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27.死者との契約


 激闘の終了と共に日は落ち、辺り一面を夜の帳が包み込む。


「えっく……えっく……」

「にゅう……」


 ただ嗚咽にむせび泣く2人の声だけが聞こえていた。


 平和な日本に暮らしていた俺に。

 アリサにかけるべき言葉はない。


 ミーシャを冒険者へと連れ出す原因となった俺に。

 アリサにかけるべき言葉はない。


 落ち込むシルフィア様。

 だが、俺たちの目標。

 妖精キングダムの建国。


 犠牲無くして成り立つ国など存在しない。

 国を作る。その過程において。

 今後も幾度も戦いが起こるだろう。

 今後も幾人もの犠牲が出るだろう。


 いかに俺が天才軍師だとしても。

 それは決して避けることが出来ない事象。


 ならば、俺は更に強くあらねばならない。


 領民を導くのも。

 犠牲を悼むのも。

 それは主であるシルフィア様の役割。


 何事にも感情を左右されず。

 何事にも冷徹な判断を下す。


 それこそが、軍師の役割。

 主を補佐し、影に生きる。

 それこそが、俺がある姿。


「……死体を」


 これまで泣くばかりだったアリサが呟いた。


「燃やさないと……魔族に……夜にはアンデッドに」


 魔族に殺された者は、アンデッド。生ける死体になるという。

 夜になればミーシャが、冒険者がゾンビと化すというのか?

 それが異世界のルールだと。


「そうか……アリサ。頼む」


 俺に火を起こすことは出来ない。

 俺は、シルフィア様は炎魔法を使うことが出来ないのだ。


「……はい」


 アリサは炎を灯す。

 冒険者の身体へと。


 燃えていく。4人の冒険者たち。

 ギルドマスターがミーシャの護衛に選んだ者たち。

 いずれも強者であったのだろうが……残念な結末。


 最後に残るはミーシャの身体。


「……」


 ミーシャを前に、動きを止めるアリサ。


 胸に開く大穴。おそらくスーパーオークマンの一撃。

 苦しむ暇もなかっただろう。それだけが心の慰め。


 幸いな事にその身体は、まだ綺麗なまま。

 胸の大穴さえなければ、今にも動き出しそうな程である。


 ガタ……ガタ……


 いや。まさに動き出そうとしていた。

 これが、アリサの言うアンデッド化。

 死してなお眠らせてはくれないとは、異世界も酷である。


────────────────────────────────────

名前:アンデッド・ミーシャ


体力:250(250)

魔力:50 (50)

────────────────────────────────────


 青白い顔に生気はない。

 ……だが、知能はどうなのだろう?

 生前の記憶は残るのだろうか?


「……ミーシャちゃん……わたしだよ? アリサだよ?」


「アー……ウー」


 残るはずがない。


 記憶が、知能が残るのなら、それは死ではない。

 誰もが死を、アンデッド化を恐れるはずがない。


「アー……ウー」


 ぎこちない動きで、アリサにしがみ付こうとするミーシャ。

 俺はその腕を受け止め、その身体を抱き止める。


 氷のように冷たく冷えた身体。

 やはりただのモンスターでしかない。

 処分するより他にない……


 いや!

 ミーシャがモンスターだというのなら──

 シルフィア様は? 妖精さんは? どうなのだ?


 村の人間は、シルフィア様を。

 妖精さんをモンスターだと呼んでいた。


 そして、2人を連れた俺を──


「ごめんね……ミーシャちゃん……いま……楽にしてあげるから」


 抱きとめるミーシャの身体へと、アリサが手を伸ばす。

 手に宿る魔法の炎と共に。


 村の連中は、俺をモンスターを使役する者。

 魔物使いだと呼んだのだ。


 ならば同じモンスター。

 魔物使いである俺に、扱えないはずがない!


