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尾ける男<楽園編32話>

年内最後の投稿です。皆様良いお年を。


そして、宜しければ来年もよろしくお願いいたします。



「出てきた」


 植わっている桜の木の陰から、大嶋剛司おおしま・ごうしは少女を盗み見た。標的の生徒会長は、校門を出たところだった。


「やっぱり、他にもたくさん生徒がいるな。……ここで<断頭台ギロチン籠手こて>は使えないぞ」


 生徒会長の後をけ始める。



 リーノ・カラスの説明では、ギロチンは、「標的の首に向かって、伸ばした人差し指と中指を振り下ろす」という動作が必要だった。

 首を外しても駄目、標的の前に、他人にかぶさると無効。それどころか、運悪く指の軌道と割り込んだ他人の首が合わさってしまった場合、他人の首を落としてしまう恐れすらあった。

 しかも、ゲージの消費は<死刑囚の姿見すがたみ>の倍。


 有効距離が長くとも、これでは離れてはとても使用できない。リーノが飛行中のカラスの首をねたのが、驚嘆すべき技量、というだけで、剛司の運動神経と度胸では、動いている人間相手に使えたものではなかった。


 いくらなんでも、貴重なゲージを大枚消費するギロチンで、無駄撃ちは避けたかった。


 邪魔者がいなくなり、しかも伊勢乃木貴美いせのぎ・たかみが動きを止めるという決定的な順境にでも巡り合わない限り、勝機はない。

 尾行をして、都合の良い状況に巡り合うのを待つしかなかった。




「電車に乗るとか、本屋で立ち読みとかでもしてくれればな」


 ぼやくが、生憎あいにく、生徒会長の自宅は徒歩圏内であるらしいし、性格柄立ち読みもしそうになかった。




 さびれた道に入った。人通りが途切れがちになる。だが、それでも無人というわけにはいかない。


 貴美は同じペースで歩いている。


 ギロチンを使用できるチャンスは何度かあった。

だが、決心がつかずにまごまごしてしまったり、いざ使おうと指をかざしたタイミングで自転車とすれ違ったりと、ことごとく好機をいっしてしまっていた。




「マズい。グダってると、家に着いちまう」


 剛司は今日一日で一生分の「マズい」を消費したような心地だった。


『ごーしお兄ちゃん、そろそろ頑張んないと!』


 リーノがかす。





 剛司ごうしはやがて、もう1人の追跡者に気付いた。明らかに、伊勢乃木貴美をけている。


 朝に見た、生徒会の1人だった。役職も名前も憶えてないが、腰に提げた、ガムテープをぐるぐる巻きにしたウェストバッグには、見覚えがある。



 相手はこちらに気付いた様子はない。剛司が先に勘付いたのは、気後れしてかなり遠巻きに尾行していたからだ。


「コイツ、ストーカーでもしてるのかな?」


 無難な推測を浮かべるが、すぐに、悪い方の推論に行きつく。


「い、いや、ひょっとして、俺を待ち構えてる……?」



 同じ生徒役員で親密な仲であるようだった。朝のやり取りを貴美があの男に打ち明けていたなら、護衛ぐらい引き受けるかもしれない。

 だったら下手なストーキングなどせずに、貴美の隣を歩けばいいものを、とも思うが、剛司にあちらの事情は分からなかった。


 慌ててブレザーを脱いだ。人通りが減りつつある今、同校の制服は目立つ。

 

「どっちにしたところで、襲撃は無理だな。2人じゃ分が悪い。待ち構えられてるなら、論外ってやつだ」


 声には幾分か安堵あんどが籠ってしまった。が、それでは駄目だとおのれを奮い立たせる。自分の未来は、貴美の口を封じることができるか否かにかかっているのだ。


 未練がましく、もう少し貴美と尾行者の尾行を続けることにする。ギロチンを使用するチャンスが訪れるかもしれない。


 強襲できなくとも、貴美の住所は把握しておきたかった。





 不意に、脇にある小さなコンビニに尾行者が入っていった。追い抜かすと都合が悪い。

剛司は電話に出るふりをして、コンビニの前で足を止めた。


 生徒会役員の少年は、店員に何か話しかけている。


「ああ、トイレでも借りるつもりか」


 理由を知って、拍子抜けした。今なら貴美はフリーだが、トイレとなるとそうそう時間は稼げないだろう。その猶予ゆうよで健康な高校生1人を殺害するのは難しい。何より、通行人は0ではない。


 実力行使は元より、ギロチンを用いての完全犯罪も危うかった。


『チャンスだよ、ごーしお兄ちゃん!』


 スマホの中でリーノが叫ぶ。泡を喰いつつも、周囲に不審に思われないように電話に出ているフリをした。


「どうした? リーノ」


『さっきの彼氏に化けて、あの女を襲っちゃえばいいんだよ!』


 <死刑囚の姿見>であの書記になりすましてしまえばいい。それは悪魔の姦計かんけいだった。




 言われてみれば、名案の気がしてきた。<ギロチン>は使えさえすれば、確実に貴美を殺しうるだろうが、ごく近くに剛司はいることになる。捜査に巻き込まれる可能性は充分にあった。

