伊勢乃木の母娘<楽園編77話>
美人母娘回です(/・ω・)/
「警察? 捕まったんですか? 余罪がバレないように、ちゃんと黙秘権は行使してます?」
「叩けば埃の出そうな身は、七瀬書記の方だろう。生憎貴美は、つい先刻湯浴みをしたばかりでな。身体も経歴も清潔そのものだ」
貴美には言いにくいが、分かれて数時間の間だけでも不法侵入、傷害、銃の隠匿幇助と、小まめに悪事を重ねていた。
「あらましを話そう。あの後デパートに寄ったのだが……」
お面をつけた、沼男らしき少女に出会ったこと。老齢の男性の遺体があったことを告げる。
「沼男って、ホントにいたんですね。ただのウワサかと思ってましたよ。幼女、ですか?」
七瀬は沼男と接点がない。ちょっと前から騒がれている、実在の怪しい殺人鬼、ぐらいの認識しかなかった。
だが、その殺人鬼が得体のしれない魔法を使用して犯行を重ねているとあっては看過しておけない。
「貴美は母からほんの少しは聞いていたがな。七瀬書記がいつも締まりのない顔で兄バカよろしく自慢している、あのかわいい優雅ちゃんと同じぐらいの年齢だろう」
「……枕詞が長すぎませんかね?」
更に、胸を刺されて気を失ったことに話が及ぶ。
「さ、刺された?」
七瀬の肝が一挙に冷え込んだ。
「うむ、ここと、ここだな。すぐには血が止まらなかったのでよく覚えている。これでも年頃の少女だからな。跡にならないか気になったものだ。この辺りだな」
肩と胸の辺りを順番に指して、紬を少しはだけた。白い肩には傷跡1つない。
「自分で“年頃の少女”と言い張るなら、そういった行為は控えた方が良いかと」
「か、肩ぐらい見せても減るものではないだろう」
衣服を直し、居住まいを正す。
「それで、だ。胸の刺傷は、命に届いたはずなのだ。生まれて初めて“死”に寄り添われたよ。その後で意識を失ってしまったのようなのだが」
その時のことを思い出してか、身を震わせる。
「でも、生きてた? それも無傷で」
「そうだ。警察には全て隠すことなく説明したのだが、困惑されるばかりでな。“意識が混濁していたのだろう”という結論に落ち着いてしまった」
不本意だ、とばかりに目を伏せる。
「ああ、それで。生きてる被害者兼第一発見者だから、“もうちょっとゆっくりしていけ”って感じになってるんですね?」
チャチャが多いのは、心配の反動であるが、話の腰を折りがちだった。
「犯人だと疑われているわけではないぞ。証言の信憑性は疑われているだろうが」
そうと分かっていても、嘘で誤魔化せないのが伊勢乃木貴美の為人というものだった。
「入院は一応精密検査を勧められてな。後はまあ、有り体に言うと、母への配慮だろうな」
警察としては、整合性を維持しなければ捜査などできないのだから、貴美の証言に不信感を示したのは無理のない結論と言える。
ただ、七瀬と貴美は、整合性を蚊帳の外に置き去りにしてしまう代物を知っていた。
「沼男は、ほぼ間違いなく魔法を使った。そして、会長の傷を治したのも……魔法ですかね?」
「意識が途切れたから、否定も肯定もできないな。また、もしそうなのだとしたら、“なぜ?”という新しい命題が持ち上がってしまう」
貴美が電動ベッドを半身起こして寄りかかった。気丈に振舞っているが、命の危機を経験したことで、さすがに気疲れしているようだった。
「たまたま通りかかった人がたまたま魔法所有者で、治癒とかの、ピンポイントで命を救える魔法をたまたま使えた、と考えるのは都合が良すぎますね。……ポット借りていいですか?」
何をするつもりなのかは、紙袋からペーパーフィルターを取り出したことですぐに知れた。
「ああ。3人分頼む」
七瀬が備え付けのポットで、コーヒーを淹れる。豆とフィルターはいつも少量持ち歩いていた。
貴美の容態が悪ければ遠慮するつもりだったが、無事であったし、話が込み入ってきたこともあって我慢できなくなってきたのだった。
「やっぱり、付き添いの方がいるんですね?」
母親だろう、と見当はついていた。今までは居なかったので魔法絡みの話ができたが、母親が戻ってきたら遠慮しなければならない。
「今は席を外しているが。で、話を戻すが……」
「待たせたな、生けてきたぞ」
病室にスーツ姿の女性が入ってきた。30代後半だろうか。花を入れた花瓶を手にしている。
かなりの美人に属するが、それだけではない。凛とした佇まいの中にも、艶やかさを垣間見せる仕草。
纏った雰囲気が貴美とよく似ている。
「あ、お邪魔してます。生徒会書記の御祝七瀬です」
七瀬は立ち上がって挨拶する。
「うむ、礼儀正しくて宜しい。貴美の母で、伊勢乃木香都子と申します」
女性も丁寧に頭を下げた。花瓶をテーブルに飾った後、すぐに来客に向き直った。
「ほほう、君が貴美の話でよく出てくる“あの”七瀬君かね?」
じろじろと値踏みされる。貴美が母を睨んだ。「余計なことは言うな」と言わんばかりの非難の籠められた視線から察するに、あまり良い話題ではないのだろう、と勝手に納得する。
「七瀬」と下の名前で呼ばれたことで、普段の貴美の思考が読めそうなものだが、緊張気味だった当人は気付かなかった。
「はは……いろいろ先輩には助けてもらってます」
苦笑いして後ろ頭を掻く。電源を切ったはずのスマートフォンから、含み笑いが聞こえた気がした。
「もしかして、お邪魔虫だったか? 逢瀬を邪魔したのであれば、わざとらしく口実を作って席を空けるつもりだぞ。何せ私は気が利くのだ」
どうやら、茶目っ気のある人物のようだった。娘は眉間に皺を寄せているが。
「不言実行が美徳だと思います」
あのような言い方をされては、貴美も「席を外してくれ」とは言い難い。
「どうぞ」
七瀬が横に退いて、1つしかないイスを譲った。
「うむ、甘えようか。年長者の役得ということでな」
頷いた香都子が、どっかりと腰を降ろす。おおやかな動作の中にも、尊大に見えない繊細さが見え隠れしていた。
(ただものじゃないなあ、この人)
イスに座る。ただ1つの所作で、相手に器量を感じさせる。七瀬は舌を巻いた。
問題:歳日三太<楽園編75話>のアナグラムはなんでしょう?
登場時から死んでいるので(笑)、ヒネリはありません。




