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情報の掛け違い<楽園編68話>

ガンアクション(される側)です。


「よーし、さっさと終わらせちまおう」


 だが、修也が狙いをつけて引き金を絞る前に、七瀬(標的)が駆け出した。飛び込むように路地を右に折れる。


「おぉっと、逃がすか」


 すぐに反応して追いかける。「獲物が曲がり角で駆け出したら用心」という尾行のセオリーも、この素人の頭にはなかった。


 辻を曲がった途端、カバンが叩きつけられた。少年は右折した直後に足を止め、突進してきた修也を待ち伏せしたのだった。


 鞄は左目の上、こめかみに命中した。が、大振りだったために当たりが甘かった。


「っってー!」


 コブぐらいにはなるだろうが、直撃にも痛打にも遠い。

 修也は左手でこめかみを押さえつつ、右手でシグザウエルP226のトリガーを絞った。



「げっ」


 奇襲がまずまず成功した七瀬は、拳銃を見てうめき声を上げた。オカルト世界に片足を突っ込んでいるが、地下アンダーグラウンドの世界はおとぎ話と同じぐらい縁遠いものだと決めつけていた。日本に住んでいれば。


 スイングで泳いだ身体を立て直そうと、鞄を引き寄せる。


火吹き棒(ポーカー)を持っておるね。案山子スケアクロウのように棒立ちでいいのかね?』


 レーシャの声に重ねられるように、銃弾が発射された。銃声の代わりに、ボスッ、という鈍い音がする。

 ほとんど密着状態からの射撃である。狙いは、宣言通りの腹。射撃慣れしている修也ならば、まず当てられる距離だった。


 だが。


 吐き出された銃弾は、硬直した七瀬の腹部、の前に「引き戻して、ただ持っていた」だけの鞄に命中した。革製の鞄と、入れてあった教科書類、ノート類を貫通する過程で、弾道がズレる。

結果、脇腹をかすめるだけで壁にめり込んだ。



 目のすぐ脇(こめかみ)を負傷したことで、なまじ目が見えなくなるよりも狙いを鈍らせたこと。

 左手が負傷させられたこめかみに当てられており、ブレの大きい片手撃ち(ワンハンドショット)になったこと。

 アメリカで練習したのは「的撃ち」や「七面鳥撃ち」ばかりで、襲ってくる標的を撃つ練習などしてこなかったこと。また、それに付随する焦り。


 これらが照準を一寸誤らせた。逆に言えば、3つものアクシデントが積み重なっていなければ、七瀬は墓石を背負っていたことになる。



「ガターかよ!」


 結果論でしかないが。

 この時、修也が間髪入れず次弾を放っていたら、或いは今度こそ七瀬に命中したかもしれない。そうであったならば、重篤なケガを与えるか、又は殺していただろう。



 しかし、ジャージ男は、吐き出されたブラス(薬きょう)が地面にチンと音を上げて落下するまでの秒間、考えてしまった。彼の作成した安上がりな消音機サイレンサーは、使い捨てである。1度撃つとペットボトルに穴が空くので、消音効果は如実に衰える。



――次は音が漏れるか?



 消音機の寿命に「疑問を持ってしまった」ことが、行動を遅らせた。





 対して、七瀬は迷わなかった。身体の無事を確認する前に、


「アルマデルの名にいて招聘しょうへいする! 人馬宮のシジルよ!」


叫んで地を蹴っていた。この辺りの迅速さも、ヴァルプルギスナハトで身をもって学んだ教訓である。

 人馬宮のシジルは跳躍。真実は重力を半遮断するというものだが、七瀬は跳躍力を倍増させる、と認識していた。星の位置に影響を受けるが、3~5メートルの垂直飛びを可能にする。


 3メートルほどを易々と跳躍して、スレートの屋根に着地した。そこで初めて、鞄の悲劇と自身の無事を確認した。


「銃砲刀剣類所持等取締法違反じゃないか。世界一優秀な日本の警察は何をやっているんだ」


 警察全体の怠慢に敷衍ふえんしたところで、命の危機が好転するわけでもない。


『危険予測が甘いのではないかね?』


「落ち着かせてくださいよ。今、ハトが豆鉄砲喰らった気持ちなんですから。鉛の豆だったけど……そうか、あの変な装置、消音機サイレンサーなのか」



 銃口に取り付けられたペットボトルの役割を推測する。

 しかし、銃を持っていたことよりも、躊躇ちゅうちょなく発砲してきたことに驚きを隠せなかった。


 しかも、屋根の上に立っているだけの七瀬に、発砲をしてこない。だらしない身なりに反して、冷静クレバーであるようだった。





 修也は銃身を突きつける。が、警戒の色が濃い。



――そうか、獲物が魔法持ってる可能性があったのか。撃ちたいばっかで、ぜーんぜん考えてなかったぜ。ブツブツ言ってんのは、スマホの相棒と会話してんだな。



 両手持ちに切り替えた。手袋はしていない。マンガや映画で指紋が残るのを防ぐため、手袋をして銃を撃つシーンがあるが、修也に言わせれば、滑って話にならない。



――ジャンプする魔法ってことかぁ? 奇態けったい魔法モンだな。いや、場所探知なんて引き当てちまったおれッチの言えるこっちゃねえか。どうする。すぐに撃ちてぇが、また飛び回られたらホネだな。



 跳躍が良い牽制けんせいになっていた。予想外の動きでかわされることを計算に入れなければならなくなっている。


 選択肢が増えるということは、膠着こうちゃく状態が生まれやすいことも意味していた。




――問題は、2つ目の魔法を持ってるかどうか、だなー。まあ、ねぇだろ。ありゃあ鞄なんかで殴りかからないだろうしな。あったとしても、殺傷力は無い。



 七瀬が不意打ちの際シジル魔術を使用しなかったのは、「詠唱を唱えたら即時に発動する」つまり、待ち伏せに皆目かいもく向かない代物だからである。が、修也の勘違いは無理なからぬことだった。



――逃げようとしたら撃つ。飛びかかって来ても撃つ。起点は足だ。足だけに注意しとけばいい。困るのは、降参されたときか。そういや、特別ミッションの詳しい条件聞いてなかったわ。


 路上と屋根、高低差と距離を置いて、2人は対峙する。


 緩やかな膠着こうちゃくは、緊張感の増大とともに、今にも打ち破られそうだった。トリガーにかけた手が小刻みに震える。



「西部劇の決闘みたいだな。へへ、ゾクゾクするねぇ」




相手の前情報なしで戦うと、大抵こういった掛け違いが生じると思います。

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