証言<楽園編76話>
誤字訂正作業、終了しました。
これで見直し作業はしなくて良くなりました(笑)
一覧にして報告していただいたのが本当に助かりました(/・ω・)/<大感謝!
「今回は、捜査にちょっとした進展があるかもしれませんよ」
2ヶ月前に同僚になったばかりの捜査員が、前向きな言い方をする。
「ホントッスか! やった!」
「それは朗報だね」
部下とは対照的に、警部補の反応は控えめだった。「精確な情報提示を」が信条の警察組織に在って「ちょっとした」「かもしれない」が2つ重なるときは、大抵ただの厄介な案件であることが多い。
「まず、警察に女子高生から通報がありました。機捜が駆けつけるまで、その少女と、彼女から連絡を受けたデパートの従業員数人が現場保全をしていたようです」
「頭数を揃えたのは感心だね。よく分かっている」
素人1人で現場に居た場合、「(無意識にでも)現場を荒らさなかったのか」という疑惑を抱かれることが往々にしてある。利害の一致しない複数人で見張ることは、要らぬ誤解を避けるためにも有効な手段だった。
「通報通り、歳日三太が倒れていて。説明では沼男に出くわして、人が殺された、自分も襲われかけた、と」
言葉を選んで喋っているらしい同僚。
「なんと! 目撃者ッスか?」
後輩が色めき立つ。
これまでの沼男の犯行は、犠牲者は「無作為?に選ばれた1名」が相場だった。それゆえに、目撃者の発見は難航していた。
ただ、警部補はぬか喜びであることを推察していた。同僚が「目撃者」と明言しなかったからだ。
「沼男に自分も襲われた、と証言したのだね? それが本当なら、よく生きていたものだ」
「困ったことに、各所で記憶が曖昧なんですよ。小時間気を失ってたらしいから、“殺した”って勘違いして、見逃がされたんでしょうかね?」
捜査員は、「本人は“胸を刺された”と証言していますが、傷1つありませんし」という説明まではしなかった。
事情があり、口止めされていたのだった。
「そいつが犯人なんじゃないッスか? 目撃者が犯人、ありがちッスよ」
豊文の言葉は、推理以下の、根拠なき憶測というべきレベルだった。
「他に目撃者がいない状況で、名乗り出る必要がないだろう」
「現場にあった毛髪と、目撃者の毛髪は一致しませんでした。カバンや制服についた闘争痕からも、第三者の犯行は明らかです。そのくらいは調べてますよ」
2人の否定には小馬鹿が混入されていた。
「はぁ、何にせよ、強運な娘さんだね。犯人のことは何と?」
証拠能力が低くとも、手がかりであることには違いない。
「それなんですがね。証言では、殺人鬼は、10歳かそれ以下の幼い少女だった、と」
「「はあ?」」
警部補と後輩の声が重なった。
「そりゃ、ダメッスね。大方、死体を見て気絶、その時に見た夢やら妄想やらと混同してるんッスよ」
「細部に異論はありますが、似たようなものだと思います。だから、捜査本部はこの証言に蓋するでしょうね」
同僚は、「しっかりした娘さんだったから、大いに期待したんですがね」と未練を口にした。
2人の意見が一致しているのは、今までの凶行が、とても幼女1人で実行しえないことが検証されているからだ。
もっとも、その検証は、
「小学生が、無計画に刃物を振り回して大の大人を殺せるか?」
という常識の枠組みの中での過程に過ぎない。
つまりは。
(スワンプマンが、魔法を用いた幼女の可能性が、ある)
魔法という、異物の存在を知る者には、大きな意味を持つ。。
「その少女の名前は?」
警部補1人だけは、証言が真実であると推測できた。もっと詳しい話を訊いておいた方が良い。
「興味あるんですか? でも、箝口令敷かれちゃいまして」
教えることはできない、と言外に行った。付き合いの深い捜査員だったなら、東洋に教えたことだろう。
だが、目の前の同僚はあくまで「2ヶ月前に同僚になったばかりの捜査員」でしかなかった。
K市は、元より寂れた町であったところに、造船産業が振るわなくなった結果、隣のH市と6月末に合併していた。
名称はHK市。前後の優位から分かるように、豊かで人口も多いH市に吸収された形に近い。
その関係で、東洋警部補が所属する警察署も、いろいろあおりを受けている。受け持ち範囲の変更や、知らない同僚がドッと増えたのだ。
これまでも親交があった豊文刑事は例外として、彼以外の「H市(元K市)異動組」とは、なあなあの関係が築けていなかった。
「いや、いいんだ」
後回しにするよりなかった。無意識にゴールデンバットを口にくわえ、現場であることを思い出して仕舞う。
ふと、疑問が過ぎった。
(殺人鬼が“魔法使い”なら。ソレから無傷で逃げおおせた少女は……?)
「生徒会長、失礼します」
七瀬が病室に入ると、
「来たか。わざわざ済まんな、七瀬書記」
伊勢乃木貴美は白い紬を羽織って、上半身をベッドから起こしていた。
顔色が少しだけ悪いが、疲労から来るもののようだった。
8階の個室には、他に誰もいなかった。連絡を寄越した母親の姿もない。
「ちょっと遅くなりました。びっくりしましたよ、病院にいるって聞いて」
予め聞いてはいたが、実際に無事な様子を見て安堵する。
もっとも、母親を名乗った伊勢乃木香都子は、「事情が事情でな」と末尾を濁していた。病院にいるのは、安否の他に、何やら込み入った事情がありそうだった。
備え付けの簡素なテーブルに、売店で買ったささやかな果物の盛り合わせを置く。
「警察は大袈裟なのだ。貴美には怪我1つ無いと分かっておるのに、念のために1日入院だのと」
警察と聞いて、東洋警部補と豊文刑事を思い出す。
H市になっていたことについては、どこかで触れておかなければ、と思ってました。
夜宴の直後、K市がH市と合併してHK市になっています。




