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本物川はいかが?

作者: 平野淳

 私は楽しみにしていた映画を見るためS駅の映画館に行った。10時に映画館につき、いざ映画を見ようと前売り券を探すが見つからない。どうやらどこかに落としてしまったらしい。どうしても見たかった私は当日券を買って見ようとするが、人気の映画だったため完売していた。結局楽しみにしていた映画は見れずじまいだった。私の生来のうっかりのせいで夏の休日の予定はすっかり崩れてしまった。

 このまま帰ってしまうのも収まりが悪いと感じてた私は暇であったこと、何か新しいものを見つけたかったこと、天気が良かったことから映画館の周辺を散策をすることにした。映画館の周りの怪しげな繁華街を一通り見て回り、その後繁華街の近くの大型家電量販店でウィンドウショッピングをし、最後はあてどもなく只々ふらふらと歩き続けた。

 どうやら私は大分歩いたらしくO駅周辺の住宅街まで来てしまった。時計を確認すると12時を過ぎている。ずっと炎天下の中を歩き続けていたので私は汗まみれになっている。なのでどこか涼めるような場所がないか探す。するとと不思議な建物を見つけた。近未来的なフォルムに、焦げた鉄のような壁、航空機のハッチを意識した扉。そうそれはまるでSF映画に出てくる宇宙船の様だった。周りが民家だらけなので余計にこの建物は異質なものに見えた。扉の上の恐ろしげな宇宙人を模した看板には「喫茶ノストロモ」と書いてある。どうやらこの不思議な建物は喫茶店らしい。涼める場所を探している私にとって喫茶店はとても都合の良い場所だ。そして何よりこの不思議な喫茶店ではどのようなものを扱っているのか気になって気になってしょうがない。扉には「OPEN」と書いてあるホワイトボードがかけられている。営業時間らしいので私は入ってみることにした。


 扉を開けて店に入るとそこには外観以上に奇妙な空間が広がっていた。外観と同じように内装も宇宙船を模したものだったがそれに加え脈を打つ肉片のオブジェ、宇宙人の卵のオブジェ等があった。薄暗い照明も相まって、まるでSFホラーの世界に迷い込んだかのようだった。扉の前でしばらく待っていても店員が出てこないので私は店の奥に声をかける。

 「すいません。誰かいませんか。」

するとカラン!という固いものを床に落としたような大きな物音がした。ほんの数秒しんとしていたが突然べチャリべチャリという音が聞こえ、その音が止んだかと思うと次は棚を乱暴に開け閉めをする音が聞こえた。何か大変なことが起きているのではないかと怯えていると奥からエプロンを着た人が出てきた。

 「待たせてしまってすみません。いらっしゃいませ。」

声をかけてきたその人はこの変わった店にふさわしい人物だった。身長180cmぐらいの痩せ型で、人より長い首と後頭部を持ち、血の気を感じない顔には凹凸が殆ど無く、そこに付いている大きな目の殆どが黒目だった。かろうじて見える白目の部分は血走っている。容姿から年齢が読み取りづらく人間味を感じない。その風貌はまるで宇宙人のようだ。その人物は驚いている私に笑いかけてきた。

 「店の奥で作業をしていましてね。他に店員もいないので待たせてしまいました。すみません。お一人様ですか?」

その笑顔はどこかぎこちなかく余計に非人間的な印象がした。どうやらこの人物は店主らしい。

 「はい。すいません、初めて来たものですから戸惑ってしまって。」

 「好きな席に座って下さい。注文が決まりましたら声をかけて下さい。」

そう言うと店主は店の奥へとと戻っていった。

 私は促されるまま席に座り机の上にあるメニューを見る。そこにはコーヒーやホットサンドなどの一般的な喫茶店で出しているようなメニューばかりが書いてある。それを見て私は少し落胆した。変わった外観と内装、そして店主に比べメニューは極めて陳腐。その統一感の無さ、雰囲気作りの中途半端さが私を嫌な気持ちにさせた。どんなものがあるのだろうと店の前でワクワクしていた自分が少し恥ずかしい。注文を決めるため改めてメニューを見直す。そこで私は裏にも何か書いてあることに気付く。そこには大きく

本物川 960円

とだけ書いてある。そこには商品の説明も売り文句もない。一体これは何なのだろう。私は今まで本物川という言葉を見たことがない。表面に変えてある普通のメニューとはだいぶ違う雰囲気がある。私はこの本物川というものに興味を持ったので頼むことにした。

