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もちつきうさぎ

作者: 片瀬

 月にはうさぎがいて、お餅をついているんだよ。

 人間とはなんて面白いことを考えるのでしょう。ただの穴ぼこを、よくもまあ例えたものです。そう言われてみれば、もはやそうとしか見えません。確かにうさぎが餅つきをしています。ぺったんぺったん。どこからか音が聞こえて来る気さえするのです。

「うーさぎうさぎ…、なーにみーてはーねる。」

 じゅうごーやおーつきさま、みてはーねる…

十五夜ではないけれど、なんとなく口ずさんでみました。

 なにせ今日は満月。しかも秋。空気は澄んで空は高く、月明かりとともに星の光さえ地上に届きます。

 そういえば、月は好きな人を表すものであると、いつか本で読んだ気がします。好きとは、何も想いを寄せる事だけを指すのではなく、慈愛や思慕の念、他にも様々な形があるのだそうです。恋人や想いを寄せる者、親子、兄弟、師弟、友人…。様々な形があるのだそうです。

 人とは複雑かつ不可思議なものですね。こうして百年、二百年と生きておりますと、だんだんと他に興味が無くなってしまうのです。以前好きだったもの、興味があったもの。その中のどれほどを、私は今好きでいるのでしょう。人にしても同じです。全て同じに、平坦に、陳腐に見えてしまうのです。いえ、こうして今そう思っている私も同じなのでしょう。人よりほんの少し長く生きたくらいで粋がってはいけませんね。

 妖怪なんぞ、何も良い事はないのです。長く生きられるとは言ってもせいぜい数百年。千年は生きられないと聞きます。千年のうちに、まずは大切な人を。そして大切なものを。最後には心を無くします。大切なものが無くなれば、心など無いに等しいのです。

「今、どこにいらっしゃるのでしょう。」

 つい百年ほど前、ふと消息が途絶えたあの方に会うことは、ついぞ叶いませんでした。

 妖怪は見た目が変わる事はありません。ですから彼とはそろそろ潮時かな、と思っておりました。そんな矢先、彼が姿を消したのです。理由などわかりません。もしかしたら彼も妖怪だったのではと淡い期待を抱いたりもしましたが、彼は確かに歳をとっていました。今はもうどこかで朽ち果て、あの月と共に輝く星のどれかになっておりましょう。密やかなため息をもらせば、白い息がどことなく夜闇に紛れていきました。

 人里で買ったお酒を片手に、お気に入りの本を読むのです。今はそれが私の楽しみです。

 時代は変わりましたね。お酒は種類が豊富になり、輸入品が増え、保存しやすくなりました。なんて良い世の中なんでしょう。時間が経っても美味しいお酒を飲めます。本も昔は、随筆や私小説などが主でしたのに、今はどこの国ともわからないような、空想のような本がたくさんあります。随筆も好きですが、やはり現実だけではつまらないですよね。

 缶に入ったかくてるとやらを飲みながら本に目を落としていると、辺りがふと薄暗くなりました。月に雲がかかったのです。そんなに大きなものではありません。またすぐに明るくなるでしょう。

 本が読めない間、私は月を眺めていました。大きくて明るい、どこか儚げな月を。雲は思っていたよりもゆっくりと去って行きました。なんだか本を読むことにも飽きて、縁側から立ち上がりました。

 立ち上がっても空との距離はほとんど変わりません。私は空の下に立つことが好きです。無力な自分があらわになる、あの瞬間が好きなのです。決して、無力な自分が良いというわけではございません。自分が無力だとわかる瞬間、私は自分がありのままでいると感じるのです。無力感や虚無感が、人とはかけ離れてしまった私の心を人たらしめるような気がするのです。

 ほうと嘆息にも似た息を小さくもらしました。誰にとはなく、この夜にです。月が大きく輝き、私に人らしさを感じさせてくれるこの夜に。私はまた縁側に座り、本を手に取りました。人らしい心を得た後は、必ず彼のことを思い出します。百年も前の彼に会いたいと思う私は、人からすれば奇妙なものかもしれません。未だに人に入れ込む私は、妖怪からすれば馬鹿らしいかもしれせん。ですが、会いたいのも、愛しく想うのも、どちらも等しく私の心なのです。私が人らしい心を取り戻した証拠なのです。

 そんな事を考えつつ、読み終えた本をぱたんと閉じました。

 月を見上げると、そこではうさぎが餅つきをしていました。誰に言われることも、何かで読むこともなく、私には確かにそう見えました。

 ぺったんぺったん。餅つきをするうさぎは、ただの穴ぼこなんかではありませんでした。

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