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御祝七瀬の平凡な学園生活

早めに投稿できました。

 少年の予想に反し、何事もなく学園生活は終了した。


「やっとセミナーテスト終わったわね、七瀬」


 話しかけてきたのは、腰までの長髪をなびかせ、均整のとれたプロポーションをそびやかす友人だった。同じ中学校だったこともあり、彼にとって親しい知り合いの部類に入る。


「お疲れ様、優雅ゆうが。4月にテストってのは勘弁して欲しいね」


 福主優雅ふくぬし・ゆうが。学級委員にして、生徒会書記でもある。求心力が強力な少女で、いつも物事の中心に居るような存在だった。責任感も七瀬の七倍は強い。


「私、国語と英語はできたわよ、90点台あるかも。でも、理科がヤバいのね。50点ぐらいかしら。七瀬は?」


 優雅は文系が得意だが、理系は苦手と得手不得手がはっきり偏っていた。


「いつも通り、かな。国理英どれも70点~74点ぐらいだね」


 テストを受けながら大雑把に集計していた点を述べる。最後の1秒まで粘ればまだ点の上がる余地はあったはずだが、七瀬は問題との格闘を終了時刻の7分前に諦めていた。


「相変わらずねー。そんなことだから“七割の男”なんて呼ばれるのよ」


 努力も七割、結果も七割の男だった。


「否定はしないけど名付けた張本人が言うかね。この“名前負け”め」


 “七割の男”は、中学1年の夏には名付け親の優雅によって広められており、高校でも既にまん延している。正確なアダ名だったが心情的に悔しかったので、名前に反し優雅さに欠けるからと“名前負け”の異名をお返しに広めた。

 優雅は少年をねめつけた。


「随分な言い草じゃない。私だって高校生になってからちょっとは魅力的になったはずよ。3年生までには、しとやかな女になる計画なんだから」


 優雅さと魅力は似て非なるものであり、彼女が魅力的であるのは七瀬ならずとも周知の事実である。素直でない少年は、


「“勇気のあるところに希望あり”ってタキトゥス先生も言ってるし、夢を見るのは構わないと思うよ。でも多分、“優雅”より“豪傑”や“鬼軍曹”が似合ってるね」


と返答をした。遠慮ないやり取りが出来るのは親しいからだった。不思議と馬が合い、お互い慣れるのに時間はかからなかった。教科書類をカバンに放り込む。


「可愛げまで三割引きね。今日の予定は?」


 試験ということもあり、優雅の所属する生徒会は実働していなかった。


「ファストフードでも食べて帰るよ。付き合う?」


「さんせー」


 席を立つと、優雅もそれにならった。教室を出て、下駄箱に移動する。


「何かに活かしなさいよ、そのスペック。型落ちになっても知らないわよ」


 優雅の口癖である。当の七瀬には聞き入れる心積もりが七割もないわけだが。


「説明書が無いので、起動方法が分かりません」


 受け流しつつ、自分の靴箱を覗き込んで、ギクリと動きが止まる。靴の上に、1通の黒い封筒が鎮座していた。

 あて先の横に赤字で大きく、“魔法在中”と書かれている。


「どうしたの?」


 動きを止めた七瀬を見て声をかけてくる。


「い、いや、何でもないよ」


 少女に見えないように、封筒をポケットにねじ込んだ。



挿絵(By みてみん)





挿絵(By みてみん)






「いい加減、どっか部活入ったら? 陸上部とか」


 ファーストフード店で、ポテトを口に運びながら優雅が催促する。いつもならばもう少し身を入れて聞くのだが、今はポケットの中身が気になって生返事を返すだけだった。

 優雅の面倒見の良い性格は理解しているが、度々になると辟易へきえきしてしまう。


 陸上部うんぬんは、体育の授業で百メートル走のタイムを計ると、13秒2だったからだ。真面目に陸上部で研さんを重ねれば、12秒台に食い込めるだろう。部のエースも夢ではない。

 本人にその気があれば、だが。


「部活ならもう入ってるじゃないか、卓球部。立派な運動部だよ」


 優雅相手では、言い訳にもなっていないことは承知の上である。


「あのねえ、ウチの卓球部なんてサボりの巣窟そうくつでしょ。通称“はきだめ”じゃない」


 ストローを突きつけて怒られる。推薦などのため、努力する気は無いが運動部歴だけが欲しい生徒は多い。そんな連中の打ち寄せられる部であることは周知の事実だった。


「言い訳ぐらいは手を抜かないで。もったいないわよ。テストにしたって、七割の勉強でどんな科目も70点台が取れてるんだから、満べんなくこなせるってことでしょ? 私なんて理科は10割頑張っても60点台なんだから。スペックは高いはずなのよ。自己改革なさい」



