回収2
電話の向こうでは声の主が嬉しそうに話かけてくる
「ずいぶん待たせてくれたね、いや無事で何より、さっそく迎えのものをやるよ。しばらく待っておいてくれ。何か要望があればそちらの船の責任者に…」
と捲し立てる相手にジェフは面食らいつつも答える
。
「ずいぶんな挨拶じゃねぇか!お前んとこの荷物のおかげでうちの甲板作業員が一人重傷だ!」
甲板の一件で一番憤っていたのは船での最古参ジェフだった。船員同士の絆を重んじるジェフには銃に撃たれる怪我、と言っても対爆スーツのおかげで無事だったが、何より仲間が危険に晒された事は許しがたい事だった。 作業員が撃たれたと聞くや船内の据え付けてある消火作業用に扉を叩き壊す防火斧をひっつかみ、甲板に現れた犯人を制裁せんと120キロを超える体重の怒れる牡牛と化したジェフが甲板に躍り出るのをとり抑えようとした乗組員8人のうちの3人の船員が殴られ蹴られ昏倒、狭い医務室のベッドは埋っていた。
「済まないが、君は誰だね?彼女と替わってもらえるかな?」
慇懃な調子で答える相手に
「てんめぇ…!」
ジェフが受話器を握りつぶさん勢いでワナワナと震える。
「替われ!」と横から受話器をひったくりフレデリックが応対する。
「この船の責任者だ、彼女の関係者か?」
「やぁこれはフレデリック君、ひとまず引き揚げおめでとう。何か怪我人が出たそうだが彼女は無事かね?声を聞かせてもらえるかな?」
「ああ無事だ。でも彼女は取り乱してる、とても電話に出れそうにない。」
「何か問題があったようだが彼女に何かあったら君はただでは済まないよ、彼女の機嫌を損なうようなマネはしないほうが君の為だ。」
いくらか脅迫を含ませた口調だった。
「マークが話をしたいと伝えてくれ。それで分かるはずだ。呼んできたまえ。」
相変わらず主導権は電話の向こうにあった。フリオがジュニアに船長室の女を連れてくるように無言で指示を出す。ジュニアは渋々といった様子で階段を重い足取りで登り女がいる部屋に向かう。船長室に続く廊下の空気は静かに重く澱んでいる。迂闊に接近するものを拒むような雰囲気を感じた。意を決したジュニアがドアをノックする。反応はない。しかしドアを挟んで「マークって爺さんがあんたと話したいって連絡を…」と最後まで言い終わる前にドアが勢いよく開いて女が飛び出した。一瞬ジュニアと女の目が合うも、勢いよく飛び出した女に驚いて狭い通路の壁にしたたかに後頭部を打ち付けた。頭を押さえ悶えるジュニアの腕を取った女はお構いなしにジュニアを引きずるよう案内させると食堂のホールの真ん中に置かれた無線機の受話機に
「遅い!!」
と怒鳴った。
「本当に聞いていた通りだ。凄い、生きてたんだな。」
のんびりした口調でマークと名乗った老人が答える。
「あんた本当にマークなの?ずいぶん年取ったみたいだけど。」
いぶかしげに女が尋ねる。
「ずいぶん年を取ったんだよ。君の船が沈んでからね。」
「それにしても遅すぎる。今頃迎えよこすなんて。どうしてこんな連中の船なのよ。」
「まぁいろいろと事情があってね。そこの彼らもかわいそうな連中なんだよ。借金まみれで苦しんでるところに仕事を与えてやったんだ。彼らに感謝はしてやってくれ。」
「みんなは元気なの?」
「……随分数は減ったかな。」
電話の向こうの声が言い澱む。
「ワシリーサは?」
「死んだよ。最後の最後まで冗談か本気かわからない事を言っていたな。」
「そう…簡単に死ぬような人じゃなかったのに…。」
「戦車砲が直撃したって死なない女だって思ってたがね。」
「…病気で?」
「いや、彼女自身の決断だ。」
「…ワシリーサは… 彼女の最後の言葉は?」
震える声でエンドラが質問する。
「君が乗っていた船の沈んだ海域を指差して『あの娘はここで必ず生きている』と。」
その言葉を聞いた途端にエンドラの目に溜まっていた涙がぽろぽろとこぼれる。
「ワシリーサは君に託したんだよ。」
マークのその言葉を聞きエンドラが小さな肩を震わせている。
「ともかく近いうちに迎えをやる。もうしばらく待っていてくれたまえ。」
「わかった。」
と短く答えるとエンドラは受話器を無線機のフックに静かに置いた。