表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゴールド・アンド・レッド   作者: 田梨征洋
浮上
5/7

回収3

コンソールルームは沈黙に包まれていた。誰もいない訳ではなく昨日と同じようにROVによる探索作業は続けられているがジェフ、フリオ、ジュニアの3人の間にはピリピリした緊張感があった。

もう一人を除いては。部屋の隅で高いびきを立てエンドラは持ち込んだ椅子にどっかり腰掛け精密機器であろう機材をスツールがわりに足を預け酒瓶を抱いて眠っている。服は古くさいドレスから船員から半ば強引に拝借したシャツにカーゴパンツに換わり、裸足の足元には数多の空き瓶が転がっていた。ラフロイグ、バカルディ、ビーフィーター、チェイサーがわりにシャンパン、三日前に甲板で祝杯に供されたモエ・エ・シャンドンが半分ほど炭酸が抜けた状態で床に置かれている。船にあるアルコール類を全て飲み干さん勢いに乗組員はみな圧倒された。華奢な腕にはいつも酒瓶がぶら下がり、酒臭い息を振り撒きながら船内を我が物顔で闊歩する様は三日前の「スリーピングビューティー」から「ドランキングビューティー」にあだ名を変えてしまうほどの酔いどれぶり。そんな酔っ払いがコンソールルームにねぐらを移したのは理由があった。

沈没した船に眠る金塊とは別に彼女がどうしても引き揚げてもらわなければならない貨物があるのだという。無論このオペレーションは金塊を引き揚げて終了、撤収作業を完了し港に戻らなければならない、これ以上のスケジュールは遅延は船の燃料や必要な生活物資の都合上難しい。しかしエンドラは「X資材の不満と健康を害する事を極力避ける」との文言が書かれた書類を振りかざし半ば強引に作業延長を迫った。

潜水士たちはこの要求に対しボイコットの構えを見せフレデリクからも懇願されたが潜水士達からは拒否され、ジェフからは要求をのむ替わり、超過した時間分の作業料の上乗せの要求を提示され、その要求をフレデリクが肩代わりする条件で有線の作業ロボット2台による探索を開始させた。しかし作業は困難を極めた。何しろ貨物船は計3つの大きな残骸と無数の瓦礫と化している。捜索すべき範囲はあまりに広大で、70年分の海底の堆積物の積もった狭い船内をくまなく探すには小型のリトルジーンですらケーブルが船内のあちこちに散らばったゴミに引っ掛かり、スクリューで巻き上げられた埃で視界をさえぎられしばしば作業の中断を余儀なくされた。加えて二日後には捜査海域に低気圧が迫るとの気象情報が入り、それ以上の捜査は不可能との判断が下された。

タイムリミットの差し迫る中でオペレーター3人も徐々に苛立ち初めていた。そんな中でもエンドラは変わらずうわごとめいたいびきとも寝息とも区別のつかない声を狭い室内に響かせている。

今はただこの女の曖昧な記憶しか手がかりがないのだが連日の暴飲による酩酊でその証言すら確証が薄い。結局はしらみ潰しの捜索を続けるほかなかった。デイジーは海底に沈む瓦礫の中からそれらしいものを拾っては確認していくことを繰り返すうちに、「それ」は突然現れた。

貨物船の船底に近い客室、と行っても今ではドアは判別も難しいほど崩れかけ、ドアから覗く向こうには誰も訪れることもなくなり暗黒の支配する空間にはベッドのなれの果てや椅子だったと思わしい物がライトに照らされている。

「おい、起きろよ、あんただけが頼りなんだからよ。」

ジュニアがエンドラを揺り起こしデイジーが送信する海中の映像が写るモニターに顔を無理矢理向けさせる。

「ん~…あぁ、多分ここ…?だったと思う…」

呼気に含まれるアルコールで火を近づけたら燃えるのではないかと思えるあくびをしながらエンドラは答える。

「3時間前も言ってたじゃねぇか!起きろ!ジュニア!水持ってきてぶっかけろ!このアマ酒抜かねぇと話にならねぇ!」

ジェフが大声をあげる。無理もない、この沈没船のドアを一つ一つ開けてはエンドラに確認させる作業はすでに昨日から数十回に及んでいる。その度に酔ったエンドラを起こし、アルコールで濁った意識に活を入れる必要があった。

「だぁかぁらぁ、さっきも言ったでしょうよ見たらすぐ分かるってば」

頭をボリボリとかきむしりながらまたあくび混じりで惰眠を貪ろうとするエンドラは体を折りたたみの椅子に深く預けてだらしない姿勢で答える。

「なぁ、その大事なあんたの荷物ってのは…?」

先程から探査ロボのリトルジーンのカメラと操縦に集中し微動だにしなかったフリオがエンドラを振り返る。

モニタに写し出された「それ」とは、部屋の隅に積み上げられた革製のトランクの山だった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