受肉<楽園編50話>
第一部<夜宴編>の登場人物は全てイラストに起こしたので、<楽園編>のキャラを描きました。
最近出番のあった、東洋玄時警部補です。おっさん描くの楽しいです(笑)
剛司は玄関のドアを叩きつけるように閉めて、左手で施錠した。右手は、人差し指と中指が切断されて、喪ってしまっていた。
とりあえず半脱ぎにしたパーカーを手首に巻き付けて、応急処置の真似事をする。傷口をじかに見る度胸はなかった。幸い、緊張からか痛みはない。手当てというよりも、傷口を見たくない一心で行った行為に近かった。
血がにじみ出てこないのを確認して、ほっと安堵する。
ピキ……ピキ……
耳障りな異音が耳につく。いつからしていただろうか。
あの刑事たちは仕返しに来るだろうか。まさか、アレで逮捕はされないだろうが。息をひそめていると、ややあって、車が離れてゆくエンジン音。
無傷とは言い難いが、どうやら一息つけそうだった。
そのままドアに寄りかかって、ズルズルとへたり込む。全身から力が抜けてしまっていた。疲労、だけではない。身体の根源的な生命力を、根こそぎ奪われたような喪失感と虚脱感だった。
「なんだったんだ、ありゃ」
ギロチンは、刑事の前に顕れた化け物に防がれたようだった。
そして、睨まれた。とっくに読まれていた、と考えるより他にない。
ピシ……ピシ……
思い出した。<ギロチン>を失敗した瞬間から、この不快な音は鳴り始めたのだ。
ビシ……ビシ……
ささくれだった音がとにかく不愉快にさせた。腕の亀裂から響いて来るような感覚がする。
乱れた思考をまとめようとするが、上手くいかない。
力を宿さぬ瞳で、パーカーに包まれた手先を見る。いつまでたっても、痛みが襲ってこない。ショックで痛覚が麻痺しているのかとも思ったが、いくらなんでもおかしかった。血も出ていないようだ。
(この妙な音も気になるんだけどな。後でリーノに訊けばいいや。まずは指だ。あの刑事に何か変なことでもされたんじゃないか?)
パーカーを取り除き、恐る恐る、切断面を覗き込んでみる。
指の内側には、何もなかった。ホースの管のように空洞が佇んでいる。
「はあっ?」
叫びに呼応するように、バキン、と大きな音が腕から響いた。耳障りだった異音が、ついに決壊の時を迎えた、という風情で。
腕の包帯をむしり取る。ひび割れが、急速に広がっていた。手首を走り、なくした指にまでクレバスが届きつつある。上は肩まで到達していた。
縦横に走った亀裂は、叩きつけられて割られる寸前の卵の殻を連想させた。
「おお、おい、リーノ、こ……」
スマホに問いかけるが、返事がない。画面にいつもいた、露出度過多の幼女の姿は、煙のように消えていた。
『失敗しちゃったねー、ごーしお兄ちゃん』
だが、声は響いてくる。腕の亀裂から。
「しっぱい? なんのことだ?」
腕を見つめつつ、呆然と呟く。亀裂は間断なく浸食を続けており、胸にまで到達している。今にも剥離しそうだった。
『ごーしお兄ちゃん、憶えてるー? リーノがクイズ出したこと』
事態を把握していないかのような、呑気な声を出す。
<断頭台の篭手>を使用するためには、今のランク「ネオファイト(新参者)」ではダメで、ランクアップしなければならない。
そのためには、リーノが出す問題に正解しなければならない、といった内容を剛司は思い出した。
「あ、あれは、正解しただろ? ビクテムにランクアップした、とか言ってたじゃないか」
問題は、「(リーノの)名前は何だ?」というものだった。剛司は「リーノ・カラス(と)クー」と答えた覚えがある。
『ぶっぶー。ちがーうよ。リーノは、正解とも、ランクアップしたとも言ってないよ♪ リーノはね、ランクアップって言ったの』
わざと誤解を招くような言い回しをしたように思うが、「正解」とは一言もなかった。「ヴィクティムになった」という言い方であった。
もっとも、「ランクアップはどういう意味で言ったか」など疑うことができたはずもない。
「つまり……不正解だったのか?」
わざと、安心させるような言い方をして。騙すために。
『そー♡ リーノたちが自由になるためにはねー、いくつもめんどくさいハードルをクリアーしないといけないの』
声だけがどんどんと近づいてくる。
『ヴィクティムって言葉の意味、考えたことなかった? “生贄”ってことだよ』
あの問題を外した瞬間から、剛司はリーノの生贄になっていたのだった。
遂に肌が崩れ始めた。腕から欠片が剥がれ落ちる。だがそこに、筋肉や血管はなかった。
空洞。大嶋剛司の腕の中は、指と同じくがらんどうだった。
「う、わあああっ!」
絞り出すように悲鳴を上げた。
剛司の腕に、“内側から”手がかかった。褐色の小さい指が、腕の空洞から突き出る。
『ばあ♪』
腕の虚ろから、リーノ・カラスが顔をのぞかせた。
「ひぃ!」
立て続けの怪事に、剛司の精神は恐慌を突き抜けてしまった。
幼女は腕の破れ目をまじまじと観察している。
『んもー、やっぱり狭すぎだよね。腕からじゃ出られないかー。よっ、と』
内側――体内――からどこかに、手を伸ばした。剛司の亀裂が、腕から胴体、下半身へと広がってゆく。
「ど、どうなって……」
ひび割れた全身は、崩壊寸前だった。
『お兄ちゃんの身体を、門にさせてもらったの♪ じゃ、突撃ー!』
“奥”に引っ込んだリーノの姿が一瞬消える。最後の声と同時に、内側からの衝撃が胸を突き抜けた。ひび割れていた胸部を“突き破って”、リーノが顕れた。
「うわあっ!」
半狂乱の体の剛司。反動で、剛司の手足が崩壊していく。やはり痛みは感じなかった。
胸の奥も、やはり空洞だった。ただ、埴輪のように狭い隙間があるのではなく、妙に奥行きのある「どこか」へと「繋がって」いるようだった。
『あー、やっと出られたー♪ 久しぶりの塵界♪』
犬型手袋<クーちゃん>をはめた手を伸ばし、自由を満喫する。
「リー……ノ?」
辛うじてカタチを保っていた胴体も、リーノが出てきた直後に崩れ落ちてしまった。破片となった先から、溶けて消えてゆく。
頭部だけで、なぜか生きて残ってしまっていた。
『へー、ごーしお兄ちゃん、意外と魔力持ってたんだねー。大抵は、入滅の余波で消滅ちゃうんだけど』
リーノは、興味をなくした玩具を見る目をしていた。
「オレの、からだ、は……?」
『リーノがもらったよ♪ 見て見て、この新しい肉の身体、ごーしお兄ちゃんの魔力で再構成したんだよ♡』
くるくるとその場で回ってみせる。
『あっと、ルールだから教えてあげる。あの問題の正解は、リーノ・カラスクーじゃないよ』
にっこりと、悪意を孕んだ無邪気に見える顔で微笑した。
『真名はね、カークリ・ノラース。“処刑台に侍るもの”カークリ・ノラースよ。人間を罪人に仕立て上げて、処刑台に導くのが役割なの』
リーノと剛司のクイズの絡みは、出題される男<「楽園編」22話> に載っています。
正解者がずっと前に1名出てました。すごいですね。