「待った!」


 俺は近づくアリサの手を、寸での所で制していた。


「……? どうして? もうミーシャちゃんを休ませて……」


 といっても、どうしたものか……

 シルフィア様が扱えるモンスターは、自身のダンジョンで生み出したモンスターだけ。

 つまり妖精さんだけなのだ。

 ゾンビなど、どうやって使役したものか。


「うおーい。だいじょぶかー!」


 深夜にもかかわらず、闇夜の森にもかかわらず。

 俺たちの元まで近づく光があった。


 妖精さんだ。


「援軍を頼んだぞー。でも、明るくなるまで無理だー。だって」


 無理もない。

 だからこそ俺が急行したのだ。


 その成果がゾンビでしかないとはな……


 待てよ?

 そういえば、俺が異世界に来た日。

 妖精さんは俺に何と言った?


(おいらが助けてやるよー)

(おいらたちと契約すると、魔法が使えるようになるんだー)


 ということは……

 しかし、はたして良いのだろうか?


 死者はただ死者として。

 自然のままに還すのが道義である。

 少々不敬な気もするが……いや。


 何事にも感情を左右されず。

 何事にも冷徹な判断を下す。


 それが俺の役割。


 我らが妖精キングダムには、ミーシャの戦力が必要。

 そうであれば、躊躇う必要などどこにもない。


「……妖精さん。ミーシャと契約してくれ」


「お? おおぉ? でも、ゾンビだぞー?」


 妖精さんと契約した者は、お互いの能力を共有。

 契約者は、妖精さんの魔力を扱うことができる代償に、妖精さんの支配下に置かれるのだ。


 例え知能のないゾンビであっても。

 シルフィア様の。ひいては俺の命令に背くことはできなくなる。


「ゾンビはなー。クルクルパーなんだぞー? おいら嫌だぞー」


 妖精さん。思いっきり俺に背いているな……


「いいか? 妖精さん。ゾンビは確かにクルクルパーだ。だが、何か問題があるか?」


「お喋りできないぞー。ツマランぞー。それに臭くなるぞー」


 くだらん。


「俺とシルフィア様がいるだろう? それにな。ゾンビはタフだ。頑丈なんだ。妖精さんの低い体力を補うには、これ以上ない存在だろう?」


 臭いのは消臭スプレーで。

 いや、風魔法で何とかなるだろう。


「えー。なんかダサイぞ-? ゾンビと契約なんて。おいら他の仲間に馬鹿にされるぞー」


 失礼なことを言う奴だ。


「いいか? 妖精さん。ゾンビの何がダサイのか? ゾンビ映画もゾンビゲームも俺の故郷では大人気だぞ? 時代の最先端。流行の最前線。今。最もオシャレで最もホットなのがゾンビだぞ?」


