指輪<楽園編43話>
ページにまだまだ余裕はあるんですが、ちょっと息切れして来ました(笑)
やりたいことが多すぎて。
男は果物屋の壁に寄りかかって待機していた。商店街だが深夜なので、人通りは少ない。
『なにが楽しくて、こんな夜分にうらぶれた場所に燻っておるのだ?』
暇を持て余した王様が、スマートフォンの中から不平を漏らす。
「人ごみの多いとこで<四方王陣>の実験して、万一トラブったら大騒ぎになるじゃないっスか」
男の判断は肌理細かなものだったが、人の少ないところでは、待ちぼうけの危険性が付きまとった。
現に今、20分間無策で通行人を待ち続けている。
『ふん、どこぞの民家を<王陣>の範囲に指定して、住民で実験すれば早かったではないか』
「……あっ……」
確かに、そうすれば無駄な待ち伏せをする必要はなかった。
『カイシャイン、貴様は思慮が足らんぞ』
「で、でも、変化を自分の目で見たかったんっスよ! ……あ、来た」
言い訳の最中に、ようやっと人が通りかかる。大学生らしき若い青年だった。
男は、急いでスマホに指を這わせて、<四方王陣>を起動する。前方の、10m四方程度の空間を指定した。
飲み会の帰りらしい大学生は、千鳥足で空間内に足を踏み入れた。
「西へ走れ」
男が命じると、青年は突然向きを180度変えて駆け出した。
だが、王陣の領域外に出ると、すぐに足を止める。
「?」
大学生は何度も首を傾げつつ、再び向きを変えて去っていった。
『何をやっとるんだ?』
「だから、実験っスよ。やっぱり、王陣の範囲から出たら命令の効力は一旦切れるのか」
『当然だろう。国が違えば法も変わるというものだ!』
王様がしたり顔で言う。<四方王陣>とは、“その場所に自分の国を作り出す”という性質のものであるらしい。
「命令した通りに動かせる。で、王陣の範囲から出ても、自分の行動は憶えてる」
先の大学生はさぞ困っていることだろう。なぜ自分が元来た道を引き返して走ろうとしたのか、分からないのだ。
『魔法の存在を知っておる者や、勘の鋭いものなら気付くのではないか? なにせ、この場には己とカイシャイン、貴様しかおらんかったのだからな』
「……なるほど、さっきの大学生がもし魔法関係者だったら、オレを疑うって危険もあったんスね」
王はカイシャインの浅慮を窘めた。
――サイドN――
老人は、七瀬を狂人だと言い放った。そして、気に入った、とも。
「僕が、狂人だから、ですか?」
<―――! 人間が魔道を極めるには、狂気しかないのだ! 脆弱な器、有限の寿命、拙い精神の我々が究極に近づく、唯一の扉の鍵が、狂気なのだ!>
老人の耳朶に響く、亡き王の言葉。
『無論、狂っておれば良いというわけではないさ。だが、人の身で深淵を覗き込もうというのであるならば、狂気は入り用なのだよ』
レーシャ老人は含み笑いをした。
『なるほどな。儂が喚ばれた謂れはこれか。宜しい、細やか乍ら、助力をしようではないか』
老翁が指を鳴らすと、何か小さなものが中空に顕れて、そのままテーブルに落下した。渇いた音を立てて、転がっているのは、黄金づくりの指輪だった。
「これは?」
七瀬は指輪を拾い上げる。金塊から削り出したようで、他の金属や宝石は填め込まれていない。台座には、奇妙な紋様が彫ってあった。
『“星回りの指輪”という魔術具だ』
「人差し指に填めればいいんですか?」
躊躇なく指に収める。指輪は太めで、見た目よりも少々重かった。紋様の部分は、何の作用か鈍い輝きを宿している。
『盟約の証に差し上げるのだよ。これで少年も魔術が使えるようになる』
「魔法が?」
喜色を上げる七瀬を、老人が制した。
『“魔法”ではない。“魔術”だ。“魔なる法”に辿りつく。前階梯だな』
言葉の陰影で、「魔法の弱いバージョン」と想定する。
「“魔法使い”じゃなくて、“魔術師”って感じですかね?」
少年の狭い知識では、いまいち差異が実感できなかった。
『使い方はおいおい教授してやることにしよう。今日はもう休み給え。疲労が目元に出ておる。気負ったところで、一朝一夕で魔術は究められんよ』
休むべき時は休むのが肝要だ、と妖物に諭されてしまう。
「あっ、はい」
3時を回った時計を見て、慌ててベッドに飛び込んだ。考えてみれば、明日は大嶋剛司の自宅へ押しかけるつもりだった。体力は確保しておきたい。
魔術とやらの話は、登校途上などでもできるが、睡眠はそうもいかなかった。
慎重とも言える御祝七瀬が、明らかに胡乱げなレーシャ老を信じる気になった根拠は1つ。
会話の途中から、レーシャ老人の目が、隠者のそれではなくなってきたように思えたからだった。
なにか、目的を見出した者の目だった。
――彼はおそらく、自分を“何か”にしたいのだ。
その事情や理由は、彼にしか分からない性質のものだろう。
だが、それに悪意はない、と判断した。
その証拠に、星回りの指輪という“質草”を渡したのだ。
少年は、無造作に指に填めたままの指輪が、世界中のオカルト関係者たちが、喉から手を出して欲しがる代物であることまでは知らなかった。
星って、占“星”術とか、いろいろ啓示することが多いですね。




