18.お肉
門を守る兵士との力比べに勝利した。
外出許可を得た俺たちは村を出る。
風がざわめき肌がざわつく。
ここは安全な村の中ではない。
いつモンスターが襲って来るか分からない辺境の地。
失った左腕に痛みが走る。
これは幻痛。今さら痛みなどないはずなのに。
失った時の恐怖を思い出しているとでもいうのか。
この痛みは俺を縛る枷。
若かりし頃の忌まわしき過去。
慎重になれと俺を戒める警鐘。
ならば用心して進まねばならない。
周囲一面。全てが敵のテリトリー。
「じゃ、こっちね。行くよ!」
「待ってよー」
などと感傷に浸る俺を余所に、2人はさっさと歩き出す。
「待て待て! うかつに動き回っては危険だ。ここは警戒しつつだな……」
「はあ? なに言ってんのよ。村の西は弱いモンスターだけなんだから楽勝よ」
なんだと?
「あんた……まさか備えもなしに東へ行ったの?」
「東に向かうのなんて、パーティを組んだ冒険者たちくらいだよねー」
俺も冒険者にして、シルフィア様とパーティを組んでいる。
何も間違ってはいない。
「間違ってるに決まってるじゃない。現に大怪我してるんだから」
「大きな猛獣が出るんだから、小さなシルフィア様じゃ無理だよー」
おのれ……知力20の割にはもっともな意見を……
しかし、そういう事であれば、配下の忠言を受け止めるのもまた主君の度量。
「分かった。それじゃ西へ向かおう」
「は? 向かおうも何も、あんた。門を通るのに必要だっただけだし。もう用済みなんだけど?」
なんだと?
「もう。駄目だって。2人じゃ危ないよ。ミーシャはああ言ってるけどマサキさん。行きましょうよ」
そう言って俺の手を引くアリサ。
知力20のミーシャに比べて、アリサのなんと利口であることか。
雑魚は自分を知る。弱いからこそ物事を成すにも慎重になるもの。
それに比べて
「とりゃー。モンスターしねーーー!」
さっそく見つけたウサギのようなモンスターを追い回すミーシャ。
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名前:ウサギマン
体力:40
魔力:40
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まるで肉食獣。
ただ草を食べていたウサギさんが可愛そうである。
「なによ。やっぱり雑魚じゃない。次よ次」
いや。肉食獣以下。
ミーシャは叩きのめしたウサギさんを捨て、新たな獲物を求めて駆け回っていた。
「ミーシャ君。獲物を追い回すのも良いが、魔石は回収しないのか?」
「はあ? ウサギマンなんてお金にすらならないじゃない。あげるわよ」
これではウサギさんも浮かばれない。
肉食獣は倒した獲物を食するため。生きるために倒すのだ。
せめて魔石だけでも回収してやらねば、何のために死んだのか分からない。
ザクザク
そんな倒れるウサギマンの死体。
包丁片手にアリサはザクザク切り刻んでいた。
「せっかくだから、みんなで焼いて食べようよ」
なんとよく出来た少女であろうか。感動である。
炎魔法だろう。
手の平から出した火で薪を燃やして、ウサギマンの肉を入れる。
「マサキさんも、シルフィア様も。どうぞ」
パクリ……うむ。マズイ。
お金にならないというのも納得だ。
自分も肉を食べるアリサ。
その不味さに驚いたのだろう。
「……やっぱりおいしくないです。ね。ごめんなさい」
食べ物の価値は、味が全てというわけではない。
そうであれば、健康食品など販売されてはいないのだから。
例え不味かろうが、栄養があるなら、それは価値あるもの。
「いや。おいしいよ。ありがとう」
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獲得スキル
草食:F(NEW)
草を食べた際の消化速度・栄養摂取量が上昇する。
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俺は心からアリサに礼を述べる。
ウサギマンの肉は栄養満点。
アリサの料理のおかげで、新たなスキルを習得する事ができたのだから。
「え? あ、そんな……お礼を言われるようなことじゃ。シルフィア様も」
こちらは心底美味しそうにウサギマン肉を食べるシルフィア様。
これが美味しいという事は、普段食べている魔石はどれだけマズイのか……
しかし肉を食べてベジタリアンに目覚めるとはな……
はたしてどのようなスキルなのか?
