圧倒<楽園編96話>
アナグラム問題の解答があとがきにあります。
ある程度出番が終わらないと解答出せないことが多くて(ネタバレ要素があるキャラもいるし)、延び延びになってました。
一方のフェレスは、攻めあぐねているように見えた。
「へっへっへ……」
沼瀬は、水を杭の形から変形させていた。例えるならば「水のナメクジに取り込まれているような形状」である。
天蠍宮の熱線で減じたとはいえ、まだ水量は豊富にある。フェレスの錨は、沼瀬に触れるよりも先に、水に阻まれてしまう。幾分か衝撃が伝わっているはずなのだが、薬物とアルコールの相乗作用で緩和されていた。
「殴るだけじゃ、上手いこといくまいが。こまいくせに」
沼瀬は下卑た笑いを浮かべた。
「アッチは苦戦してるっスねー」
カイシャインは王様に付き合って、缶ビールを空けた。異常地帯の傍下でこの暢気さは、器が大きいと評すべきか、底が抜けていると貶すべきか。
『ふん、まあ無理もあるまい。悪魔にとって、色は位階を司っておってな。あの白い餓鬼は、最下級の悪魔。言わば、悪魔の生りそこないだ!』
口をへの字に曲げて説明する王様。弱者は、王が忌み嫌うものの1つだった。
『だから、相性が悪いと人間如きにすら苦戦する』
同じく「人間如き」のカイシャインは、「へー」と口を開けて素直に感心している。
「んじゃ、悪魔でも人間に負けて不思議じゃないんっスか?」
『まぁな。だが、あの神が絡んでおるのだ、もう一波乱あるかもしれんぞ!』
赤髪の王は、皮肉気に口の端を歪めた。
水の軟体に守られている沼瀬を前に、フェレスは錨を地面に突き立てた。
『切り札は使うまでもありませんわね。“握り屋”出番ですわよ』
呼ばうと、影から黒い手が這い出した。節くれ立ち、鉤爪の付いた醜怪な腕だった。
悪魔の使役する三大悪霊が二、ものを掠め取る“握り屋”である。
鉤爪が錨に手を添えると、如何様な手品か、粘土細工でもするように形状を変化させてゆく。それは、2m余りの拷問用の車輪に変化した。
ヴァルプルギスナハトで、石の花嫁が好んだ武器であり、フェレスや七瀬が散々に苦戦した代物である。
『水には熱。ナナセに倣うことにいたしましょう』
車輪がその場で猛回転を始め、赤熱化してゆく。
『悪趣味な武器ですけれど、名前は気に入りました』
車輪に括りつけられた鎖を握る。大きく反動をつけて、振りかぶった。
『“運命の輪”よ、お行きなさい!』
投球のフォームで引き回された車輪は、巨大なヨーヨーの如く回転しつつ飛来する。
「う、うおっ!」
防ごうとするが、車輪に触れた端から蒸発してゆく。やはり溺死体の魔法は、熱との相性が極端に悪いようだった。粘度の弱まったところに突入を敢行、速度を回転は止まらず、遂に沼瀬に到達する。鉄輪が坊主頭の顔面にめり込んだ。
ジュッ!という音と焦げ臭いがして、沼瀬が昏倒する。顔に焼き印のように醜い焦げ跡が付いていた。
『車輪轢き、と言いたいところですが、命だけは助けて差し上げましょう。どんな奇縁であれ、彼方たちのお陰で、わたくしはナナセと再会することができたのですから』
白い幼女は艶然と微笑んだ。
「あー面白かった。さすがアタシのヒーロー。ちょっと怪人役が弱っちかったのが不満だったけど」
お面の幼女は手をぱちぱちと叩いて喝采した。
『まぁねー』
お付き合いで観劇していた黒い幼女は、努めて気のない返事をした。内心を悟られてはならない。
リーノ・カラスには、アンムート戦で失ったはずの手足が生えていた。ただし、手足は顔や胴部の褐色ではない。普通の肌の色だった。しかも、胴部に比して長すぎる、大人の手足だった。
「ヒーロータイムも堪能したし、“大きいアタシ”と合流してこようかな」
殺人鬼はやはり舞い上がっていた。遠目だったとはいえ、毒錆の仲間がいることに気づけなかった。第二幕が始まるかもしれないことを、見逃してしまった。