「ほんとかー? 嘘くさいが信じていいのかー?」


 若干誇張は混じるが、おおむね本当である。

 そもそも妖精さんなら、妖精の目で俺の嘘が分かるはず。

 だから俺は誠実に答えるのだ。


 それでも、なかなかしぶとい妖精さんの抵抗。


「にゅ!」


「お、おう……分かったぞー」


 それもシルフィア様の鶴の一声にて終着する。

 最初から、シルフィア様に頼めば良かったか……


「……あの。契約って? ミーシャちゃんに何をする気なの?」


 俺の使い魔として。

 奴隷としてこき使う。

 など言おうものなら、アリサは俺を殺そうとしかねない。


「黙って見ていることだ」


 抱きとめる俺の腕をはがそうと、もがくアンデッドミーシャ。

 もちろん俺の体力に敵うはずがない。


 ミーシャの額に、妖精さんが口づける。

 ……しかし、何も反応はない。


「駄目だー。やっぱりクルクルパーが相手じゃ無理だぞー」


 契約にはお互いの了承が必要。

 意志がないのでは契約しようがないということか。


「アリサ。ミーシャに呼びかけてみてくれ」


 ゾンビになったといっても、つい先ほどの話。

 まだ少しは自我が残っていても不思議はない。

 俺は駄目元でアリサに頼んでみる。


「ミーシャちゃんは死んだんだよ。ゾンビなんて……これはミーシャちゃんじゃない!」


 しかし、アリサはミーシャを否定する。


 ゾンビになるというのは不名誉なこと。

 死ぬだけならともかく、魔族の手先として。

 守ろうとした民を、家族をも、自身の手にかける魔物となる。


 いわば裏切り行為。生への反逆者。

 確かに不名誉なことかもしれない。

 それでも、不名誉なことではない。


「ミーシャだ! ゾンビだろうが何だろうが。これはミーシャだ!」


 誰もなりたくてゾンビとなったのではない。

 守るため。命をかけて戦った結果なのだから。


 辛くても、忘れてはならない。

 ミーシャの死を。その奮闘を。


「そうだよ! ミーシャちゃんだよ! でも……死んでゾンビに……駄目だよ。だから……わたしが!」


 アリサは手に宿す炎をミーシャへ近づける。

 どうあってもゾンビを見逃すつもりはない。

 親友だからこそ。ゾンビとなり、他の人間を襲う姿を見たくないのだ。


「ミーシャは死んではいない。ゾンビとして生きている。ゾンビの何が駄目なのか! ミーシャ! お前はミーシャだ!」


 人の死。

 それは誰の記憶から忘れ去られること。


 覚えている人がいるのなら。

 死んだとしても、心の中に。

 歴史に生き続けるのだから。


 今。ミーシャを覚えている者が、ここにいる。だから。


「ミーシャ! 生きたいのなら契約しろ! 妖精さんを受け入れろ!」

「ミーシャちゃん! 今。楽にしてあげるから……今! 私が殺してあげるから!」


 ゾンビとしての本能か。

 腕の中。炎から逃れようと暴れるミーシャを抑え込み、その耳元に怒鳴りつける。


 ピカリーン


 瞬間。ミーシャの身体に光が満ち、消えていく。


「お? おお! 契約完了だぞー! どうなったんだー?」


────────────────────────────────────

名前:アンデッドミーシャ+妖精さん

レベル:15

体力:310

魔力:500


スキル:

 光魔法: D

 風魔法: C

 水魔法: D

 キック: B


特殊スキル:

 妖精の目 :対象の心情、能力をなんとなく見る。

 アンデッド:不老。痛覚無効。体力自動回復E。

 猿人   :獣のごとき身体能力を得る。


────────────────────────────────────


 妖精さんはダンジョンコアから生まれたモンスター。

 その影響だろう、全ての能力を見ることができる。


 猿人。

 これでミーシャの身体能力の高さの秘訣が判明した。


 やはり得難い人材。

 俺の見立てに狂いはない。


「ミーシャ。大人しくしてくれ」


 俺の言葉に腕を振り回し暴れるミーシャが、その動きを止めていた。

 抱き止める腕を離した今も、ただミーシャはその場に直立したまま。


「……ミーシャちゃん? ミーシャちゃん! わたしの言葉が分かるの? 大丈夫なの!」


 しかし、呼びかけるアリサの言葉には、一切の反応を示さない。


 契約を受け入れたのは、ゾンビとしての生存本能が働いただけなのか?


 今のミーシャはただのアンデッド。

 そこには、知能も記憶も存在しない。

 ただ、俺の。主の命令に従う本能だけが残る操り人形。


 だが……


「ミーシャちゃん。ごめんなさい。わたしが喧嘩なんてしたから。1人にしてごめんなさい」


 抱きしめるアリサ。

 その時。ミーシャの頬を一筋の滴が流れ落ちる。


「アー……ウー……ア……アリサ……」


「ミーシャちゃん? ミーシャちゃん!」


 ミーシャもまた、恐る恐るアリサの身体に腕を回していた。


「アー……ゴメン……悪いのはアタシ……だよ……ウー」


 お互いを抱きしめ涙を流す2人。


 忘れていたが、ここは異世界。

 地球の。日本の常識では図れない神秘の世界。


 魔法も……奇跡もある世界。


 なかでもシルフィア様は、ダンジョンマスターにして精霊様。

 神秘の中の神秘。魔法使いの中の魔法使い。

 不可能を可能に。奇跡を起こすのが魔法使い。


 ならば、これは奇跡ではない。これは当然の結末。

 シルフィア様が使い魔に与えた救い。加護なのだ。


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