39.仁の心
地面に横たわる。
穴だらけとなったサイクロプスマン。
「ひいっ!」
「お、おかしらが?」
「んなバカなー!」
人類が一つとなり魔族と相対せねばならないこの危機に。
自身の利益だけを追求する。
勇敢に戦い敗れた者たちを。
傷つき弱った者たちを狙う。
悪逆非道な輩に情けはない。
因果応報。
悪は罰せられてこそ、見せしめとなる。
「ミーシャ。山賊ごときに押されてどうする。お前は口先だけか? 守りたいならお前も命を賭けろ!」
山賊に囲まれ防戦一方のミーシャ。
「ウ、ウ、うっさい! やってやろうじゃない!」
距離を置き、守りを主体に戦うミーシャが前に出る。
ズバー
しかし、そんな簡単に前へ出られるなら誰も苦労しない。
取り囲む山賊の刀が、無数にミーシャの身体を切り裂いた。
「へっ。ざまあねえぜ」
「死んだな」
「ああ。俺たちの勝ちだ」
肩を深く、骨にまで達する切り傷。
打たれた頭からは、魚籠が吹き飛んでいた。
「コンノ……ふざけんじゃないわよ!」
通常なら身動きできないであろう重症。
だが、ミーシャは全く意に介せず山賊に噛みついていた。
「ひぎいいいー!?」
むさぼり、飲み干し、ミーシャの傷が癒えていく。
グール。肉を食らい体力が回復するモンスター。
「フガーフガー……ニク」
怪我を恐れる必要のないお前が。
肉を食べて体力が回復するグールが、守りに入ってどうするという。
攻撃は最大の防御。
攻める。それが同時に守りにつながるのだから。
「な、なんだ……こいつ?」
「ば、化け物だ……」
鬼気迫るミーシャの様子に恐れをなしたか、山賊どもは及び腰になっていた。
その様子を見て取ったのか。
「チンパーン!」
ビシイッ
山賊どもの中心から鞭を片手に新たな魔物が姿を現していた。
「ひいっ」
「まって。まってください」
「いま、ぶっ殺しますから」
なんだ?
山賊どもは、あのチンパンジーのような魔物に従っているのか?
それなら話が早いというもの。
「ミーシャ! 奥の猿をやれ! そいつがボス猿だ!」
「フガー! サルの脳ミソー!」
ジャンプ一番。
あっという間の跳躍で山賊どもを飛び越えるミーシャ。
宙を舞うその身体は、独楽のように回転を始めていた。
「チンパン?」
【B級蹴り技・スピニング・トルネードキック】
ドカーン
猿男の首がへし折れ、あらぬ角度で吹き飛んでいた。
ミーシャのキック。スキルの練度はB級。
A級には及ばないまでも、猿に回避できようはずがない。
「こんなん無理やん」
「に、逃げようぜ」
「とんずらやー」
サイクロプスマンを討たれ、チンパンジーマンを討たれ。
山賊たちは一斉に逃走に移っていた。
「ミーシャ。逃がすな! 1人たりともだ」
逃げる山賊。
その背中を俺は背後から槍で串刺した。
「ニクー!」
山賊を押し倒し食らいつくすミーシャ。
「うおーみんなの仇だー」
魔法を唱えて山賊を吹き飛ばす妖精さん。
情け容赦のない。無慈悲な虐殺。
どうやら山賊どもは魔物に操られていたようだが、今さら関係ない。
俺は山賊が憎いから殺すのではない。
戦争の始まりは情報戦。
情報を制する者が戦を制する。
俺の秘密。
暴飲暴食。
誰にも知られるわけにはいかない。
実際の俺は人畜無害で清廉潔白。
誰からも慕われる気の良い善人。
だが、そんな俺の人間性に関係なく、決して生かしてはおけない存在。
相手の力を奪い無限に成長する。
モンスターをも超える真の怪物。
最重点目標。真っ先に殺すべき対象。
それが強奪スキル。暴飲暴食。
もしも魔族が俺を殺すのであれば、今しかない。
俺が力を付ける。その前に。
手に負えなくなるその前に。
だから今。
俺の秘密を魔族に。
誰にも知られるわけにはいかない。
幸い、避難民に。
生贄として残された負傷者。老人に生存者はいない。
