30.葬儀
食事を終えた俺たちはトータス村へ歩き出す。
歩きに歩いて、ようやく村の柵が見えて来た。
「はあ……お父さんお母さんに怒られるよ……無断外泊だもん」
健全な家庭で結構。
だが、その前に……
「ミーシャ。穴を掘ってくれないか?」
「アーウー。なんでアタシが…… ザクザク 掘ったわよ」
さすがは猿人ミーシャ。
体力だけは無駄にあるうえ疲労もない。
肉体労働に最適な人材といえよう。
「それじゃミーシャ。君は穴に埋まっていてくれ」
「ハア? 馬鹿ナノ?」
馬鹿なのはお前の方である。
ゾンビが村に入れようはずがない。
一般的に自我を持たないのがゾンビ。
持つのはただ生者への怨念のみ。
村に入ろうものなら即座に処分されるだろう。
そして、俺がゾンビを使役しているなど、知られて良いはずもない。
ゾンビは他のモンスターとは異なる別物。
自分の隣人が、愛しい人が、誰とも知れぬ者のおもちゃと成り果て襲い来る。
死者を操るとは、それだけ業の深い所業。
妖精キングダムの暗部。
決して表沙汰には出来ぬ闇の領域。
したがって──
ドン
「アウ?!」
ミーシャを突き落とし、その上から厳重に土を被せる。
「アウー! 出しなさいヨ!」
いかにミーシャとて、これだけ土砂を被せたのでは、自力で這い出ることは敵わない。
「ひどいよ……ミーシャちゃん。さっきみたいに隠れるだけで良かったのに」
全く非道ではない。
実に人道的。
基本。人の言うことを聞かないミーシャ。
隠れていろと言っても、間違いなく辺りを徘徊するだろう。
そうなれば、あっさり冒険者に見つかり始末されるのが落ちというもの。
加えて、今。トータス村に魔族の軍勢が迫っているという。
そんな中。
1人。ゾンビがウロウロしていたのでは、取って食われるだけの存在。
俺が被せる土は、ミーシャへの思いやり。
絶対の安全圏。地面に埋まっていれば、誰にも見つかることはないのだから。
ほどなくして、その声も聞こえない静寂が訪れる。
ふう……これで厄介者が静かになった。
「やっぱり嘘だぞー。今。やっかいものって言ったぞー」
言っていない。
思っただけだ。
妖精の目。
対象の心情をなんとなく読む。という。
いくら妖精さんとはいえ、人の心を読むのは止めていただきたい。
しかも、やっぱりとは何たる言いぐさ……
俺のことを何だと思っているのか?
「極悪非道の変態男だー」
シルフィア様の精霊アイはその上位互換。
なのだが、練度が不足しているのか、未だ他人の心情は読み取れない。
それでも──
「……ただいま」
ポカリ
「こんの馬鹿アリサ。無断外泊たーどういう了見だ?」
「ひーん。痛いよ。ごめんなさい」
それでも表情を。仕草を見れば分かる。
アリサの両親が、アリサを愛しているということを。
そんなアリサを戦いに。命のやり取りの場へ狩りだそうとする。
変態ではないが、確かに俺は極悪非道なのかもしれない。
「で、おめーは誰だ? まさかおめーがアリサを言いくるめて……」
「ち、ちがうよ。この人は、その、わたしが間違えて服を売った……」
「おう!? おめーが例の。すまんな。アリサの不注意で」
「気づかいは無用だ。おかげで活用させていただいている」
「いや……活用されては困るんだ。高級貴族以外が着用してはマズイ代物だからな」
それなら仕方がない。
血まみれとなった高級貴族御用達服を取り出し見せる。
「どういう使い方をしたんだ……儀礼用の服で戦闘には全く向いていないってのに……もう使い物にならん。おめーの方で処分しておけ」
アリサを自宅に送り届け、俺は衣料品店を後にする。
珍宝を届けるのは、アリサの冒険者登録は後日にするとしよう。
翌日。
爽やかに澄み渡る青空の下。
村の片隅。孤児院の庭でミーシャの葬儀が執り行われる。
さみしい葬儀。
参列するのは孤児院の者。
そしてアリサの姿だけだ。
「……ミーシャねえちゃん。ダメダメじゃん」
「冒険者になるって……有名になるってさ」
「やっぱり孤児じゃ何やってもダメなのね……」
孤児たちに悪気はない。
あれだけの才能を誇る。
ミーシャは孤児たちの希望だったのだろう。
そんなミーシャですら呆気なく死ぬのが現実。
ショックを受けるのも無理はない。
