或いは、最大の危機<楽園編106話>
最大の危機です(嘘は言ってない)
「もう10分早く来れたら、アタシも観れたのに」
綺羅は相方を探すことに気を取られていて、途中を見損ねていたのだった。
「どーせ、記憶を統合したら一緒だよ?」
「ちーがーいーまーすー! ジブンの目で見た方が愉しいもん、ゼッタイ!」
年の離れた同一人物がいがみ合いをしている。年齢の差か、2人の思考には微妙な温度差があるようだった。
「んで、ミイワイナナセくんがあのヨロイから出てくるのはさっき見たケド」
「あ、巨大ロボットの方?」
「ロボット? まあいいや。あの白かったり黒かったりする女の子、正体は誰?」
綺羅は、御祝優雅が変身した経緯を目撃していない。
幼女が説明する。
「ミイワイくんの妹? アタシそこまでは知らないなー」
綺羅は首を傾げた。リーダーや美園から聞いた話では、兄の「ミイワイナナセ」しか俎上に載らなかった。
「ま、考えなくっていーか。これからストーキングするんだし。さ、いったん統合して」
女性はオテアゲのポーズをした。
記憶の共有には、一度本体の身体に戻る必要があった。
「じゃ、またあとで“出す”から」
そう言って、殺人鬼は女性に触れる。
「コンバイン」
綺羅の身体が、泡のように弾けて消えた。以前の「〇秒前」「△秒後」のときのように、腐臭をまき散らしたりはしない。
「さぁて、これから忙しくなりそー!」
ハンバーグを食べ終えて、幼女は小さく伸びをした。
『カイシャイン、そろそろ引き上げるか。酒も切れた』
酒を平らげた王様が呼びかける。
カイシャインは少考し、首を振った。
「帰る前にちょっと“アイサツ”しときますわ」
御祝家は、逃げ出した時と同様、ひどい外観だった。
「これ、どうすればいいんだろう……」
警察からいろいろ追究されるだろうし、ご近所の反応も怖い。
ぼやきながら、どこぞの侵入者のように穴からは入らず、一応鍵で玄関を開ける。
内部は徹底的に荒らされていた。靴箱、棚などの中身が散乱している。どうやら、あの場に残った設楽とやらが、カネの隠してありそうな場所を片っ端から荒らして回ったようだ。
何より七瀬が閉口したのは、「壊されている」ではなく、「溶かされている」壁やものがやたらと目立ったことである。設楽とやらの魔法によるだろう。大金を壁の中に隠したと思ったのか、それともただの八つ当たりなのか定かではないが、壁の中に這っていたコードなどもまとめて溶かされている。
「更地になってた方がマシだったんじゃないか? 修理できるんだろうか」
通りがかった父親の部屋は、入り口から中を覗いただけで入るのを止めた。本や、倒されたテーブルで足の踏み場もない。
「廃墟マニアが喜びそうな佇まいになったなあ。魔法で元通りになればいいのに」
切実に願う七瀬だった。
リビングに入ると、人影があった。日の当たりが悪く、シルエットしか見えない。
それは、着物姿の貴美にしか見えなかったのだが。
「ユウガ!」
七瀬は反射的に叫んでいた。外見ではない。何かが、フクヌシユウガを確信させた。
「……なぜ、そう思う?」
沈黙の後、貴美の姿をした少女は問う。
「分からない。でも、分かる」
説明の用をなしていない説明に、少女は首を振った。同時に、姿がぼやけて悪魔の装束をした、赤い少女へと変じる。
『ばらすつもりはなかった。せっかく、貴美の姿を借りたのに』
驚きはなかった。おそらくは、悪魔も予期していたのだろう。ヴァルプルギスナハトのとき、2人は喧嘩屋の中に同居した。それは2人の魂が近しい存在であり、しかも魂で触れあって繋がりを持ったことを意味する。
「お帰り、ユウガ」
フェレスに言ったのと同じ言葉を口にする。
『ここは私の家ではないわ。……でも、ただいま』
悪魔は小さく笑った。少女が近づいて、七瀬を軽く抱きしめた。
「また、助けてもらったみたいだね」
設楽を撃退し、貴美の魂を喧嘩屋に移送したのがこの悪魔の援護だと察していた。
「まったく、どこで迷子になってたんだ」
努めて恨みごとにならないように言う。まだフェレスを背負っているので、七瀬の方からは何のリアクションもできない。
『調べなければならないことがあったの。太陽が戻ってきた。日陰でも、宿主に負担がかかるわ。久闊を叙すのはここまで』
宣言しながらも、七瀬から離れない。
『気にかかることが2つある。1つは、生き残りの魔法使いたちのこと』
「連中については、目鼻が付きそうだよ」
東洋玄時警部補の存在が発覚したことが大きな収穫だった。
「良好な関係が築けるかどうかは疑わしいけど」
東洋以外は俗物で、底の浅い集団に思えた。我欲に走ることはあっても、途方もない企みはできないだろう。
『そしてそれとは別に、妖物どもが蠢いている』
むしろ、こちらが本題のようだった。
「スマホに棲んでる仮住まいたちだね。ウチにも2人いるよ」
悪意はなさそうだけど、と付け加える。ただ、レーシャにしても数寄丸亜子にしても、底が読み切れない部分があった。損得に当てはまらない思惑があるようだった。
『あの黒い女の子とは、私も一戦交えたの』
大雑把な経緯を語る。
「相変わらず、自分の命には拘らないんだな」
リーノを相手取り、消滅しかけたと聞いて七瀬は肝を冷やす。
黒い幼女は七瀬も目撃していた。キプリアヌスとの戦いで乱入してきた幼女が、自らリーノと名乗っていた。
フェレスと会話していた時の声や口調は、大嶋剛司のスマートフォンから聞こえてきた、『チャンスだよ、ごーしお兄ちゃん! 首を刎ねちゃえー!』という声と同一だった。
剛司のスマホに棲みつき、彼を罠にかけた妖物と同一人物と考えて間違いなだろう。
そうであるならば、七瀬たちは図らずも剛司の敵討ちをしたことになる。
『そのお蔭で“貴美さん”と契約できたのだけれど』
「う、うん、ケガの功名だね」
何となく居心地が悪い七瀬だった。
『“彼等”の性格は千差万別で、人間と同じみたいね。正体が分かれば……』
『あの方、真名を“カークリノラース”と名乗ってましたわよ。あと、“スレイマン”とも』
フェレスが肩越しに、眠たげな声をかける。
「あ、起きたんだ。ちょっとやかましかったかな」
単純に喜ぶ七瀬。
『お久しぶりですわね、ユウガさん』
七瀬の首に回した手に、ギュッと力を籠めて挨拶をする。先ほどユウガが抱き着いたことに対する「反撃」なのだろう。
『……ええ、お久しぶり』
ユウガの挨拶も短いものだった。
ビキッ、と、空間に亀裂が走るような乾いた音が、なぜか耳に届いた。
「あ、あれ?」
おたおたしているのは七瀬ばかりである。彼は、ヴァルプルギスナハトで2人のわだかまりは解けた、と勝手に思い込んでいた。
だから、2人とも再会を喜び合うだろうと。いや、喜んでいるようだが、別種のナニカがせめぎあっているようだった。
空気が凍り付いたように冷たい。
「不思議だ……戦場のど真ん中に立ってる気がする……」
2人に挟まれる位置関係にある七瀬は、死霊を相手にした時にも鑑賞しなかった走馬灯を見ていた。
楽園編終わりまで、もうちょっとかかりますね。