 優雅が七瀬の肩を持つのは、彼がどこにでも転がっている“やる気の無い”人種のように「面倒臭い」「疲れた」を口実に協調や努力を拒絶するタイプではないからだ。潜在的な人間も含めれば、この種は現代に羽虫のごとく潜伏している。

 優雅はその人種の悪口こそ言わずとも期待することも決してない。転じて、七瀬は自分のことならば七割の努力で止めてしまうが、クラスの行事や友人が困っている時には手を貸すことに頓着とんちゃくが無い。


 彼の親などは「いつか機会が来たら十割頑張るはず」などと半ば育児放棄のような状況にある。優雅が親よりも高く自分を評価しているという事実も、彼女を邪険じゃけんにできない理由だった。


「“改造すべきは世界ではなく、自分だ”ってジイド先生は言ってるけど、齢十六でそんな手軽に自己改造できないよ。不惑の年まで20年以上あるし」


 吐き出された言葉とは裏腹に、言い訳に引用を悪用するたびに自覚する名言が七瀬にはある。


“有能なものは行動するが、無能なものは講釈ばかりする”


 イギリスの劇作家バーナード・ショウの言である。自分の引用癖が自分勝手な自己防衛であることを知っていたが、言い訳とは甘美なもので、克服できずにいた。


「まあ、根気よく変えていってあげるわ。ところで七瀬、黒い手紙の噂知ってる?」


 思いもよらない飛び道具に、コーヒーを噴き出すところだった。


「……ひょっとして、“魔法売ります”とか書いてある?」


「そうそう、それよ。都市伝説の類でしょうけど、今流行ってるんだって」


 再びストローで少年を指して答える優雅。


「何でも、送り主不明の黒い封筒が来て、本当に魔法をもたらしてくれるとか、非常識な話なんだけど。結構な人数に送られてるらしいの。上級生の先輩で受け取ったのがいるとか、ストーカーやってた何とかって人がもらったとかどうとか」


 かなり不正確な噂らしかった。


「う、うん、コートームケイだね」


 今ポケットに入ってます、とは言い出しづらい七瀬だった。


「手を出す子たちが迂闊うかつなのよ。犯罪にでも巻き込まれたら、親にだってるいは及ぶのに」


 近年珍しい、倫理観のはっきりした少女だった。


「う、うん、じこせきにんとかじかくしてほしいよね」


 固まった表情と声色に、優雅の目が細くなる。


「知ってる? 七瀬って、ホントに困ったときは引用使わないの。それと、さっき下駄箱で何か不審な挙動してたわよね? 黒いラブレターでも入ってたの?」


 ぐぐっと顔を近づけてくる。七瀬は彼女のこの眼力から逃れられたことがなかった。


「う……相変わらず鋭くていらっしゃる」


 本人も把握していない癖を指摘される。付き合いが長いことが彼にとってアダとなった。


「泥を吐いて楽になりなさい、あさりみたいに」


 こうなると優雅はテコでも動かない。あさりと言うよりは死刑囚の心地だった。ごまかしきれないと観念した七瀬は、決まり悪げな表情で黒い封筒をテーブルに出した。


「あっきれた、注意力まで三割引きなわけ? 釈明があるなら聞きましょうか」


 万引き犯を詰問するが如き口調の優雅。店内が突如として取調室に変貌した心地だった。


「つい出来心で……」


 対する七瀬の台詞も、犯人の申し開きと大差なかった。優雅に今日の件を説明するのに、20分を要した。優雅が質問を挟みつつ首をひねっているのは、懐疑的だからだろう。


「本当に、一から十まで本当? 七割が妄想とか言うんじゃないわよね?」


 ごく常識的な反応である。七瀬は身構えたが、怒りよりもあきれが先行しているらしい。


「風呂敷広げてるわけじゃない。証拠があるんだから。僕だって信じ切れてないけどね」


 “魔法在中”と書かれた表を店内のライトで透かして見ながら言う。存外優雅の機嫌が戻らないので、問題を矮小わいしょうか化させようと試みる。


「ま、どうせ“魔法売ります!”なんて、優雅と一緒だよ」


「私と? どこが一緒なのよ」


 けげんな顔をされる。不本意なのだろう。


「“名前負け”ってことさ」


 テーブルの下で向こうずねを蹴り飛ばされた。



ペース早めに上げるつもりです。

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