1.異世界へ転移
俺の名前は有野 将生。(アリノ マサキ)
イケメンにして天才を自負する35歳。
未だ独身の平凡なサラリーマンである。
……イケメンで天才のはずが何故?
その理由は単純。
現実の俺はイケメンでも天才でもないからだ。
ならばイケメンで天才というのは嘘なのか?
それは本当。ただしゲームの中に限る。だが。
ゲームの中の俺は、悪をバッタバッタとなぎ倒すイケメンヒーロー。
ゲームの中の俺は、敵国をボッコボッコに征服する天才軍師である。
残念ながら俺という天才を受け止めるには、現実世界は狭すぎた……
早くVRゲームが実現しないものか……出来ればエロイ奴で頼む。
などと妄想をたくましくしながらも平和な生活を満喫していた俺だが、運悪く熱病に感染してしまった。
看病してくれる人は誰もいない。結果、死んだ。
「ここは……どこだ?」
死んだはずの俺は、気づくと森の中で寝ていた。
立ち並ぶ木々の間隔は広く、頭上からの光も十分。
静謐な雰囲気すら感じる森。
死ぬ前に感じた苦しみも焦りも何もない。
今の俺にあるのは、穏やかな気持ちだけ。
「もしかして天国か? 死後の世界なんて本当にあったのか……」
そういうことであれば、せっかくの天国。
このまま寝ていても勿体ない。
周囲を探索してみるとしよう。
しばらく歩くと、木立の間から泉が見えると同時に話し声が聞こえてくる。
泉の中心には女性が佇んでおり、その周囲を小さな少女。
いうなれば、人形サイズの少女がたくさん飛びまわっていた。
明らかに常識では考えられない光景。
ここが天国だとするならば、これは女神様と天使であろうか?
それにしても美しい女性だ。
腰まで届く金色の髪に、白色のワンピース。
泉の雰囲気とあいまって、まさに女神といったいでたち。
このまま水浴びする姿を覗き見るのも乙なものである。
だが……ちょっと待て。
それではゲームに引きこもる前世と何も変わらない。
他人との関わりを避けた結果。
誰の助けも得られず、あっさり死ぬ事となったのだ。
いかに俺が天才であろうとも、一人で生きていくのは無理という事。
つまり、出来ればこ、こ、恋人なんかも作ってみたい。と思うのだ。
とにかく、ここはたまたま通りがかった風を装い挨拶するべき場面。
本来、俺のような中年男が美少女に声をかけるなど危険極まりない行為。
それでも、ここは天国で相手は女神様。
優しく応えてくださるはずだ……おそらく。
とにかく!
俺はすでに一度死んだ身。今さら恐れるものは何もない。
ゴソゴソ茂みをかきわけ泉へ近づくことにした。
「ようこそ。妖精の泉へ」
突然あらわれた俺の姿に驚くことなく、女神様らしき人物が声をかけてきた。
茂みに潜んでいた時点から、とうに気づいていたとみえる。
危ないところであった。あのまま覗いていれば変質者コースで刑務所行き。
やはり勇気を出して正解だったというわけか。
「どうも。こ、こんにちは」
いざ女神様を前にするのだ。
気の利いた返事を返したい所だが、いかに俺といえども緊張する。
それでも俺の挨拶に反応してか、周囲を飛び回る少女たちが群がってきていた。
「なんだこいつー」
「なんか変なやつだー」
「あれー人間だぞーこいつ?」
存外、口が悪い。
女神様のような女性は、妖精の泉と言っていた。
ということは、この人形サイズの少女たちは、天使ではなく妖精。
それなら口が悪いのも仕方がない。
総勢20人ほどの妖精が飛び回る。
そんな中、俺はなんとはなしに片手を前に差し出してみた。
「なんだー? なんだー?」
上手いぐあいに1人の妖精が俺の手の平に降り立っていた。
全長は10センチ程。フィギュアみたいで非常に可愛い姿。
これだけの数がいるのだ。
1人ぐらいお持ち帰りしてもバレないのではないか?
可愛い衣装に着せ替えて、自宅に飾ってみたいものである。
「こいつ変なこと考えてるぞー」
「へんだー変態だー」
確かに頭の中では妙な事を考えているが、人間、大事なのは外見である。
幸いにして外見はイケメン……とまではいかないまでも平凡である俺。
一見しただけでは変態であると見抜かれない自信がある。
その俺の内面を。
むっつり変態である事実を初対面で見抜くとは……
まさか俺の考えている事が分かるのだろうか?
「妖精は相手が何を考えているのか、なんとなく分かります」
いつの間にか近くにいた女神様が、俺の疑問に答えてくれていた。
「そうなんですか? しかし、私は変態ではないと思うのですが……」
「それと、相手が嘘をついているかどうかも、分かります」
マジかよ……
だが、それを知ってなお、距離を置くでもない女神様。
もしかするとだが、変わった人が好みなのだろうか?