 「すいません。注文いいですか?」

 「はい。少々おお待ちください。」

店の奥から店主がやってくる。

 「アイスコーヒー、それとこの本物川をください。」

私の注文を聞いて店主の顔が強張る。

 「え?すいません、もう一度よいですか?」

 「ですからこの本物川っていうのをください。」

メニューの裏面を指しながら言う。すると店主は目に見えて慌て始める。

 「本物川、本物川ですね。ええ本物川ですか・・・」

店主は何か考えこんでいる。私は何か不味いことをしたのだろうか。そう思っていると店主は意を決して私に言った。

 「分かりました。本物川ですね。」

 「あとアイスコーヒーは本物川より前に持ってきて下さい。」

 「はい。それでは少々お待ちください。」

そうして店主は店の奥へと戻っていった。

 しかしあの店主の慌てよう、本物川とは一体何なのだろうか。そもそもこの本物川とは料理なのだろうか、それともコーヒーなのだろうか。いやアイスコーヒーと一緒に頼んで何も言われなかったのだからおそらく料理なのだろう。そんなことを考えているとアイスコーヒーが運ばれてきた。

 「アイスコーヒーです。どうぞ。」

店や店主に興味がある私はこの機会に色々なことを聞くことにした。

 「どうも。それにしてもすごいお店ですね。内装も凝っていて。映画館に行った帰りに見つけてびっくりしてしまいましたよ。」

 「ありがとうございます。何か映画を見てきたんですか?」

 「いえ。朝チケットを落としてしまって結局見れなかったんですよ。何か映画を見るのですか?」

 「私は映画は見ないですね。」

店の看板を見てからずっと疑問に思ったことを店主に聞く。

 「そういえばノストロモという店名ですが聞いたことがあるのですがどういう意味でしたっけ?どうにも思い出せなくて。」

 「これは語感で選んだのですよ。それがたまたまあなたが知っている単語に似ているのではないのでしょうか。」

 「うーん、そうかもしれませんね。」

会話が途切れると店主は会釈をして店の奥に戻っていった。

 私は再び本物川について考えることにした。本物川には「川」という文字が付いている。地名のことだろうか。地名だとするとその本物川で取れる川魚とかなのだろうか。しかし本物川なる河川がこの日本にあっただろうか。それに地名だからといってそこの特産というのも雑な考え方だ。例えばお酒などは地名が付いていることがある。いや、ここは喫茶店だ。喫茶店でお酒は出てこない。もしかしたらこの本物川というのは人名ではないだろうか。文豪の名前がついた料理があると聞いたことがある。本物川という人をモチーフにした料理なのだろうか。本物川というのはフルネームなのだろか。それとも苗字だろうか名前なのだろうか。本物川というのが本名であるとは思えない。そもそも本物川という有名人はいたのだろうか。もしかして何かのアナグラムか。全く思いつかない。「本物」と「川」を分けて考える。まるで意味がわからない。それとも英語にすると何か分かるのだろうか。Book Object River ここから何かを見い出せばよいのだろうか。いやますます意味がわからない。もしかしたら意味なんて無いのかもしれない。ただ単に語感から決めたのか。店名も語感から決めているしそんなものなのかもしれない。だとすると変なセンスだ。

 硬い物に硬い物をぶつけるような音が連続して2回、少し時間が立ってからまた1回聞こえてきた。これは卵を割っているのだろうか。やはり本物川は料理なのか。ここで卵酒というオチだったらどうしようか。するとグチャグチャという音がしてきた。卵をかき混ぜているのだろうか?ガタン!という音が聞こえる。おそらく大きな調理器具を出したのだろう。すると何かが這うような音がこちらに向かってきた。ひどく動揺する。これは料理をする時に出る音ではない。やはり本物川は並の料理ではないようだ。もしかして生きた食材が逃げ出したのか、それとも店主に何かあったのか。いよいよ心配になってくる。一体本物川とは何なのだろうか。気になる。とても気になる。厨房を覗いてしまいたい衝動にかられる。覗いてしまおうか。いや好奇心をここで高め、運ばれてきた時の驚きを極限にするのだ。そのために私は店主に本物川について聞かなかったのではないか。新しいものを発見した驚きを減退させようとする下劣な好奇心を抑える。微かに何か聞こえる。耳をすませる。「グェッ、グェッ!」と鳴き声の様なものが聞こえる。とてもとても恐ろしげな鳴き声の様なものが聞こえる。店主のものとは違う声だ。先ほどまでの好奇心が恐怖心へと変わる。私の考え方は甘かったのかもしれない。本物川とは料理ですらないのではないか。私はある考えが浮かんだ。周りを見渡す。そこには脈打つ不気味なオブジェがそこかしこに置いてある。店主の顔を思い出す。次に私が来店した時のこと、本物川を頼んできた時のことを思い出す。ここは本当に宇宙船で店主は宇宙人なのでは。住宅地にふさわしくない外観の建物、不気味な内装、変わった雰囲気の店主、店主の怪しい態度、奇っ怪なメニュー「本物川」、厨房から聞こえてくる謎の音。この店に来てから不思議なことばかりだった。私は非日常の世界に迷い込んでしまったのかもしれない。そんなことを考えると好奇心と恐怖心がどんどんと膨れ上がってくる。厨房を覗こうか、待っていようか、いや帰ろうか。これらの考えが頭の中をグルグルとめぐる。

