使い魔の律動
コーヒーが美味しかったので投稿します。
七瀬が廊下で冷や汗をかきながら警察に応対しているとき、使い魔は和室を来訪していた。どうせ、警察官に使い魔を視ることのできるものなど1人もいない。
樋口啓二が朽ち果てたところに、黒い染みのような物体がある。
『やはり生き延びていましたか、ナイトコバル』
フェレスはにっこりと微笑む。七瀬に向ける笑顔と異なる、冷たい笑顔だった。
『キ、キイッ』
黒い染みは小さくうめく。逃げようとうごめくが、遅々として前には進まなかった。使い魔は白い靴で怪物を踏みつけて逃亡を阻止する。
『力を使い果たしましたわね。諦めなさいな』
あくまで笑顔で。
『キキ、キイッ』
何かを必死に言い募る。
『笑止ですわね。夜魔ごときが、わたくしとナナセを狙うなど、片腹痛いですわ』
フェレスには意図が伝わったらしい。却下されたが。
『イイッ、キッ』
哀願しているようだった。
『本来なら歯牙にもかけぬところですが、わたくしも少々力を失っておりますの。小さい魔力ですけれど、足しにはなるでしょう。いらっしゃい、握り屋』
ささやくと、使い魔の影から鉤爪の生えたいびつな手が突き出した。青銅色で、奇妙にねじくれた、醜い手だった。
夜の妖精をつかみ上げる。そのまま、影に引き込んでしまった。
すると、フェレスの腕に巻きつけられたリボンのうち、左の1本が解けてはらりと地面に落ちる。
慎重に左手を動かして自由を確認した。
『左腕が解放されるとは、上々です。それにしても、こうも簡単に敵に出くわせるとは、ナナセはわたくしの見込み通りです。本祭の直前に思わぬ収穫がありました。幸先がよろしい』
「フェレス、もう帰っていいってさ」
事情を説明し終えた小声で七瀬が呼びかける。
『助かりますわ。わたくし、このあばら家にいるとなんだか胸がムカムカしますもの』
「ハウスダスト症候群だよ、それ。あとでうがいしような」
優雅を気にかけているご主人に合流した。
駆けつけた警察に優雅はありのままを話したが、目も耳も不自由だったので、あやふやな説明が多かった。
警官は眉をしかめるばかりで、到底納得しそうにない。
幸いと言っては何だが、樋口の死体は既に消滅している。よって七瀬は“魔法売ります!”の関連を全て伏せて、自分たちに都合良く説明することにした。
・路地裏に樋口啓二が殺害したと特定できる遺体が2体あり、現場のナイフから樋口の指紋が検出される。しかも、自宅に踏み込んでみると、腐敗した両親と兄の遺体までが発見されるに至った。
・よって警察は「樋口啓二の素行を不審に思ったクラスメイト2人が後をつけてみると、殺害現場を目撃する。咎めようとしたら樋口がナイフを振り回して追ってきた。
・樋口啓二は“廃屋”に入り込んで2人を殺そうとするが、逆にやり込められて負傷。福主優雅が手当てしようとするも、2人の目を盗んで逃亡、そのまま行方不明となる。
・福主優雅や近隣の住民の目・耳を混乱させたのは催涙スプレー等、神経に作用する物品を所持していたため」という七瀬のでっち上げを信じることにした。
御祝七瀬が気になった点が3つ。
立ち入り禁止の廃屋に入ったことで、警官に油を絞られた。そのときに「ここで2度目の事件を起こすな」と言われたことと、廃屋内で優雅の表情が曇っていたこと。そしてフェレスに似ていた少女の写真。
七瀬は、自分がまるで運命の辻に迷い込んだ心地がしていた。
「あ-、疲れた。3時間は足止め食らったなあ」
警察署を出て、七瀬は大きく伸びをした。優雅がもう少し柔軟な対応をしていれば、もっと早くに解放されたはずであったが。
(仕方ないか、性格だもんな。フェレスのことを口走らなかっただけでも上出来か)
警察は、樋口啓二が廃屋で死んだとは考えていないようだった。よって2人が殺人容疑をかけられているわけではないが、今は初動捜査の段階である。
今後幾度か呼び出しがあるだろうから断らないように、という旨を、機捜の担当からしつこく念を押されていた。
後々の警察との対応を考えると、頭が痛くなってくる七割の男。
「じゃあね、七瀬。今日はありがとう」
珍しくそっけない物言いで、優雅は去っていった。
「あ、ああ、おつかれ」
思わずあっけにとられて、引き留める気を失う。
が、引き留めてたところでどうしようもない、と思い直した。
「大丈夫かなあ、優雅。結構ショック受けてたみたいだけど」
付き合いの長い七瀬は、別れ際のそっけない応対ぶりを不安に思っていた。
かく言う七瀬も、警察相手に嘘の自供を繰り返したので疲弊しきっていた。足取りも重い。
『わたくし、なんだかユウガさんが好きになれませんわ。マネキンみたいな方ですもの』
フェレスの優雅に対する感情は負の方向で一貫していた。
「そりゃまあ、優雅は契約なんかに乗りそうにない手合いだろうねえ」
七瀬は「マネキンみたい」というのを「頭や信念が硬い」と受け取る。
白尽くめがしきりに南に目をやっているので視線を追ってみると、朝にも見た食い倒れビルがあった。1階の洋菓子屋が気になるようだ。
七割の男が珍しく、相手の意を汲み取る。
「朝に約束してたし、ケーキでも買って帰ろうか。リクエストはお有りですか、レディ?」
洋菓子屋の扉を開ける。フェレスがぱあっと顔を輝かせた。
『いいんですの?』
「樋口の件で世話になりっぱなしだったからね。恩返しは早め早めに限る」
少女はウィンドウに貼りつき、陳列されたケーキ群を凝視する。すぐに1つを指差した。
『こ、このいちごのしょーとけーきがいいですわ! ナナセもこれになさい!』
白尽くめが選んだのは、己と同じぐらい白く染め上げられたショートケーキだった。
「はいはい」
財布を開く。違うケーキを七瀬が買えば、後でシェアできる、と言うのも野暮だろう。
家に帰る間中、使い魔は幸せそうな顔をしていた。
一区切りまでもう少しです。




