筒<楽園編67話>
楽園編22話で、少々説明の足りない箇所あったので、文章追加しました。
活動報告にも記載しておきます。
「すまんな、ぶしつけな電話で。私の名は伊勢乃木香都子。貴美の母親にあたる」
陽性の喋り方と滑舌の良さが、確かに貴美との血の繋がりを感じさせる。そこまではいい。問題は、なぜ母親が娘の携帯で、直接は面識のない七瀬に電話してきたのか、という点だった。
あまり良い予感は働かない。
「初めまして、生徒会書記の御祝です」
逸る気持ちを抑えて、まずは自己紹介する。背後の尾行者への注意も怠らない。
「ほう、折り目正しいな。娘が拘る気持ちも分かるぞ」
からからと笑い声がする。貴美の母親と言うからには、30代後半から40代ぐらいなのだろうが、印象が若々しい。加えて豪快な女性なようだった。
「娘が病院に運ばれてな。いや、怪我はしていないのだが、事情が事情でな」
前半で視界が暗転しかけたが、中盤でどうにか持ち直し、後半を聞いて首を傾げる。「事情」とやらが気になったが、電話で無遠慮に訊くのも憚られた。
「1日だけ検査入院をすることになったが、すこぶる元気だ。ただ、娘が君に連絡を取って欲しいと言うのでな。母親を伝言板代わりにしおった」
母親に伝言を依頼したのは、どうやら重傷だからではなく、検査の時間を取られているのが原因のようだった。
「伝言?」
「“すぐに会いたいので、都合がつき次第来て欲しい”とのことだ。まったく、親にこのような野暮を押し付けおって」
苦笑混じりに、病院の名前と住所、念のために電話番号を告げる。
「ありがとうございます。分かりました、後で伺います」
「待っておるよ。ああ、急ぐ必要はないぞ。傷1つ無いからな」
通話は切られた。余計な前置きや装飾を好まない性格なのだろう。
「それにしても……」
電話をしているフリ続行中の尾行者を眺める。
「尾行者がついてすぐ、会長が病院に。関係あるのかな」
まずは「関連がある」と仮説づけることにする。
「よし、今回は様子見なしだ。速攻でケリをつけて、洗いざらい喋ってもらう」
七瀬は珍しく、性急に結論を出した。一刻も早く病院を目指したいが、追跡者を引き連れたままでは行けない。
『敵が複数人だったらどうするつもりだね?』
面白い映画が始まった、とでもいうように上機嫌になる老人。
「十中八九、待ち伏せはありません。“追い込み役”があんな素人じゃ、待つ方はたまったもんじゃない」
(たぶん、あの男の単独犯。で、スマホに化け物が入っている可能性が高い……これは、かなりのチャンスなんじゃないか?)
スマートフォンに潜む妖物も気になるが、実体を持っていないことから、煽動ぐらいしかしないだろう、と楽観的に考えることにする。
剛司の証言はあるが、あのときは時間がなさ過ぎたために、あやふやなままの部分が多く、詰め切れていない。
それが、補完できるかもしれなかった。
「うーわ、バレたかなぁ? バレた臭いよなぁ」
尾行者、茂樹修也はボサボサの頭をかいた。
「ま、いいかぁ。一応、人目につきにくいとこに来れたもんな」
ジャージ下の腹部に挟んでいた、黒光りする凶器を取り出した。日本では違法な飛び道具である。
『拳銃ですか!』
スマホに潜むメイド姿の少女、数寄丸亜子が目を丸くする。
「シグザウエルP226。映画でマクレーン刑事が持っててな。ぶっ放してみたかったんだ。漁船経由で買った」
慣れた手つきでグリップの感触を確かめる。
「アメリカなら5万ぐらいで買えるってのに、日本で汚れてない(前に犯罪で使用されていない)ヤツァ何倍もしやがった。弾も足元見られるしよぉ」
装弾を確認する。本来は12+1発装填可能だが、今は4発しか入れていない。奪われたときが怖いし、十数発も撃ち切る前に、警察が来るのが関の山だった。
「まさか、銃は反則です、なんて言わないよなぁ?」
先ほど自販機で買った炭酸飲料水を溝に捨て、ペットボトルをカラにする。
『銃も当然、ご主人様の力です! それを禁止してしまうと、最終的には裸で殴りかかれ、としか言えなくなりますから! ですが、火を噴くとき大きな音がするのでは?』
寂れた場所ではあるが、さすがに発砲音がすれば通報されてしまう。
修也は疑問に答えず、人差し指をチッチッと左右に振る。ポケットにねじ込んでいた競馬新聞を、2枚残して捨てる。それを短冊状に裂いて、ペットボトルに突っ込んだ。
「へへ、世界一お手軽で安っぽい消音装置だ」
ハンガーを加工しただけの小さな金具を取り出して、新聞入りペットボトルの口に銃口を接続した。銃口から噴き出すガスがボトルに留まることにより、音が静穏化する。なお、清涼飲料水のペットボトルよりも、丈夫な炭酸飲料水のペットボトルの方が火傷の危険が少ない。
「人間狩りって言葉にゃ、銃が一番似合うだろぉ。それでよ、亜子、あいつを殺したら……」
照準が狂ってないか大まかに点検しながら問いかける。
『はい。ご主人様が“強さを証明した”ことになるので、前からの約束だった、2つ目の魔法を差し上げます!』
数寄丸亜子は、以前から『2つ目の魔法が欲しければ、強さを証明してください!』とうるさく要求していた。修也にしても、居場所を探知する第一の魔法だけではあまり嬉しくない。
「任せとけって。100回ぐらい海外で撃ってるからな。この距離なら楽勝。ま、ちょっとぐれー狙いがズレても、腹を狙うから問題ナ~シ」
動きの鈍い胴体が、一番当てやすいことを熟知していた。
問題:茂樹修也のアナグラムはなんでしょう?
簡単ですかねー。