「これ! あなたたち! ミーシャちゃんを悪く言っては駄目!」
「でもさー。あっさり死んだんだろ?」
「それも初日だぜ?」
「もうちょっと頑張れると思ったのに」
ミーシャは孤児。家族なんていないと言っていた。
だが、ミーシャを連れ出した俺には参列する義務がある。
「ごめん。ミーシャ殿の葬儀はこちらか?」
「誰だ。あのおっさん?」
「血まみれやん」
「あれ? あの服……」
その身にまとうは、血まみれの高級貴族御用達服。
「それがしは、妖精キングダムの貴族。軍師。マサキである」
ミーシャは既に妖精キングダムの国賓。
ならば、高級貴族御用達服にて。
正装にて参列するのがせめてもの習わし。
「なんでそんな貴族が?」
「ミーシャとなんの関係が?」
「危険な関係?」
突然の来訪者に騒めく孤児たち。
「ミーシャ殿は我が友人だった。よければ責任者の方と話したいのだが、都合はつくだろうか?」
集まる少年たちに声を掛ける。
その中から姿を見せたのは、白髪の混じる老婆であった。
「すまない。ミーシャには才能があった。私が冒険者として連れ出したのだ」
「……そう……あなたが」
「モンスターを倒すと。張り切っていたのだ。が……相手が悪かった」
静かに俺の話を聞く老婆。
その口が開かれる。
「……あの子が孤児院に捨てられたのは、まだ6つの頃。育てるだけのお金がなかったのでしょうね。ボロだけを着ていたの」
両親の元。
幸せに暮らした俺には分からない。
「ほんとう。体力だけは凄かったの。子供たちのリーダー格で」
猿人の身体。
きっと毎日泥にまみれて遊ぶ悪ガキだったのだろう。
「だからね。学校でも喧嘩が絶えなかったの。孤児はね、学校ではイジメられるのよ。着る服もない親無しだって」
子供とは残酷な生き物。
悪意はなくとも、平気で相手を傷つける生き物。
「だから、あの子。冒険者になってお金を稼ぐんだって。孤児院をもっと立派に。子供たちがイジメられないようにって」
それきり、老婆は黙り込む。ただその肩だけを揺らして。
(アーウー……必要ない。家族なんていないわヨ……)
そう語るミーシャ。その寂し気な姿が思い起こされる。
アンデッド。ゾンビ。
もはや二度と平穏な暮らしを。
人としての暮らしが出来ないことを、誰よりミーシャ自身が分かっていたのだ。
ズドスッ
片手の槍を地面に突き立てる。
軍師となった俺に、人前で泣く事は許されない。
軍師が喜怒哀楽しては、付け入る隙を見せるだけだ。
軍師が有するのは、鋼の魂。
相手の感情をも利用する冷徹な打算の心。
だから俺はただ顔を伏せ詠唱する。
ポツリ。
参列者の頬を濡らす水。
「あれ? あんなに晴れていたのに……」
ゾンビとして蘇る。
それは、とても不幸なこと。
ただ生者を食らうだけの。
意志を持たない悪鬼。
とても不名誉な存在。
だからなのだ。
孤児院からゾンビが出たと知られないよう。
ゾンビとなった自分が迷惑をかけないよう。
ミーシャは家族などいないと言ったのだ。
青く広がる快晴の空。
それにも関わらず、辺りへ。
孤児院の庭に降りそそぐ雨粒。
「噂で聞いたことある」
「熟練の魔法使いは天候を操るって」
「そんな凄い魔法使いと。姉さまが一緒に」
これは天の涙。
天候をも操るのが軍師。
水魔法アクア・レイン。
「これを。100万円ある」
ミーシャが命を落としてまで獲得した金銭。
「これはミーシャの稼ぎだ。そしてミーシャの意志」
二度と孤児院には戻れなくとも、その想いは届けねばならない。
「あの子が本当に亡くなったなんて、今でも信じられないの。つい昨日。元気に出て行ったばかりなのに……」
あのじゃじゃ馬が。
死んだと言われて信じられないのも無理はない。
それでも。
信じられなくとも、現実は現実。
「勇敢だったのだ。どうか受け取って欲しい」
例え命が尽きようとも、その意志が受け継がれる限り。
その命は、その記憶は永遠に生き続ける。
だから、俺は頭を下げる。
「そうね。これがあの子の。ミーシャの残したもの……あの子のためにも頑張らないとね」
雨が上がる。
「ミーシャ……凄かったんだ」
「今度は俺たちが」
「ええ。ミーシャ姉さまの分も」
その空に、一筋の大きな虹を残して。




