事のおこりはいつも突然に
彼は悲鳴を上げそうになって目が覚めた。
心臓が早鐘のように打っている。
時生はゆっくりと身を起こし、のど元に左手をぎゅっと押し付けて、荒くなった息を抑えようとした。
真っ暗で何も見えない。
しかし彼は、何かが”見える”かもしれないことを恐れて目を閉じて、数秒間じっとしていた。
汗がじっとりにじみ出、それが寒気に変わり、彼は身震いした。
そして、そろそろと手を伸ばし、枕元の蛍光灯のスイッチを入れた。
ジーッと軽く唸るような音がして、15ワットの白熱灯が光を放ちだした。
彼はなおも身を固くしてじっとしている。
なにか、変化が起こるのを待っているように。
--なんてえ夢だーー
彼は心の中でつぶやいた。
いや、”夢”じゃない。”感覚”なんだ。
エレベーターが止まるとき、体が宙に浮いたように感じるあの感じ。
いや、それより、なんていうんだろう、吸い込まれるような感じ。 ど・こ・へ?
彼は、デジタル時計に目をやる。01:57。
ああ、あれはもう、”昨日”なのか・・・
そう考えると、彼はベッドにごろんと身を投げ出した。
昨日の昼近く、彼が大学へ午後の講義に出席するため家を出かけた時、ちょうど郵便屋がポストに何か差し込んでいったのだ。
かれは、ひょいとのぞいて手紙を取り出し、あて名が自分宛てであることを確かめてから裏返した。
そのとき、彼は実際、鼓動がひとつ止まった気がした。
その差出人が <相模 小枝子> だったからである。
そして、その几帳面な、やや右上がりの角ばった字体は、確かに母のものでありーー母は、二か月前に逝ってしまったはずだった。
いや、はず、どころか、確実に、彼は母の最期に付き添っていたし、葬儀も済ませ、今はようやく落ち着いて、もう母がいなくなったその家で、一人暮らしを始めたところなのだ。
時生は凍りついたように、しばらく動けなかったが、そろそろと手紙をもう一度ひっくり返し、消印を確かめてみた。
札幌、5月17日ーー母が逝って2週間後の日付ではないか。
あの世を経由してきたんでなかったら、たぶん、何かの郵便事故で配達が遅れたんだろうけれど。
いま、彼は、ベッドの上にもう一度身を起して、机の上に無造作に放り出してあるその手紙を見つめた。
あの手紙の内容、それと、一か月前の変な易者の言葉。
突然に、それらがとんでもない意味を持って、彼を襲ったのだ。
「勘弁してよ、母さんーー。おれ、オカルト苦手なんだってー」