表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
184/184

エピローグ 或いは赫奕(かくやく)たる魔女の誕生

予告です。


 深夜2時。伊勢乃木貴美は、自室でスマートフォンを開いた。“Scooting Meed!(報酬へ駆け出せ)”のサイトへ飛ぶ。



 かつて七瀬は言った。「伊勢乃木貴美は、WRレア(妖物)を引き当てることはない」と。他の模造魔女(デミ・ウィッチ)たちとは異なり、彼女は堕落する魂を持ち合わせていないからだ。

 七瀬の読みは正しい。(しこう)して、誤りでもあった。



 今や、彼女は悪魔との契約者であり、魂が繋がっており、生命を共有している。

 これは並ぶもの無き「堕落」であった。


 彼女に落胆はない。(むし)ろ、それを嬉しく思った。



―――これで、お前たちと同じ土俵だ――



 半身の悪魔は、一見比類なき実力者だが、その実弱味が目白押しだ。外見が目立つ。陽光の下では顕れることができない。また、本気で魔法を行使すると、周囲に尋常ならざる被害が及ぶだろう。隠せないことの危うさ・不利益は、図らずも今回の騒動で東洋一味が実演してくれた。


 その点では七瀬の喧嘩屋も始末が悪い。5mの甲冑が隠密行動に向いているはずもない。貴美が同乗したとしても、その根本問題は解決しない。



 半身(アンムート)に頼らない手段が必要だった。



 リスクは高い。が、妖物に確実に接触できる手段が、これだった。



「レーシャ老のように、話の分かる御仁に当たればいいのだが」


 覚悟を決めて、彼女は限定ガチャを回す。



【WRレア、ゲット!】



 果たして、彼女の願いは叶った。

 目に痛い派手な演出の後に画面に映ったのは。ドット絵の奇妙なフクロウだった。レーシャや亜子のように、本物そっくりというわけではない。古めかしいドット絵で、しかも粗い。

 フクロウは左右で色が塗り分けられていた。右は黒、左は白。

 その2色フクロウが、葉の一枚もついていない枯れ木に留まっている。


『『なぜだ……』』


 フクロウの声は、奇妙にエコーして聞こえた。


『『なぜ我々を呼び出せる……? 今回の偽典、我々は“星辰の中央”にいなかったはずだ!』』


 驚愕、怒り、好奇。ドット絵のフクロウからなぜかそれらが感じ取れた。



「では、それらを無視するほど、貴美とあなたは()き合った、ということなのだろう」


 今までの妖物たちとはあまりに違う。だが感情はあけすけで、リーノのような媚態(びたい)や虚偽や欺瞞は感じられない。


 しかし、妖物の中にあっても異質。

 「彼ら」の中での強さの序列は判然としない。だが、レーシャ老とは違った「何か」を有している。それ故に御すのは至難。


「伊勢乃木貴美と申します。テーブルにつくつもりなら、お名前を」


 貴美はこの出会いを、運命と思うことにした。


『『そうか……では、過言でないと証明してみせろ』』


 フクロウは冷然と告げる。


『『我々の名はノア・エムァング』』


「ノア・エマング、ですね?」


『『勘違いするな、エムァング、だ』』


 発音を訂正する。まるで、物事の根幹がそこにある、とでも言うように。


「失礼しました。それで、証明とは?」


『『いまより、我々の真名を当ててみせろ。すべての情報は既に与えてある』』


「いまから?」


 レーシャの時とは違い順序がデタラメだった。



『『できなければ、貴様との“運命”とやらもここまでた。我々は去る。貴様の魂をもらい受けてな。だが……』』


 フクロウが、器用に口の端を吊り上げた。




『『万一正答できたなら、我々の魔法を授けてやろう。万能にして無能、全知にして無知たる、“魔女ノ夜宴オルド・ウィッチクラフト”をな!』』

















――――――10月末日―――――


 何もなくなったアパートの一室で、岸手れいりは“食事”を続けていた。


「ああー、おいしー……」


 夢遊病者のような焦点の定まらぬ瞳で。緩慢な動作で、握った棒状のモノをかじった。大根ほどの太さのされは、末端が5本に枝分かれしていた。



 もう、どのくらい食べ続けているだろう。

――いや、“何人”と形容すべきか。



 れいりの腹は、再び膨れ上がっているが、単なる肥満ではない。まるで電柱がそのまま入っているかのように、ある箇所はありえないほどに突き出ていたり、また別の個所は昆虫のような蠕動(ぜんどう)を繰り返していた。


