰につないでいればさほど邪魔にはならないが、キャスターのついていないトランクは提げて歩くしかないのが厄介だった。
「軽いのが救いだな。何も入ってないみたいだ。地獄の重量なんてあったら運べないけど」
トランクもウエストバッグも、空のように中身の重量を感じない。容器が相応の重さを持っているので、荷厄介には違いなかったが。
仕度を済ませて、太陽が隠れてしまった屋外に出る。
暗い住宅街に生き物の気配は皆無だった。
「あー、思いっきり濃いコーヒーが欲しい。ガソリンがないから頭が回ってないや」
言うのと同時に、様々な場所から長大な火柱が上がった。100m以上はありそうな火柱は、視野に収まるだけでもゆうに20本は超えている。
『あれは、夜と昼とを分ける境界ですわ。この町と外とを区切っております。ヴァルプルギスナハトが終わるまで、あれを越えて外に出ることはできません。同様に外の者が中に入ることもかないませんわ』
説明を受け、檻に入れられた気分になる七瀬だった。
救いは、町の外にいるだろう優雅や両親が巻き込まれないことだった。
「随分派手なセレモニーだね」
七瀬は火柱を見上げて首が痛くなってきた。町のどこからでも、嫌でも巨大な火柱が目に入る。火柱は熱くもなければ、類焼することもないようだった。
『ヴァルプルギナハトは、死者や悪霊を火で囲い込む儀式でもあるのです』
「その通りだと、僕が死者や悪霊扱いされてるように聞こえるなあ。ん?」
緊張感も七割の男だが、常には感じたことのない悪寒に襲われて黙る。ざわざわという音に誘われて発信源を見れば、隣家の柿の木が異様に波打っていた。
『動き出しましたわね。気をつけてください、ナナセ』
まるで、人間が背伸びをするように枝葉を急速に伸ばし始めた樹木を見て警告する。
「木に気をつけるって、そんなダジャレでどう対応していいやら」
与太を言い終わる間も無く、枝がしなった。ムチのように七瀬の足元の道路に叩きつけられ、アスファルトを縦にえぐる。他の枝葉は七瀬を威嚇するように揺れていた。
「げ、何て暴力的な生産者だ」
トランクを抱えて後退する。柿の木が激しく揺れ始めた。自力で根が引き抜かれ、ズルズルと移動を始める。柵をまたぎ、道路に乗り出した。七瀬を標的にすえている。
とっさにトランクの陰に隠れる。風切り音がして、トランクに痛々しい傷痕が刻まれた。
大慌てでトランクの無事を確認する。
「あ、危なかった。思わず身を護っちゃったよ。生態系最下位のくせに攻撃しないでくれ」
『無駄な雑言ですわね。それよりも、光を木の影に当てるのです』
意味不明なアドバイスだったが、すぐにそれに従った。持ち出していた懐中電灯の光を、木の下に照射する。塀に影が浮き彫りになった。
『イイアアッ!』
影が絶叫する。木は見る間に元の平穏な姿に戻り、そのまま道路に横倒しになった。
「何が起こったんだ? あの木も日陰者だった?」
自問ではなく、提案者に向けての発言だった。
『あの植物を、影が操っていたのですわ。幸い、弱かったので光で撃退できましたけど』
転がった木を靴先で突つく白尽くめ。
「影? 影って、光の遮蔽作用によってできるだけのものなんじゃないかい? 常識だよ」
小学校の時分に習ったことを思い出す。
『人間の作り上げた範ちゅうでの常識ですわね。ヴァルプルギスナハトは影が闊歩する世界なのです』
いまいち理解の難しいことを説く白尽くめ。
フェレスの講釈が終わらぬ間に、遠方から騒がしい声が聞こえてきた。人間の叫び声と、獣の吠えるような2種類の音がする。
「あ、そうか。“魔法売ります!”に手を出した人は他にもいるんだ、お仲間が」
心強い味方がいるかもしれない、とにわかに希望を持った。
17日中に次話投稿します。