 奥から聞こえてくる音が無くなった。足音がこちらに向かってくる。恐怖と好奇心から思わず目をつぶる。そして足音が私のすぐ側で止まった。

 「お待たせしました。こちら本物川です。」

私の机に本物川が置かれる。覚悟を決めて目を開ける。そこにはオムライスが置かれていた。

 「え?本物川というのはオムライスなのですか?」

 「ああそれですか・・・」

私の質問に店主はなにか焦っている。

 「えー、この本物川というのはですね、ただの身内ネタなんですよ。」

それから店主は本物川の説明をしてくれた。その話は店主と深い関係ではない私にとっては陳腐で無味無臭でとりとめのない、只々くだらない話だ。食べてみるとオムライス、いや本物川も可もなく不可もない陳腐な味だった。店の前でメニューへの期待、本物川への期待と裏切られてばかりだった。早々に食べ終わって店から出ることにした。

 会計を終えて店から出る。扉にかけてあるホワイトボードは裏返されそこには「CLOSE」と書かれていた。あまりいたつもりはなかったがどうやら随分と時間が立っていたらしい。この店で非日常というのは起きないから非日常だということを思い知った。私の妄想癖も大概にしなければいけないなともこの店で学んだ。


 不思議な喫茶店「ノストロモ」に行ってからしばらく経って私の職場に刑事2人がやってきた。私の身分を確認すると刑事は私に質問をしてきた。

 「あなたは先週の日曜、O駅近くの喫茶店ノストロモへ行きましたか?」

 「ええ。」

 「そこで起きた殺人事件のことはご存知でしょうか?」

 「いえ。」

 「容疑者はもう逮捕されたのですが、送検のために色々と証言を集めなければならないので今日うかがったのです。」

 「はあ」

刑事の言葉に私は驚く。まさか私が行ったあのお店で殺人事件が起きるとは。ただその後の刑事の言葉にさらに驚く。

 「事件が起きたのがですね、先週の日曜の13時頃。つまりあなたが店にいたときなのです。」

 「ええっ!?」

 「そしてこれが容疑者なのですが見覚えはありますか?」

そうして私に写真を見せてきた。それを見た私はさらにまた驚く。そこに写っていたのは私を接客してくれていたあの怪しい風貌の店主だった。

刑事が事件について説明してくれた。私が会ったのは本物の店主ではなく、本物の店主との間にトラブルがあった知人がなりすました偽の店主だった。私が入店する少し前に偽物の店主は本物の店主と口論になった末厨房に有ったまな板で殴打。その時本物の店主は気絶していただけなのだが偽物の店主は死んだと勘違いした。偽物の店主は私が入店した時点で逃亡を考えたらしいが、その時偽者の店主には死体を運ぶ方法がなく、店に死体を残すことを恐れて店に残り私を接客したらしい。私があの店に行ったことが初めてなのを知ったことで偽物の店主はごまかせると確信したらしい。本物川の調理中に本物の店主は意識を取り戻したが、そのことに気づいた偽物の店主は首を絞めて殺害したのだった。私が聞いた怪しい物音はどうやらこの時の物のようだ。そして私が店から出ると偽物の店主は一旦家に向かい、車に乗って店に戻り死体を車に積んで運び山中に埋めた。

 事件について説明した後、刑事は私にいくつか私があの店に居た時のことを質問をしてきた。それが終わると「またお話を伺うかもしれない」と言って帰っていった。まさか私が店にいる間に殺人事件が店内で起きていたとは本当に驚きだ。もし怪しい物音を聞いた私が厨房を覗いていたらどうなっていたのだろうか。考えるだけで恐ろしい。私は非日常というのはすぐそこにあり、触れるべきではない。そのためには余計な好奇心を持たないことが重要だと心に深く刻み込んだ。

 私を接客した人物が偽物の店主だということ、本物川を注文した時の慌てぶりから考えるとあの本物川は偽物だったのかもしれない。もしそうだったら本物の本物川というのは一体どのような物だったのだろうか。しかし私がその答えを知ることはもうない。


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