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ニ心同体<楽園編102話>

七瀬の口調が以前に少し戻っているのは、誰かさんがそばにいるからです。


 貝のように身を固めていた喧嘩屋(ラーフボルド)が、再び活性化する。動きに精彩を欠いていた今までとは異なり、動きに力がある。何より。


「背面の甲冑も動いている?」


 日笛ひてき呆気あっけにとられている。



『あらあら、けますわね』


 横目でちらりと見やって、フェレスは楽しつぶやいた。



<2人の魂をれることのできる悪霊ラーフボルド……この悪霊の主は、どんな酔狂な怪人ですかな?>


 “背教者の魔眼”を備えたキプリアヌスは、内実の変貌を見抜いていた。喧嘩屋の力が跳ね上がったことも。


「七瀬、呼吸を合わせろ。いくぞ!」


「せぇのっ!」


 電線を何重にも束ねたロープを、2体は力任せに千切ちぎった。


「ま、まだ腰は立たないはずだ!」


 再び拘束せんと、日笛が電線ロープを繰り出した。長さだけには事欠かない。


「念じれば武器を変えることができるのだな?」


 貴美は盾を拾い上げた。大盾は硬度を失い、薙刀グレイブへと姿を変える。


「せいっ!」


 薙刀が一閃し、ロープを両断した。


「く、くそっ!」


 日笛はムキになってもう一度繰り出すが、やはりロープを寸詰まりにされるだけで終わってしまう。

 そもそも“絡みづた”は、格上相手には不意を突かなければ成果が上げられない。たとえ下半身不随であっても、警戒している敵を絡めとるのは困難だった。



<では、攻め手を変えましょうぞ>


 波打つ紙人形が、ひらひらと漂うように遠ざかる。


「七瀬逃がすな! 距離を取られたら終わりだぞ!」


 2人に増えたところで、依然として足腰が立たない。ただ、七瀬には閃いたアイデアがあった。


「試してみたいことがあります、協力してください!」


 貴美の「二心同体」発言からの思い付きである。大急ぎで説明している間に、甲冑の届かない場所に陣取る。キプリアヌスは10本の腕を広げた。


<秘術“キプリアン告解こっかい”>


 紙の腕がねじれ、きりのようにとがる。明らかに攻撃主体の形態。キプリアヌスの切り札である。


<串刺しですぞ>


 10本の錐腕がゴムのように伸びる。万象を貫く背教者の(キリ)は、悪霊の体など穴だらけにする、はずであった。

 

「今だ!」


 七瀬は背の貴美に声をかけた。貴美はこちらが側が見えないので、シビアなタイミングを七瀬が測る必要があった。

 貴美は薙刀(グレイブ)を地面に突き立てる。


「「人馬宮のシジルよ!」」


 2人の声がユニゾンした。

 錐の腕群をかわしつつ、超重量の、5mの甲冑が跳躍する。腰がわらないため、跳躍や方向決めは難しい。よって、棒高跳びの要領で薙刀を叩きつけて反動を利用した。


「よしっ、読み通り!」


 悪霊の胎内であっても、1人で人馬宮を使用したのであればここまでの威力は出なかったはずである。2人がかりで増幅してこそだった。


「なるほど、なにせ今の七瀬と貴美は二心“同体”だからな」


 同じ器を共有しているならば、貴美(黒い甲冑)の方でもシジル魔術が行使できるはずである。

 10の死腕を飛び越して、空を舞う。攻制魔術を受け付けぬキプリアヌスも、己が標的でない魔術まで封じることはできなかった。


 甲冑はキプリアヌスの頭上に落下した。伸びた腕を戻す暇もない。“キプリアン告解”は、極濃度の魔力を腕先に集中させるため、他の防禦ぼうぎょもろく、動きも鈍重になるという大欠点をあわせ持っていた。


 紙人形を押し倒す。


<面に重量は無意味ですぞ>


 やはり二次元の存在なのか、超重量に苦悶もせず、波打つばかりで平然としている。影への干渉ができない悪霊(喧嘩屋)の抵抗は、これで打ち止め、ではなかった。


「武器もシジルも効かないみたいだけど、これはどうかな?」


 キプリアヌスの細長い腕をつかんだ。先端のきりを、紙人形の妖しく光る眼に突き立てる。


<ゲェッ!>


 初めて平面人形から悲鳴が上がった。物質的な攻撃は通じなくとも、同じ平面物体である己の腕は有効だろう、という七瀬の読みは図に当たった。


 しかも、よりによって攻撃に特化して防禦ぼうぎょもろい“キプリアン告解”形態でやられてしまった。


「ずっと影に潜んでいれば良かったんだ。“影をおそあとにくむ”だよ」


 束ねた錐腕をひるがえし、()い出ようとする平面巨体を縦一文字に切り裂いた。紙でも破るようなあっけない手応えとともに両断される。



<これはしてやられましたな>


 キプリアヌスは賞賛とも取れる言葉を遺し、影に溶けるように消滅した。






 カイシャインは眼下の光景に興奮していた。無数の車輪を操る少女が、狼の足と腕を持つ異形の少女と殺し合いをしている。

 横では、巨大な甲冑と紙のように薄い巨人との壮絶な戦い。


「とんでもないっスね! ここは地獄かよ?」


 およそこの世のものとは思えない光景を目に、カイシャインは叫んだ。


『地獄? 違うな』


 王様は30年物のコート・デュ・レイヨン・ボーリューを飲みながら、上機嫌で訂正する。


『サーウィンにて、塵界(人間界)煉獄(れんごく)と化すのだ』








「七瀬、残党が逃げそびれているぞ」


 貴美が注意を促す。ロープを操っていた中年男(日笛)と、ぎっくり腰を誘発した赤髪(山刷)が2人並んでボーッと突っ立っていた。キプリアヌスがずっと優勢だったので、大した距離も取らずに野次馬をしていたようだ。そこに急転直下の逆転劇が起きて、事態についていけてない。

 ようやく我に返り、逃げ出そうとする。


 貴美が“入って”いる甲冑のちょうど正面だった。


「どうします? クロスボウでも撃ち込みますか?」


 過激な提案をする背面男。


「いかに破落戸ゴロツキであっても、殺してはまずかろう。念じれば武器を変えることができるのだな?」


 貴美は薙刀なぎなたを拾い上げた。ぐにゃりと歪み、鉄で編まれた漁網へと姿を変える。


「なるほど」


 ご丁寧なことに、2人は連れ立って逃げている。


「それっ!」


 四方におもりのついた網は宙できれいに広がり、2人の頭上に降り注いだ。すっぽりと男たちを包む。鉄の網は大きく、かなりの重量がある。絡めとられた2人は芋虫いもむしのようになってじたばたともがいている。

 

 貴美と七瀬は網の一端に付いたヒモを引っ張って、獲物を引き寄せる。


「文字通り、一網打尽ですね」


 形勢逆転だった。


「貴美は“人間を捕る漁師”に宗旨替えした覚えはないぞ」


 生徒会長は基督きりすと教の逸話を持ち出した。


新作、5月には第一章できそうです。

「魔女たちの夜宴」とは真逆のベクトルですが。

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