そのための生贄作戦の続行。
残る山賊をぶち転がせば、目撃者は誰もいなくなる。
「……その……すまないが、まだ生きている……」
地面からムクリ起き上がる少女。
足を引きずりながらも、サイクロプスマンに立ち向かった勇敢な少女。
そういえば、俺が助けたのだった。
これ以上の生贄は必要ないとか、イカス台詞を言った記憶がある。
……若気の至りというやつだ。
ついカッとなって助けてしまったが、今は反省している。
俺の活躍により山賊は全滅。
しかし、俺の奮闘も及ばず、老人、負傷者は哀れにも全滅。
これが今回の作戦の絶対条件。
何せ彼女の目の前で、俺は暴飲暴食を発動させている。
たとえ美少女といえど、生き残られては困るのが現実。
幸いにも──
「ニクーウメー」
ミーシャは食事に夢中。
「うおー逃がさんぞー待て待てー」
妖精さんは山賊を追いかけるのに夢中。
今なら少女が死んだとしても、気づく者は誰もいない。
「……そう」
覚悟を決めたのか目を閉じる少女に近づき。
俺は腕を振り下ろす。
ポカリッ
痛い。
その直前。俺の頭を蹴とばすのはシルフィア様。
少女の元まで飛ぶと、治療魔法を唱え始めていた。
「ありがとう……でも良いの?」
良いはずがない。
だが──良いのである。
「にゅ!」
少女を救う。
それこそがシルフィア様の選択。
それでこそ、俺が仕えるシルフィア様で。
そう決めたのであれば、俺は従うまでだ。
「分かった。誰にも喋らない。この命に賭けて誓う」
跪き剣を掲げる少女。
一人前に騎士の誓いでも気取っているのだろう。
自身の利益のために罪のない民を犠牲にする。
シルフィア様がそのような悪逆非道な輩であれば、俺は配下となっていない。
シルフィア様が持って生まれた仁の心。
それこそが、王の資質。
妖精キングダムの王が冷酷非道な悪鬼羅刹では、誰も着いては来ないだろう。
王は常に正道を歩むことこそが肝要なのだから。
だが、光には影が付き従うもの。
歴史上。平和の影には無数の犠牲が存在する。
いかな善政であろうとも、立場が変わる者からすれば、それは悪政となる。
魔族の統治が、人間にとっての地獄であるように。
いかにシルフィア様が善政を成そうとも、敵対する者は必ず現れる。
ならば、その敵対する者をどうするのか?
我らを害しようという者をも、生かすべきなのか?
いいや……そのためにこそ俺がいる。
光だけでは生きていけないのが人間。
闇もまた生きていくには必要なもの。
暗黒の異世界において、光り輝くのがシルフィア様だというのなら。
純白の理想郷において、黒き影となるのが俺の役目。軍師の仕事だ。
俺とシルフィア様が一心同体であるように。
闇と光もまた一心同体なのだから。
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名前:コーネリア
種族:美少女
LV:20
体力:100(600)
魔力:300(600)
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怪我を押してまでサイクロプスマンに立ち向かうだけあって、なかなかに強い。
怪我が完治すれば、そこそこの戦力にはなりそうだ。
「名前は?」
「コーネリア。Bランク冒険者。腕は立つ方……怪我してなければ」
聞かずとも能力は見えているが、それを言うわけにもいかない。
暴飲暴食は知られたが、その他の情報。
シルフィア様との契約のこと。
精霊の目のことなど。
いずれも公にできない情報ばかり。
信頼できる相手かどうか。
それを判断するのが俺の役目。
幸い王都まで距離はある。
その道中。もしもコーネリアが信頼できない相手となれば。
その時こそが闇の時間。俺の仕事というわけだ。