ヒーローorヒロイン?<楽園編60話>
重要キャラの悪魔Aさん(仮名)のイラスト描きました。
いやはや、難産でした(汗)
楽園編ラスト付近に挿入しておきます。
大嶋剛司を看取った少年は、実に複雑な表情で虚空に手を合わせた。
『どうしたね? 嫌に神妙な顔つきで』
どこから失敬したのか、レーシャがピュリニー・モンラッシェを片手に揶揄する。
「上手く説明できないですけど。ほんの少し順序が違っていれば、僕が大嶋君の立場になっていた、ような気がして」
もし使い魔がやってこなかったら。もし悪意ある相棒が傍らに侍り、無防備な心を狙っていたら。
きっと、大嶋剛司と同じ轍を踏んでいたに違いない。
『せめて、乾杯で送ろうじゃないか。無念の海に還った、合わせ鏡の同胞を』
レーシャは高々とグラスを持ち上げた。
七瀬は、自分の痕跡が残ってないか、念入りに点検した。剛司の遺体は塵に返ってしまったので、家族が騒ぐのはもっと後のことになるかもしれないが、あの刑事たちの振る舞い如何では早々に表面化するかもしれない。
剛司のスマートフォンを拾う。もう一度隈なくチェックしてみるが、ソシャゲーは削除されていて、映像や動画にも大したものは残っていない。
一応持って帰って調べてみたい、という欲が湧き出るが、
「GPS機能を解除していても、居場所を特定する方法はある、って聞いたことがあるなあ。持って帰るのは危険だ」
母親宛てばかりのメールを一瞥して、そっとスマートフォンを置こうとする。
『出立かね?』
「ええ、危険に見合った収穫はありました」
立ち上がり、去ろうとする少年を、剛司の遺品が静かに見つめていた。
スマートフォンのレンズ部分が、偶然にも七瀬を視界に捕えている。
パシャリ
レンズが瞬きしただけで、シャッター音は響かなかった。
スマホに棲まう老人は視界の隅でそれを認め、僅かに口の端を釣り上げた。
「まったく、七瀬書記の野暮は犯罪的だな。0点だ」
伊勢乃木貴美は、彼女にしては珍しく愚痴をこぼしていた。
「“帰り道が同じなので、途中までご一緒しましょう”の一言も言えないとは」
あっさり見送られたことに腹を立てているらしい。実は、別の不安もあった。
「空き巣のような行為をしない程度の節度はある、と信じたいものだ」
帰りを急ぐ足と言葉が鈍る。敢えて念押ししなかったのは、して欲しくないという希望と、仮に大嶋剛司と鉢合わせても、殺し合いにまでは発展しないだろう、という推量が共存していたからなのだが。
とにかく、自分が七瀬を制御しなければならない。
そうしなければ、彼は「非日常」に足を踏み込んだまま、帰ってこなくなるだろう。
御祝七瀬という少年には、未明に引き込まれる素養がある。
その、原因の一端が、“フクヌシユウガ”なる女性にあるのだろう。
「他のことは打ち明けるくせに、フクヌシユウガについては頑なに沈黙するのだからな。いや、いかんな。貴美は後ろを向いているようだ」
軽く頭を振って、迷いを追い出す。ちょうど、目指していたデパートが見えてきた。
「鉄斎さんの希望は、和菓子だったな」
案内板で、地下に目当ての店舗があることを確認する。
入口のすぐ脇に設えてある階段を降りる。
「京都大納言のおはぎでも買うとしよ……」
足が止まる。今、確かに呻き声を聞いた。踊り場にある、「非常口」と書かれた鮮やかな緑の扉の奥から。
少女に停滞はなかった。非常口の重い扉を開ける。
「怪我人か?」
深刻な怪我を負った者がいた場合、血止めが早ければ命を救えるかもしれない。躊躇しなかった理由はそこだった。
怪我人、はいない。数分前まで「怪我人だったもの」が冷たいリノリウムの床に伏していた。
貴美が死者に駆け付けなかったのは、死が一目瞭然であったからと、異様な化物を認めたからだった。本能が、行動を強く拒絶した。
むせかえるような血の海に、ソレは居た。
小学校中学年ほどにしか見えない幼女は、夜店で売っているような、特撮モノのお面を被っている。手には細身の刃物を提げているが、その凶器も、ワンピースの服も、朱に染まっていた。
言葉を交わすまでもなく、貴美は幼女が犯人だと断定した。素顔は見えない。が、尋常の人間ではない。
――物の怪か? まるで、狂気が凝り固まって人の容をしているようだ――
年齢は理由にならない。多くの人種に接してきた経験も、最大限の警告を発している。
それでも逃げなかったのは、七瀬と接したことによって、「魔法」という情報が脳内にあったからだった。
七瀬の知らない魔法所持者ならば、何かしらの情報を持ち帰ることができれば、手助けになるかもしれない。
「ねえ、アナタ、ヒーロー?」
幼女が前置きもなく話しかける。貴美は面食らったが、
「いや、貴美は女だからな。ヒーローではなく、ヒロインではないか?」
律儀に返答した。
「君が殺したのか? まず、そこを動くの……」
「ヒーローかどうか、確かめてあげる!」
刃物を突きこんでくる。充分に警戒していた貴美は、初檄をどうにか左に動いて躱す。
だが、空を突いた刹那、幼女はボールペン回しのように器用に刃物を回し、逆手に持ち替えた。そのまま横に薙ぐ。
回避は間に合わなかった。敏捷性もさることながら、とにかく動きに無駄が無い。
鎖骨の下を刺される。
「ぐっ……なにを、するっ!」
深く刺し込まれる前に、飛びのいた。が、刃先数センチの侵入を許してしまった。服の上から、血がにじみ出した。
12万アクセス到達しました! ありがとうございます(/・ω・)/




