マグロ「それよりも、なんで先輩は急に夢の話なんて?」 マグロ先輩「それはだな……」
マグロ「それにしても、なぜ先輩は僕に急に夢の話なんて教えてくれたんですか?」
マグロ先輩「それはだな……」
先輩は半分燃え尽きたタバコの灰を落としながら、目を細くした。
僕を見るのではなく、どこか遠くを見るような表情に、僕はどこか嫌な既視感を感じていた。
マグロ先輩「きっと今の俺は、こうやってどこかの場所でもう既に切り身になっていることだろう」
マグロ先輩「俺のマグロ生はとっくの昔に終わっているんだから当たり前さ……あの津軽海峡の海で、俺はとうに捕まって刺し身にされちまったんだからな」
何も言えない僕を横目に、先輩はただ話を続ける。
もう火が消えてしまった燃え尽きたタバコを咥えながら。
マグロ先輩「だけど、お前は違う。お前は違うんだよ。あの津軽海峡で生き延びて、今もどこかの海で優雅に泳いでいる。まだ未来のあるマグロなんだ」
マグロ先輩「お前がこうやってまた俺に会えちまったのは、きっと今お前が夢でも見ているせいさ。マグロどころか魚が夢を見るのかどうかは、どのサイトにも考察すら書いてなかったけどな」
マグロ先輩「夢っていうのは、願望や願いを浮かびだす意味もあるそうだ。きっとお前が俺に会いたいって思いが、また俺に会わせちまったんだろうな」
否定をしようにも、肯定をしようにも、
僕は頷くことも、声を発することもできなかった。
それは当然だ。よく考えれば、僕はいま刺し身なんだ。
声が発せるわけがない。身動きが取れるわけがない。
意識は遠くなっていく。夢が終わろうとしているのだ。
醒めない夢はないのだ。どんな夢だって必ず覚めてしまう。
死んでしまった人とはどんなに頑張ったって、もう会うことはできない。
救い、恋い焦がれようともう二度と思いを伝える事はできない。
どんな物語だって、最後は夢から一人で帰っていくのだ。
たくさんの童話で主人公達がそうしたように。
僕はどうしていけばいいんですか、とか
もっとたくさんのことを教えてください、とか
言いたいことはたくさんあった。
もう声を発することもできないし、身動きを取ることもできない。
かすれゆく意識の中で、先輩がただ一言、
「立派になったな。元気でやれよ」
ただ一言、そう言った。
それで終わってはいけないと思った。
例えこれが夢だとしても、ただの夢幻で、なんの価値のないものだったとしても。
ここで終わっては、行けないと思った。
かすれる意識で、出るはずのない声で、
だからこそ僕は言うのだ。
精一杯の思いと感謝を。
それが自己満足だっていいから。
「あなたが大好きでした」
満足そうな先輩の刺し身姿を見ながら、僕の意識は薄く溶けていった。