七瀬と剛司<楽園編59話>
もう少しで、夜宴編から登板してた重要キャラ・悪魔Aさんのイラストが完成します。
いやはや、難産でした(汗)
「“出ていった。じゃーね”、か」
七瀬は剛司の言葉を反芻する。「出る」という名状は、リーノとやらの意志で移動した、ということなのだろう。
(リーノ?が大嶋剛司をこんな風にして、スマホから抜け出て、自分の足で出ていった、と?)
脳内で点と点を繋ぎ合わせる。
(他人のスマホに移動した、とかの可能性もあるけど。どちらにしても、もう大嶋君は用済み、ってことなんだろうな)
つまり、得体のしれない悪魔が1匹、野放しになっている危険性がある。
(リーノの目的とか正体とかは、長々答えられる状態じゃないか)
訊いたところで、知らないだろうと半ば決めつけた。
剛司の命の期限は刻々と迫っている。できれば、もう2,3の質問に答えさせたかった。
後で推測できることは訊くべきではない。要となる点を問い質し、その後自力で繋げて線と面にすれば良い。
「仲間、他に魔法使える人間を、知ってるかい?」
仲間の定義が怪しかったので、すぐに軌道修正して言い直す。
「いない」
即答だった。剛司は一匹狼だったようで、仲間割れの線は消えた。敵性の者が増えなかったことに、七瀬は安堵する。
「でも……いじが、へんな」
続けて吐き出された言葉に、耳をそばだてる。声が途切れがちになっているが、「けいじ」と発音したようだった。
「刑事が?」
そっと先を促す。
「かげ、が、起きて。指を……」
玄関前に転がっていた指を思い出す。あの警部補は、五指全て備えていた。やはり、あれは大嶋剛司のものだったようだ。
(かげ……? あの警部補と、ひと悶着あったのか。魔法使いでほぼ当確。そして、「仲間ではない」と)
仲間≠魔法を使える人間 ということは、少なくとも剛司は敵として認識していた、ということだろう。
やにわに、“リーノ”と刑事の間に、剛司の与り知らぬ密約があったのでは、と疑わしくなるが、確証はなかった。
「かげ」とやらの詳細を訊きたかったが、思いとどまる。もう猶予はない。もっと、先の見通しが立つような質問を投げかけなければ。
思い切って、一番疑問に思ったことを物問うた。
「じゃあ、次の質問。リーノとは、何者だい?」
分からなくて元々、分かれば値千金であろう質問だった。この答え如何によっては、レーシャ含む妖物たちの正体に迫れるかもしれない。
「りーの……さいご、に名前、ええと、……かーく……」
だが、質問が広範過ぎたのか、剛司の記憶のスイッチを押してしまったのか。暫時押し黙ってしまった。
そして、目に光が戻る。
「……そうだ。キミ、会った、こと、あるね」
前触れもなしに、自分を見下ろす侵入者の正体を思い出した。声に力が戻る。
七瀬は急変についていけずに戸惑うが、
『おやおや、臨終だね』
レーシャの呟きを聴いて、察した。持ち直したわけではない。命の灯が消える前の、最期の盛りだった。その証拠に、亀裂の侵攻は止まるどころか、今にも剛司の頭部を微塵に砕かんばかりである。
覚醒したように見えて、やはり知覚は著しく削ぎ落とされているようだった。そのお陰で、手足が無いことの恐怖、七瀬が家に上がり込んでいることへの疑惑に達していない。
意識と死の端境に足かけているのだ。
もう誘導は困難であろう。少年は、質問の催促を諦めた。
「生徒会書記だよ。昨日会った」
素直に答えたのは、打算からではなかった。
「そっか。ああ、いせのぎ、生徒会長には悪いこと、したなあ。あ、君にも」
取ってつけたように謝罪を追加する。
「はは、首だけ人間見て、驚かないねー」
渇いた笑みに、恐怖が貼り付きつつある。死の実感が湧いてきたようだった。
「似たようなトラブルに巻き込まれたことがあってね」
「ふうん、やっぱり、“そっち側”だったんだ。<ギロチン>を避けられたとき、そんな気はしてたよ」
遠い昔を見る目で、剛司は語る。
違う、自分に力はない。という反論は押し込めた。
「ね、ねえ、虫がいいとは思うんだけどさ……“そっち側”なら、魔法とか、持ってるんだろ? 助けてくれないか?」
一応、その可能性は模索したのだ。だが、そんな都合のいいものは持ち合わせが無かった。
「……残念ながら、できないよ。僕は、夜宴に紛れ込んだだけの、無力な闖入者だ。生き延びることができたのは、フェレスや喧嘩屋、優雅が助けてくれただけなんだ」
心に傷を負った少年の、偽らざる本音だった。かけがえのない仲間の犠牲があって初めて、フェンリルウルフや石の花嫁を打倒することができたのだ。
「そ、そうか……うらやましいなあ」
剛司は落胆の色を隠さなかった。
「そ、そりゃ、悪いことしたとは思ってる、よ。でも、こんな、みじめな死に方をしなけりゃならないほどのことを、したのか?」
神ならぬ七瀬には答えようがない。
(悪魔は、暴利を貪るんだ。君は辻を間違えた。そして、悪魔に取り込まれた。ほんとうに、それだけだよ)
音声にはしなかった。大嶋剛司はそもそも、答えを欲しがっているわけではない。
「でもさ、リセットしたら明日には元通り、なんてバカが起きないかな、なんて。だって、まだ……」
目を細める。
「何も、してない。何にもなれてない。……ない……くない」
目を限界まで見開いて、苦悶に顔を歪める。
「……たくない。しに、たくない。………たす……」
言い終える前に、縦に生じたクレバスが、剛司の顔面を2つに割いた。
ある夏の土曜日。大嶋剛司は未練とともに息を引き取った。
カシャン、と砕けて宙を舞い、埃に紛れてしまう。大嶋剛司が存在していた証拠は、消え失せてしまった。
正直、この程度だと、私はまっったくグロ・残酷描写ではないとおもっております。
でも、昨今は基準が厳しいのかもしれませんねー。




