魔女
モニタに写る海中のトランクの山を見据え、
「御苦労だったね、これ少ないけど」
とエンドラはモニタの前に座るフリオの肩越しに二割ほど残った酒瓶を差し出す。
「要らねぇよ、」
と吐き捨てるようにフリオが答え、続けざまに質問する。
「引き揚げるのは構わねぇが一体こりゃ中身はなんだ?まさか爆弾じゃないだろうな」
「まぁ開けてからのお楽しみにしといてよ」
とエンドラがイタズラっぽく笑いながら答える。
「そうはいかねぇ、こんだけ労働させられてこっちゃまだ金ももらってねんだ、何割かはもらわねぇとな!」
ジェフが憤懣やる方無いといった様子で話に割ってはいる。
「ま、中身が無事ならいくらか払えるアテはあるからさ。ジュニア、開けるの手伝ってもらえる?女の細腕じゃ手に余るお宝も入ってるかも知れないからさ」
とジェフをはぐらかしながらジュニアを連れてエンドラはコンソールルームから消えていった。
「…さぁて、と…」
フリオが伸びをしておもむろに椅子から立ち上がりエンドラの後を追うようにコンソールルームから出ていく。
「おいまてフリオ!おめえまで行くのか!」
「そりゃ俺だって見てみたいしなぁ、お宝。」
「…勝手にしろっ!」
「じゃあその荷物、デイジーで引き揚げてくれよ。な?んじゃ頼むわ。」
「………」
コンソールルームにはジェフだけが残された。
曇天の空の下、アルフィリオ号の甲板にはフリオ、ジュニア、エンドラだけがいた。
風が吹きすさび、一面の灰色の空は遠くで遠雷が轟いている。程なくして嵐が来るだろう。
白波が三角の波を立てて船を揺らす。その荒れた海面からデイジーがゆっくりと姿を表す。マニピュレーターの先にくくりつけられた金属製の籠には先ほどモニタに写っていた大小様々なトランクの数々が詰められていた。その籠は次に船尾に備えられたクレーンによって甲板に引き揚げられた。その様子をエンドラは船の縁の手すりに乗り出して眺めていた。プレゼントが自分に渡されるのをじれったく待ちきれない子供のように。
エンドラ達の前に置かれたトランクは細長い物が一つ、平均的な物が四つ、いずれも損傷は無いが海水によって鍵や金具は赤錆で膨れて触るとボロボロと崩れたり錆によって普通に開封することは少々難しく見えた。
「とても値打ちのあるような品物にゃ見えねぇな。中身はなんだ?着替えか?」
フリオは鍵を開けようと悪戦苦闘するエンドラの背中に問いかける。
「ジュニア!ハンマー貸して!」
フリオの質問を無視して振り向きもせずにジュニアからハンマーを受けとるとハンマーをトランクの錠前をガンガン叩きつける。
「おいおい、ホントに大丈夫だろうな?」
見ていられないといった様子でフリオが手伝う。結局二人がかりで無理矢理開ける事に成功した。
トランクの中身は幸いどれも海水に侵されることはなく、使用に耐えれるような状態だった。服、手紙や写真、チョコレートや飴玉の缶などいずれもとても価値のありそうな物には見えなかった。そのいずれの品物をエンドラは愛おしそうに手に取り眺めていた。彼女にとっては数日前に別れたばかりの荷物が自分だけを置き去りにして70年以上の月日を経験していたのだ。
遅々として進まない開封作業を進めようと気を効かしたジュニアが
「こっちも開けるよ」
と細長いトランクに手をかけた瞬間、
「触らないで!」
エンドラの鋭い怒声にジュニアは熱いものに触るのを咎められた子供のようにトランクに伸ばした手を引っ込めた。
「ハハハ、怒られたな。女の持ち物に勝手に触るなってこった」
からかい半分でフリオがたしなめる。
「別に俺は…」
口ごもりながらジュニアは控えめに抗議する。
「悪いけどこれには触って欲しくないの。」
エンドラがそのトランクを慎重な手順で解錠すると中には分解されたマスケットライフルが納められていた。手早く馴れた手つきで組み立てると子供の背丈ほどの長さになる見事な象眼細工と真鍮には彫金が施された美術品と見紛う美しい銃が現れ、フリオが感嘆の声をあげる
「ほぉ、見事なもんだ。これがあんたのお宝ってやつか」
「これがなきゃ私だけいても役立たずだからさ。」
エンドラが空に向けて銃を構えながら答えると甲板に出る鉄扉からジェフが三人の後ろから近づく。
「おい、中身は確認できたか?なんぞ値打ちの付くようなもんはあったかよ」
「忘れてた。ねぇフリオ、これ、ジェフに。」
エンドラがトランクに入っていたいくつかの革製の小袋の中の一つを投げてよこす。
フリオが受けとると手のひらに収まる程度の革袋は見た目以上にズシリと重く、手触りからすると貴金属の類であろう。その感触
を確かめながら今度はジェフに投げる。
「へへ、毎度ありってか。開けても構わねぇか?」
エンドラは首をすくめて無言で了承する。
小袋の紐を解いて中身を手のひらに開けると、金の粒がザラリと溢れた。いずれの粒もいびつなものでどれ一つ似たような形はあっても同じものではないように見えた。
「なんだこりゃ。」
手のひらの金の粒の小山を掻き分けると一つか二つ、黄色く変質した象牙質の固まりに金がこびりついた物を見つけた。太い指でつまみ上げた瞬間、ジェフが短い悲鳴をあげて手のひらの黄金を溢した。
それは金の詰め物がされた人間の奥歯だった。
濡れた甲板にバラバラと黄金が撒き散らされる。
エンドラはそれを眺めニヤリと呟く。
「墓荒しのくせにだらしない。どんなものかは分かってると思ってたのに。」
「どういうことだ」
「誰かが収容所の誰かの口の中からむしりとったもんだって聞いてるよ」
「…!」
フリオとジェフ、ジュニアの脳裏には80年近い昔にヨーロッパの各地に現れた地獄の光景が浮かんだ。三人とも文献や白黒の写真と映像でしか見聞きしたことは無いがまさか目の当たりどころかその悪行の一部を手にするとは思いもよらず動揺した。
フリオは先ほどの革袋越しの感触を打ち消そうと硬く拳を握りしめる。
「なんでお前がこんなもんを持ってるんだ!」
声を荒らげてジェフが問い詰める。
「これじゃなきゃ弾丸にならないから。」
エンドラはそっけなく答える。
「…?」
思いもよらない解答に三人とも言葉を失う。
「私は見ての通りの化け物、でも私よりもっとひどい化け物がいてそいつらは死人の体をおもちゃにして生きてる人間を羨んで憎んでて誰彼構わず食い殺そうとする。生きてる人間の肉を食べれば生き返るって信じてね。それを黄金の弾丸で殺すのが私の役目なの。私はその「殺す方の化け物」。末席も末席だけどね。」
「化け物…?」
「そう、でも私の母親は自分達を化け物とは呼ばせなかった。『魔女』だって名乗ってたよ。」