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宵闇に溶ける疑念

よく晴れているので早く投稿できました。

 蜘蛛くも男が喧嘩屋の足を潜り抜けて本体に肉迫する。今のぎこちない動作では、動き回る標的を捕らえるのは不可能に思えた。


「でも、移動ルートが分かるなら結構簡単なんだな、これが」


 ランスを横薙ぎに払った。間一髪、怪物は跳躍して逃れる。そこには、空をふさぐように大盾がふたをしてあった。

 巨体と膂力りょりょくにモノを言わせ、そのまま盾で圧し潰した。


「ギャウッ!」


 カエルの潰れるような悲鳴を残し、蜘蛛脚の怪物は大地と大盾とにサンドイッチされた。


「今の悲鳴、どこから出た?」


 七瀬はけげんな顔付きになる。黒に塗られた頭部からではない。押し花になった樋口を観察する。息も絶え絶えだが、辛うじて生きている。


 目を皿のようにして見ていると、蜘蛛足の第2関節部分に、小さな猿に酷似こくじした生物の顔が貼りついていた。


「そうか、コイツがナハトコボルトの本体か」


 七瀬は意識を腕1本に集中した。倒れていると下半身の制御を念頭に置かなくともいいので、比較的自在に動く。武器を投げ捨て、蜘蛛足を根っこからつかんだ。


「ヤメロ……! ヤメ、ロッ!」


 猿の口が必死に叫ぶ。


「夜の妖精君。夜はもう充分に堪能たんのうしたからさ、舞台から退場願おうか」


 喧嘩屋の膂力りょりょくは相当なものらしく、あっけなく蜘蛛足はちぎり取られた。


『お見事』


 フェレスが拍手の仕草しぐさをしてたたえる。脚は、千切ちぎられると闇に撒くように消えていった。

 樋口を覆っていた漆黒も同じように消えてゆく。樋口の五体は、甲冑の重石おもしで潰れていた。


 エレべーターで降りるときのような浮遊感に再び襲われる。気がつけば、御祝七瀬の身体に帰還していた。喧嘩屋の巨体はいずこかに消え失せている。


「あ、戻った」


 思わず自分の手足をまじまじと見つめる。



 優雅が駆け寄って来る。ナイトコバルが消滅したせいで、視力が戻ったようだ。


「七瀬、無事だったのね! ……あら、ひょっとしてここ、廃屋?」


 見渡して質問する。複雑な心境を表情があらわしている。


「……随分壊されたわね」


 元から壊れかけの建物だったのだが、優雅は悲しそうだった。見渡しただけで判別したことといい、以前廃屋に入ったことがあるのだろうか。


「ああ、多分ここがそうだよ。それと、樋口もこっちにいる」


 もうすぐ死ぬけど、とはさすがに言わなかった。


 樋口啓二の身体は、手足などの末端から溶けるようになくなってゆく。


『夜の精霊の仲間入りですわ。もっとも、契約で堕ちた身は、同格の仲間とは言えません。ナハトコボルド達の、奴隷ですわね』


 樋口は忌々(いまいま)しげな顔と声で七瀬をにらむ。


「くそ、お前さえいなければ……」


 怨嗟えんさの声を漏らした。既に、腰まで溶けている。


「侮ってるからだよ、と言いたいトコだけど。こっちには心強い助っ人がいたからね」


 七瀬は使い魔と少女を見た。力を貸してくれたのはフェレス。背中を押してくれたのは優雅。どちらが欠けても樋口打倒は不可能だっただろう。


「今すぐ救急車を呼んであげるから、頑張りなさい」


 それでも優雅は、命を助けることに懸命だった。或いは、変わり果てた樋口を見ていないからこその発想かもしれない。


「うるせえ、お前だって片棒担いだクセによ、バカが」


 いわれのない非難である。七瀬は彼に合わせることにした。


「“阿呆はいつも彼以外のものを阿呆であると信じている”。芥川龍之介先生の言葉だよ」


 痛烈な非難をして、樋口を見送ることにした。それが、最後まで分かり合うことのなかった樋口にふさわしいと信じて。


「くそ……」


 最期に一にらみして、樋口啓二は宵闇よいやみに去った。


「これで良かった、んだよな」


 良かったとは思っていなかった。ただ、自分達が生き残る最適解だった確信はある。


「……七瀬が悪いわけじゃないわ。右の頬をぶたれて左の頬を差し出すのは、相手が人格者だったときだけよ。そう納得しましょう。あえて言うなら、私が足手まといにさえならなければ別の道があったかも、とは思うけど」


 優雅は自分を責めている。自分さえいなければ樋口を救う機会があったのではないか、といつまでも気に病む少女なのだった。


『それも無駄な議論ですわ。老若男女貧富貴賎を問わず、人は堕ちるべくして堕ちるものです。あの下衆は遅かれ早かれ、自身や両親を殺す宿業にありましたわ』


 使い魔の言葉は、ある意味人間の真理を突いたものだった。


「ああ、そう思うことにしよう。……帰ろうか、警察に事情を話して」





 近づいてくるパトカーのサイレンを聞きながらも、七瀬は違和感を禁じえなかった。発端は、フェレスの一言にある。


(わたくしの使い魔ですわ) 

                              

 喧嘩屋を紹介した際の台詞。使い魔が使い魔を使役するなど聞いたこともない。しかも、“使い魔の使い魔”は、正真正銘の人外となった樋口を遥かに凌駕りょうがしていた。


 満足に操縦できぬ七瀬で勝てるほどに。


「……ひょっとして」


 疑問が鎌首をもたげる。


「フェレスは、ただの使い魔じゃないのか? だとしたら僕は、当たりを引いたのか、外れを引かされたのか?」


 樋口のあった場所にたたずむ白尽くめの少女を見て、自問した。



キリのいいところで、幕間を入れようかと考えてます。

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