 だが、化けていれば、目撃されてもあの男のせいにできる。容易に罪をなすりつけられる。

 しかも、親しい人間に話しかけられれば、貴美は油断するに違いない。


『近くに彼氏がいるのは、大ラッキーだよ!』


 更に畳みかける。あの男が遠くにいたとしたら、化けたとしても、捜査はこじれるだろう。だが、生徒会役員はこの場にいるのだ。入れ替わるのはた易い。

 しかも、<死刑囚の姿見>は、対象の影を踏まなければならない――近づく必要があるのがネックだが、今なら簡単に踏める。



 諸々(もろもろ)の条件とは別枠で、「あの書記が、伊勢乃木貴美の恋人(かもしれない)」というのも原動力になっていた。



 考えるほどに、まったく損のない提案に思えてきた。



「…………よし!」


 剛司は意を決した。顔をできるだけ伏せて、コンビニに入る。相手はレジで缶コーヒーを買っているようだった。トイレを借り受ける礼のつもりだろうか。

  

 レジ横に並べられた新聞を見ているふりをしつつ、スマートフォンを操作して、<死刑囚の姿見>を起動させる。狭い店内である。少し足を延ばせば、標的の影に届く。財布から小銭を出そうとしている少年の影を、心持ち強く踏みしめた。

 そして、すぐに店を出た。一瞬とは言え、同じ人物が2人になるのだ。人目に触れないに越したことはない。



 幸い、生徒会長にはすぐに追いつけた。人通りはまだある。


「構わないな。今ならむしろ、目撃された方が良い」


 この男が襲った、という事実を残した方が都合が良かった。




「ギロチンが使えなかったときのことも考えておこう」


 天気は生憎あいにくの快晴で、傘も用意がない。

 閉店したばかりの八百屋に目をつける。積み重なっていた空の木箱を1つ失敬しっけいした。武器と言うには心許こころもとないが、なにせ急造の襲撃計画なのだ。事前に凶器を準備することはできなかった。


「角のとがったところをぶつければ、なんとかなるだろう」


 殺人の経験など皆無なので、何ともあやふやな基準である。予想よりも木箱は重たかった。どうにか持ち上げることはできるが、離れていく貴美に追いすがりつつ頭部を狙うのは難しそうだった。


『早く早く、ごーしお兄ちゃん! 10分たっちゃうよ!』


 <死刑囚の姿見すがたみ>の持続時間は10分。リーノに急かされるまでもなく、猶予ゆうよがないのは分かっている。木箱を抱えたまま歩くのも、悪目立ちしすぎる。


「せめて、足を止めさせないと」


 そこで剛司は、自分が生徒会役員の姿をとっていることを思い出した。声を掛けて、呼び止めればいい。恋人同士かどうかはともかく、親しい間柄であるようなので、油断するのではないか。示し合わせての待ち伏せであっても、見破るすべはあるまい。


 貴美をおとりにした待ち伏せでないならば、万一仕損じても、「犯人」を貴美たかみの口から証言してもらえる。


 良い作戦のように思えてきた。もう擬態は3分も保たない。迷っているいとまはなかった。


 距離を詰める。木箱をきつく握った。


「生徒会長!」


 駆け寄りつつ、声をかける。


「ん?」


 生徒会長が振り向いた。そこにいたのは。


 必死の形相で木箱を振り上げた、生徒会書記・御祝七瀬みいわい・ななせの姿だった。





 伊勢乃木貴美いせのぎ・たかみと、七瀬に模した大嶋剛司おおしま・ごうしの目が合った。確実に、相手は自分を生徒会の者だと認識したはずだった。




だが。


 たっぷり5秒。伊勢乃木貴美は沈黙を保った。驚くことも、逃げることもしない。あまりの無反応に、剛司は凶行に及ぶきっかけを失ってしまっていた。



「せ、生徒会長、実はですね……」


 つい、手ではなく口を出してしまう。生徒会長は眉をひそめて剛司の顔を覗き込み、ようやく口を開いた。




「誰だ、君は?」




解答14:「喜寿美園きじゅ・みその」の語源アナグラムはなんでしょう? 

きじゅみその→のそきじゅみ→のぞきしゅみ→のぞき趣味 でした。今回は「のぞき趣味」からアナグラムを考えるよう無茶ブリをいただいて、反映するように能力・性格を作った感じでした。逆手回しで作ったキャラでしたが、割とうまくまとまったかも(自己満足)

「デンマーク電池」様、「中島三郎助(前ペンネーム岳飛)」が正解されました。

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