 この有り様で生きていること自体がおかしい。

 だが、不自然であることに、れいりだけは気づかない。


 彼女は、かつてない幸福のただ中にいたからだ。飽くなき食欲が、満たされ続けている。



愚生()ノ魔法、オ気ニ召シテイタダケマシタカナ?』


「うん、幸せー……」


 多幸感で言葉が少ないれいり。



『貴殿ノ“願イ”トヤラハ叶イマシタカナ?』


 それは、ネハシュの最初の問いかけ。「あなたの願いは何か?」と問われたれいりは、「おいしいものを食べること」と答えた。


「うん。願いが叶って、幸せだよ~」


 彼女の夢は叶えられた。もっとも背徳的な形で。

 


 妖物たちには。それぞれが司る形象がある。

 ネハシュの形象は「願い」。それを満たせるために、「ネハシュ()」の偽名の如き甘言を以て、れいりを完膚無きまでに堕落させた。


 本来、生贄(れいり)の役目はそこで終わりのはずだった。願いを叶えた代償に彼女は身体と魔力を奪われ、ネハシュは肉の身体を得る。

 使い捨ての供物。

 そのはずが。



「……でも、まだまだ食べたい……」


 れいりは至福のまま、食事を続けている。いつまでも。



(信ジラレヌ! マサカ、コノヨウナ化生(ケショウ)ガオルトハ!)



 体中の(しわ)が一層深まった。(わら)っているのだ。

 ネハシュを驚愕させた位相外。それは、れいりが満足し続けている(・・・・・・・・)ことだった。

 どのような快楽であれ、至福であれ、苦痛であれ。人は刺激に「慣れる」生き物である。それは<害無キ乃午餐>とても例外ではない。

 それは人間に生まれ落ちたものならば赤子でも持つ、強みであり業であった。


 れいりにはそれがない。


 ――願いを叶え続けている存在――


 他の人間にとっては何の意味も為さない。

 だが、「願いの王子」ネハシュにとってそれが何を意味するか。



 無限に契約を果たし続ける、無限食(ネクタール)がそこにあるのと同義だった。

 無限の魔力炉。無限の肉。これで負けようはずがない。


 (たと)え、王を自称する序列1位であろうが。隠遁決め込んだ起源最古参の悪魔、ペルシアの偉大なるアエシュマ・デーヴァであろうが。かの「他に比類なき」「堕ちたる太陽」と呼ばれるかの双面魔であろうが。



『デハ、最後ニ1ツ。契約ユエ、愚生ノ真名ヲ披露イタシマショウゾ。真名ハヴぉらく。“願イノ王子”ナリ!』


 れいりは無反応だ。だが、腹が不気味に律動を始める。

 れいりの腹が裂け、猛烈な勢いで無数の化け物が飛び出した。30cmほどのネハシュ、いや、ヴォラクの群れである。それは際限なく、無限に腹から湧き出し続ける。


 れいりは構わず、痛みも感じることなく、食事を続けていた。


『我ガ母上ヨ! ソナタノ願イハ、愚生()ガ引キ継ゴウ!』


 ネハシュの肉を得てからの行動原理は、全て契約者の「願い」を反映する。誕生したすべてのヴォラクは、れいりの願いの化身となる。


 奇怪な羽音で飛ぶヴォラクたちには、目がなかった。眼球があるはずの空洞には、牙を備えた口がある。手のひらにも、腕にも、腹にも。「ネハシュ」であった頃の皺だらけの外見。そのすべて皺が、ぱっくりと開いて口となっているのだ。体の表面に、数えきれないほどの口が、獲物を求めてガチガチと牙を鳴らしている。




『3億ノ愚生共ガ、世界ヲ喰ライ尽クシテヤロウゾ!』



ここまでこぎつけることができましたのも、読んでくださる方、温かい言葉をかけてくださるユーザー皆様のお蔭です。

毎週、感想や活動報告でコメントをいただくのが、とても励みになりました。


最終章のために間をあけますが、書くことから遠ざかることではなく、別の小説も書いて投稿する予定です。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