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御祝七瀬の責務

5月1日始まりです。

「ワルプルギスの、夜?」


 おうむ返しに答えながら、七瀬は該当する語句を思い出す。


 ヴァルプルギスナハト。別名ヘクセンナハト(魔女の夜)。ボニファティウスのめいワルプルガにちなんでつけられた日。


 そこまでは社会の授業で脱線好きな教師が無駄知識として話していたのを覚えている。


 もう1つ、古典の小説にも縁が深い日だったようだが、忘れてしまった。


『ええ、ハドリアヌ2世によってワルプルガが列聖(教会に聖人と認められること)された日。主なる神が死んだ日。そして、魔女が夜祭を催す日なのですわ!』


 上機嫌に踊るフェレス。舞踏はとても流麗だが、内容の大半は七瀬に伝わらなかった。


「な、なるほど、ワルプルギスの“夜”か。普通の日じゃないことだけは理解できたよ」


 隠れてしまった太陽を思い出す。


『今や貴方は立派な魔女ウイッチ。この貴き夜に参加する権利があるのです』


 屈託なく微笑む。七瀬がそれに参加するのが楽しくて仕方がない、といった風情だった。


「僕、男だけど」


『魔術を勉強なさい。男魔術師ウォーロックなど、邪教の思想ですわよ』


 無信教の日本人には、悪魔に「邪教」とののしられる差が分からなかった。


「うん、なんだか知らないけど僕が悪かったよ。これから……ああ、どうせ例の手紙が来るだろうから、家で待ってよう。“全てをすぐ知りえようとは無理なこと。雪が溶ければ見えてくる”ってゲーテ先生も言ってるし、外は雪が無くても暗いし」





 フェレスを伴って中に入る。予想通り、リビングの床に黒い封筒が置かれていた。

 ただ、


「……ちょっと待て。これでも封筒か?」


予想外だったのは、大きさである。封筒は縦2m、横3mもあり、しかも中央が大きく膨らんでいた。


「ほとんど布団じゃないか。封筒の風上にも置けない奴だ」


 奇妙な憤りを口にする。封を手で破ることを放棄して、ハサミを持ち出した。


「小包にする、っていう発想は無かったのかね」


 どうにか切り開くと、まずは紙片が目に入った。黒い2つ折りの紙に、うやうやしく“招待状”と書かれている。


「はてさて、どんなロクでもないコトが書いてあるやら」


 七瀬はリビングにあぐらをかいて紙を開く。


『もっと背筋を伸ばして下さいな。わたくしが座れませんわ』


 即座に定位置に少女が滑り込んだ。考えてみれば、2人が1度に読めるので効率が良い。





―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


“御祝七瀬様


 今日はいよいよ5月1日、ヴァルプルギスナハトにございます。参加していただくについて、重要事項を列記しておきます”


 一.同封されている品物を、1日の間「敵」から護って頂きます。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――





「品物? あ、あったあった。膨らんでたのはこいつの仕業しわざだったのか」


 封筒の中央から引っ張り出す。銀色の、無骨なスーツケース(トランク)だった。古い型で、キャスターは付いていない。




―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 二.一両日品物を守りきれた場合、報酬として「容器に入る大きさのものなら、望むもの全て」差し上げます。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――





「何でも……?」


 73×52センチ、厚さ28センチのトランクを見て首をひねる。


「つまり、“これに入るだけのコーヒー豆をくれ!”って言ったら、ぎっしり詰めてくれるのかい?」


『はい。現金を望むならなら数千万円。宝石や黄金などを詰めるならもっと手に入るかもしれませんわね』


 七瀬のひざの上からフェレスが具体的な例を挙げる。


「ふむ、そう考えると夢の宝箱なわけだ。それをくれる、と」


 “魔法売ります!”の関連だけに、不可能だと疑う余地はなかった。





―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 三.品物が壊されたり、持ち主が死亡されると、中身があふれ出すので、運用には細心の注意をもって当たってください。

 名義の変更は可能です。では、御健闘をお祈りします。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――





 文章はそこで終わっていた。フェレスの頭上で腕を組む。七瀬は文章を脳内で変換する。


「つまり、トランクが壊されたり、僕が殺されたりする可能性があるってことじゃないか」


 少女は組まれた腕に自分の腕を絡める。


『ご明察。七割の男返上ですわね』


 期待していた否定は帰ってこなかった。少女の左手の指が自然に動いたことに気づかないあたり、七割の男返上は当分先送りだろう。


「中身があふれる、ねえ。罰ゲームつきなのか。爆弾とか入ってるんじゃないだろうな」


『どこかに中身が提示されてるはずですわよ』


 言われて注意深く観察してみると、確かにトランクにラベルが貼り付けてある。


「ほー、どれどれ。蛇やサワガニとかも嫌だな」


 手元に引き寄せて読む。そこには白地に黒い文字で簡潔に、


“ゲヘンナ”


と記入されていた。


「ゲヘンナ? 下変な? 脳内で漢字に変換できないけど、なに?」


『“γέεννα”です。有り体に言えば、地獄ですわね』


「……おや?」


 七瀬は冷静に腕を組み、沈思黙考する。


「じごく、って聞いたのは空耳だな、やっぱり」


『正真正銘の地獄ですわよ、ナナセ。罪を犯した人間が落され、666万の悪魔と8柱の魔王が棲まう魔界ですわ』


 七瀬の期待を、ひざの上から打ち砕くフェレス。


「そ、そんなご大層なもの預れと? も、もしトランクを壊したりしたら……?」


 空恐ろしい仮定をする。


『中から666万の悪魔と8柱の魔王が顕現し、塵界に跋扈ばっこすることとなりますわね。塵界が悲惨な行く末になろうことは、わたくしが太鼓判を押して差し上げます』


 ろくでもないことに太鼓判を押される。


「真っ先に、僕の行く末が悲惨なものになるだろうけどね。それにしても、なんて画期的な預り物だろう。地獄を預かる、ってすごい字面だ」


 トランクから瘴気しょうきが漏れているような錯覚に襲われて、思わず床に放り出してしまう。


『ナナセの双肩そうけんに、世界の命運がかかっているのですわ』


 白尽くめの台詞でヒロイックな気分にひたるためには、能天気さが七割ほど足りない。


「壮健でいたいので、僕の双肩には僕の頭しか載せたくありません」


 無論、ぼやいたところで断れるものでもない。克己こっき心が七割なだけである。



次話は明日投稿します。

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