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喧嘩屋

ちょっとキリが悪いですが、1つにまとめるとかなり長くなるので投稿します。

『 “Es ist vollracht!(針は落ちた、時計は止まった)”』


 艶やかに、踊るように、抑揚をつけて歌う。

 かつての聖人と同じ文言を口にする。


 ザクッ、ザクッ、ザクッ


 軽快な舞踏のリズムとは別に、不気味な、地面を掘り返すような音が少年の耳にまとわりつくのはなぜぜだろうか。

 この部屋に大穴があるせいで連想した、単なる空耳だろうか。


 七瀬には、誰かの墓穴を掘っている音に聞こえてならなかった。


 少女の影が波打ち、中から巨大な何かが姿を現した。


 まずは巨大な鋼鉄の手が、ずるりとい出してくる。手の平だけで、フェレスと同じ大きさだった。ズン、とてのひらが力強く地面を支え、肩、頭、腰と、徐々に鋼鉄によろわれたモノが、影から這い上がるようにして姿を現す。


「よ、よろい? ……それにしても、デカい!」


 天井を破壊しながら立ち上がったそれは、5mを超す異形の甲冑かっちゅうだった。


「あれ? 妙に手足が多い……?」


 巨大なだけではなかった。中世の西洋で用いられたような全身鎧フルプレートが2体、背中合わせにくっついている。



挿絵(By みてみん)




 手足が4本ずつ、2頭の異形の甲冑はランス戦槌ウォーハンマー、大盾などで武装している。 背面同士は、なぜか幾本もの矢で繋ぎ止められている。繋ぎ止めているといっても、その矢は今にも外れそうなほどもろそうだった。


 対の甲冑は、一方がさびまみれで傷まみれ、もう一方は傷1つない、黒光りする新品のごとき光沢を放っている。


「どうやって動くんだ、これ?」


 背中合わせなので、一方の甲冑がもう一方を視認することすらできそうにない。そもそも、お互いが動作の邪魔になるようにしか見えない。


 一見ではまったくもって理解不能な造形である。


『まあ、大当たり! これは強そうなラーフボルドですわね!』


 使い魔は巨大甲冑を見上げて歓声を上げる。が、七瀬には歓声の理由も、出た単語の意味も分からなかった。


『nhnm……』


 怪甲冑は名状しがたいうなり声を上げて周囲を睥睨へいげいする。


『ナナセ、御紹介いたします。この子は“喧嘩屋けんかや”。わたくしの使い魔ですわ』


 誇らしげに怪物甲冑を紹介した。「この子」と表現されるにはいかつ過ぎるが、名前の通り物騒で頼もしい鎧騎士は、フルヘルムの奥から七瀬をにらんだ、気がした。


「え、ええと、御祝七瀬みいわい・ななせです。多分、君の主人の主人に当たる、のかな」


 恐ろしい威圧感に耐えながら名乗る。


『瞳を閉じ、心の中で喧嘩屋の姿を思い浮かべてみてください』


 言われたようにやってみる。瞬間、七瀬の意識が飛躍した。奇妙な浮遊感に襲われた、と思った直後には、七瀬は己の肉体を見下ろしている。


「んん……?」


 どうやら自分は、喧嘩屋とやらの視界から自分を見ているようだ、と気づいた。体を見ようとすると、赤茶けてざらついた右手が見える。

 どうやら、錆びついた側の甲冑のようだった。


 動かそうと意識すれば、甲冑がぎこちなく動いた。


『喧嘩屋は、主人が動かさなければならないのです。これならば、ナイトコバルごときに遅れは取りませんわ』


 フェレスの声がする。

 ほとんど同時に、静観していた“樋口であったもの”が甲冑に襲い掛かった。


「わあっ!」


 とっさに受け止めようとするが、上手く体が動かない。背面の黒い方の甲冑が邪魔で、上手く避けられなかった。鎧の肩口に蜘蛛脚を見舞われる。


「……すごいな」


 七瀬が感嘆の声を上げたのは、生身ならば骨折するほどの打撃を浴びて、傷1つなく、小揺るぎもしなかったからだ。さびまみれ、傷まみれの割には、恐ろしく頑強だった。


『あの背中合わせの甲冑……形象は“価値”と“無価値”ですわね。面白い形状ですが、あれでは、黒い方の甲冑は千年経っても動きませんわね』


 フェレスの言葉は小声であったため、誰の耳にも届かなかった。


 間合いに踏み込んできた怪物を、ランスで貫こうとする。バランスを崩して、不様に転倒してしまう。あらぬ方に突き出された穂先は、屋根に大穴を開けた。


「うあっ、やばい」


 廃屋には、多少なりとも霧の拡散を防ぐ役割があった。これ以上壊すわけにはいかない。

 廃屋に配慮しなければならない上に、蜘蛛男は立体的に飛び回る。捕らえることが、どうにも難しかった。甲冑の大きさが、かえって厄介である。

 自然、動きがぎこちないものとなる。


『下手なダンスを踊っている田舎貴族みたいですわね、ナナセ』


 どちらかというと嬉しそうな口調の使い魔。


「あのね、こっちは甲冑初心者なんだよ」


 人間は普段、無意識的に身体を調節していることが多い。歩く際、ひざの角度や腰との連動など意識している人間はいない。

 だが今は、そういった全ての動作を管理しなければならないのだ。人間が1度に処理できる情報は限られているというのに。


『実地で慣れてください。そうそう、喧嘩屋に“入って”いるときは、ナナセの本体は全くの無防備になるので注意が必要ですわよ?』


 見れば、いつの間にか、フェレスが七瀬の“本体”を膝枕していた。

 確かに、普段から鏡で見慣れた姿は舟をいでいて、戦闘の騒音に無反応だった。


 ほぼ同時に同じことを見定めた怪物が、喧嘩屋の足をくぐり抜けて本体に肉迫する。


「なんで今……あっ、なるほど」


 フェレスの意図を察する。好き放題に暴れ回られていれば、七瀬はタイムアップまで樋口を捕らえることはできなかっただろう。


 本体はわなだった。わざとらしく弱点を示してやることで、蜘蛛男が七瀬の本体を狙うように誘導したのだ。


 怪物にしても、打撃が通らない甲冑の方にこれからも攻撃を続けることは、ひどく不毛に思ったことだろう。


 獣並みの思考しか残されていない樋口は、本体まで最短距離を狙う。


「これなら、狙える」



15日中に次話投稿します。

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