であれば、まだ脈はある。
気を取り直して色々話を続けてみるとしよう。
「えっと、すみません。すこしお聞きしてもよろしいですか?」
「その前に、まずはあなたの自己紹介を聞かせてください」
「あ、はい。私は有野将生といいます。少しお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「はい。なんなりと」
「さきほど妖精の泉と聞こえました。気を悪くしたら申し訳ないのですが、あなた方は妖精なのでしょうか?」
「私は精霊のシルフィアです」
女神様かと思ったが、精霊さんの模様である。
どちらににしろ、神々しいほどの美人であることに違いはない。
「精霊のシルフィアさん。では、周囲を飛び回っているのが妖精でしょうか?」
何やら俺の返答が気にいらないのか、シルフィアは綺麗な顔を歪めるとポツリ呟いた。
「……シルフィア様」
確かに高貴なオーラを発する精霊である女性。
一介の平民である俺が、軽々しくさん付けで呼ぶのは、よろしくない。
気分を害するのも当然といえよう。
「すみません。シルフィア様」
「でしたら、そのとおりです。ですが、妖精を知らないとは驚きです」
驚くのは俺の方である。
だが、天国では妖精の存在は常識なのだろう。
「私の住む国、といいますか、地球には妖精がいなかったもので……ここは天国なのでしょうか?」
「天国? どこか変わった人間だと思えば貴方……」
それまで物憂げに俺の話を聞いていたシルフィア様が、俺の顔を正面から見つめていた。
「なるほど……普通の人間ではありませんね」
「いえ、普通の人間です」
「そうですか? ここはフィール国の近く。深き森にある妖精の泉。貴方にとっては、異世界という事になるのでしょうね」
「確かにフィール国、深き森というのは初めて聞く名称です……しかし異世界ですか」
天国ではなく異世界だという。
輪廻転生。生まれ変わりでもしたのだろうか?
いや。妖精の泉に映る俺の顔形は、生前の記憶のまま。
35歳という中年のまま、異世界に来てしまったようである。
幸いにも俺はそういったフィクションの物語に詳しい。
人間、どのような趣味が役に立つか分からないものだ。
となると気になるのは──
「もしかして……シルフィア様は魔法を使えたりしますか?」
「もちろんです。生きていく上において魔法は常識。その年になって魔法を知らないなど、普通の人間ではありえません」
どうやら俺は普通ではないようだ。
それより問題は、ここでは誰もが魔法を使えるという。
つまり俺は、いわゆる剣と魔法のファンタジー世界に紛れ込んでしまったという事だ。
「となりますと、私はこの世界について全く知識がありません。よろしければ色々教えていただけないでしょうか?」
「構いませんよ。私も貴方に興味があります。まずは何を知りたいのです?」
右も左も分からない異世界。
生きるためには、身を守る手段を確立する必要がある。
「魔法です。私も魔法を使うことが出来るでしょうか?」
そのためにも、まず知るべきは魔法。
地球に存在しない未知の技術を知らねばならない。
ついでにいうなら、俺はMMOゲームなどでは、魔法使いのロールを得意としていた。
ゲームと同じというわけにはいかないだろうが、魔法が使えるのであれば、無双する自信がある。
何の根拠もない自信だが、そうでも思わねば勝手の異なる異世界で生きてはいけない。
「もちろんです。魔法を使えない人はいません。ですが……不思議です。貴方の身体から一切の魔力を感じません」
「それは……私がこの世界の人間じゃないからでしょうか?」
「そうかもしれません。いま言えることは、貴方は魔法を使えない。ということです」
早くも魔法無双終了のお知らせか……
ま、まあゲームでは戦士のロールも得意だし?
「魔法が全く使えない人間はゴミです。カスです。ウ○コです。死んで生まれ変わりに賭けた方が良いかもしれません」
ヒドイ言われようである。
それでも、シルフィア様のような美人に言われるならアリかもしれない。
「うーん……もう少しオブラートに包んでもらえませんかね」
だが、まあ、少しは嫌がる振りをしておかないとな。
シルフィア様に変態だと誤解されても困る。
「やっぱり変態だー。この男、責められて喜んでいるぞー」
俺の手の平に座っていた妖精。
そういえば考えていることが分かると言っていたな。
だとしても、余計なことを言うものじゃない。
ピシッ
「ふぎゃっ」
デコピン一発。口封じである。
「コホン。普通ならゴミカスの貴方ですが……ここで私に出会えた貴方は非常に幸運と言えるでしょう」
「といいますと……何か手助けしてくれるのでしょうか?」
「おいらが助けてやるよー」
デコピンから立ち直ったのか、手の平の妖精がピョコピョコ跳ねていた。
「えっ! 妖精さんが助けてくれるの?」
「おいらたちと契約すると、魔法が使えるようになるんだー」
なんという幸運。
小さくて可愛い上に魔法を使えるようにしてくれるなんて、最高の相棒といえよう。
「それは凄い! ぜひお願いします!」
手の平で跳ねる妖精さん。その頭を優しく撫でてみる。
人形みたいな外見だが、人間そっくりの感触……
もしかしてお尻も人間と同様、柔らかいのであろうか?
そのような卑猥な行為。俺の本意ではないが、パートナーになるというなら知っておく必要がある。
そうと悟られないよう、妖精さんのお尻へ指を伸ばそうとする俺だったが──
「駄目です。貴方と妖精の契約は許可しません」
シルフィア様が厳しい口調で拒絶すると同時に突風が吹き、手の平の妖精さんは吹き飛ばされてしまっていた。
「ああ! 妖精さんが! お尻が……」
先ほどまで穏やかだったシルフィア様が、現在は厳しい雰囲気をかもしだしていた。
何か機嫌を損ねでもしたのであろうか?
とにかく俺が異世界で生きていくには魔法は必須。
何とかお伺いをたてねばなるまい。
「出来れば妖精さんと契約して魔法を使ってみたいのですが、駄目でしょうか?」
「駄目に決まっています。そもそも、私に出会えた貴方は非常に幸運だと言ったはずです」
「えっと……どういう事でしょうか?」
「今回に限り私。精霊のシルフィアが契約して差し上げます」
「……マジでしょうか!?」