適当に付近の草でも食べるとしよう。
パクリ……マズイ。
何が変わったのか分からないが、強くなったのは間違いない。
「それがウサギマンの魔石か。小さいな」
食べ終えたウサギマンの死骸と同時に残る1つの魔石。
アリサの調理を見ていて気づいた事が1つある。
ウサギマンには、心臓がないという。
いや。心臓のあるべき位置に魔石があるのだ。
という事は、この魔石がモンスターの心臓。核。魔力の源。
「ウサギマンの魔石。100円くらいだそうです」
ミーシャが捨て置くのも当然。
わざわざ取り出す手間に比べて、全く対価が釣り合わない。
「では私が買い取ろう。100円だ」
飴玉程度の大きさ。
ウサギマン肉でお腹のふくれたシルフィア様のおやつに丁度良い。
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体力:260
魔力:51 ↑1
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魔力が1増えた。
100円で1増えるなら非常にコストが良い。
ウサギマン。馬鹿にできない獲物。
お店で見かけたら買い占めてみるのも一興だ。
「あんた達。なに食べてるのよ? 食べるならこれよ。イノシシマン!」
どこをほっつき歩いていたのか、戻るミーシャの肩に大きなイノシシが抱えられていた。
「ふわー! ミーシャちゃん。凄い! イノシシマンって兵隊さんでも怪我する相手だよ。大丈夫なの?」
「ちょっと突かれた程度よ。なんてことないわ」
戦闘にも耐えられるよう、上下お揃いの皮で作られた服を身にまとうミーシャ。
その脇腹部分に穴が開き、血がにじんでいた。
イノシシの牙で突かれて、よくその程度で済んだもんだ。
「たいへんたいへん! や、薬草だよー」
「もったいないわ。舐めときゃ平気よ」
まさに猛獣の発想。
どちらがモンスターか分かったものではない。
ふよふよとシルフィア様が光魔法を発動。
とりあえず血は止まった模様だ。
「……ありがとう。シルフィア。さま」
一応はこれでも少女。
凶暴な上に傷跡だらけとあっては、嫁の行く宛がなくなるというものだ。
「お礼に。これ。イノシシマンの肉。高いのよ?」
いつの間にかアリサが切り刻んだイノシシマン肉を手に取り、シルフィア様に差し出すミーシャ。
これまた生で美味しそうに食べるシルフィア様。
生は寄生虫や病気が……って、シルフィア様と俺は一心同体。
同じスキルを共有している。
暴飲暴食のスキル効果。
何を食べようが病気にも寄生虫にも掛からないので大丈夫か。
それは良いが、現地の人たちは生で食べて大丈夫なのだろうか?
「モンスターの肉。生で食べて大丈夫なのか?」
「? なにが? 焼くのも美味しいけど生もいけるのよ? あんた知らないの?」
まるで俺が美食を知らない田舎者と言わんばかりの反応。
おのれ……生でパクパクどちらが田舎者なのか?
まあ魔法のある異世界。魔法の力で平気なのだろう。
なあに。かえって免疫が付くってやつだ。
それなら俺も食べてみるか。
生イノシシマン肉に伸ばす俺の手が、バシリと叩かれる。
「あんた。なんにも働いてないわよね? あんたは草でも食べてなさい」
なんという理不尽。
だが、言われてみればそうかもしれない。
「駄目だよ。ここまで連れて来てくれたのに。はい。マサキさんも」
天使だ。
アリサの手からパクリと食べるイノシシマン肉。
うまい。
もはやミーシャなど不要。
妖精キングダムが誇る五虎猛将軍。
第一の将軍はアリサに決定だ。
「いえ。わたし戦えませんから……」