「リーノ、ちょっと行ってくるね!」
言い終わる前に、姿は遥か下にあった。
『いってらっしゃーい♪ まったく、狂人の気持ちなんてわっからないの』
リーノ・カラスは苦笑いを浮かべた。
『……でも、ぐっどたいみん♪』
リーノは眼下の白い少女を見下ろした。
『差し入れは、お肉も魔力も少な過ぎて物足りなかったもんね』
ちらりと傍らに転がっているモノを一瞥する。先日沼男が持ってきた「差し入れ」である。手足をいただいたが、それは外見が取り繕えただけのこと。魔力は大して足しにならなかった。
魔力の自力回復には限界がある。食事のように外部から取り込むのが一番手っ取り早い。それには当然、魔力が高いものを「喰う」のが一番だった。
『あの子にバレなくて良かった~♪』
お面の少女は“ヒーロー”を見て興奮していたが、実はリーノも同様だった。ただしそれは、魔力補充の“食料”としてである。
悪魔は、人間とは桁違いの魔力を内蔵している。しかも、目の下にいる悪魔は白い、不完全な悪魔。魔力の減衰した今のリーノでも、簡単に殺し得る。全てがお誂え向きだった。
連れ添いの鎧兜が邪魔だが、恐らく問題ない、と踏んでいる。お面の少女と違い、リーノは見物している人影に気づいていた。
あの連中は、やがてあの2人に仕掛けるだろう。悪霊はあいつらに足止めさせ、自分はフェレスを喰らえばいい。お互いの行動が利益になるのだから、あの人間たちは積極的にこちらを妨害しないだろう。少なくとも、鎧兜を殺さない限りにおいて。
『ヒーロー食べちゃうよ、ごめんねーキラちゃん。でも、リーノたち、そういう関係だよね?』
あくまで、利害で結びついているだけの脆い関係。最終的には喰い合う間柄であった。
リーノの都合が、沼男への義理を上回っただけのことだった。
『そんなに大事なものなら、目を離したりなんかせず、金庫にでもしまっとけばよかったのにね』
「圧巻だな。武闘派で鳴らしたあの2人を全く寄せ付けんとは」
真雲は唸った。地力の差もさることながら、蓄積した経験値が違いすぎる。
(“今は無害”などと甘く見るのではなかったな。「化ける」人間ということか)
自分の判断が甘かったことを痛感していた。
「いやいやいやいや、ムリですって、あんなバケモンども!」
合流した山刷吾郎は完全に腰が引けていた。
「た、戦い方1つだよ、山刷君。わ、我々の魔法を組み合わせれば……」
日笛卓也が窘めているが、虚勢であることは覆うべくもない。真雲玄時は内心で臍を噛んだ。
(このままでは、こいつらが使いものにならない)
人間も魔法も使い方次第、という指摘は正鵠を射ている。が、肝心の使う側が呑まれてしまっていては話にならない。黒い手紙に選ばれた者たちは、精神力に関して殊に弱者だった。
臆病風に吹かれた仲間ほど御せぬものはない。
「妖術師キプリアヌス、私の質問に答えろ。あの2人、貴様なら始末できるか?」
およそ刑事らしからぬ質問をする真雲。
<望み薄でございますな、聡明なるご主人様。わたくしめの見るところでは、あの鉄兜は悪魔の使役する三大悪霊の一、“争いを狩るもの”ですぞ>
しわがれた声にふさわしく、渋い回答を寄越す。
<しかも、相当にタチが悪うございます。危殆は避けるが賢明かと愚考いたしますぞ>
正論であるが、この死霊は人間に使役されるのが内心嫌でたまらないのだ。
周囲も――嬉しそうにニヤニヤしている美園は除くとして――退却に同意したそうな雰囲気である。
事実真雲も、御祝七瀬と話をつけて、早急に撤退するつもりだったのだ。
喧嘩屋と、あの白い少女を見るまでは。
解答:沼瀬海のアナグラムはなんでしょう?
ぬませかい→かませいぬ→かませ犬 です。身もフタもない(笑)
3名の方に、問題を出した即日正解されました(笑)




