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第六十一話 休日② 後編

防具屋に入った俺はまたも嫌な視線にさらされた。

正直、もううんざりだ。

面倒くさいので防具を見る3人やそれに付き添うリリスとしばし別れて人のいない場所に移動する。

リリスは俺の後をついて来ようとしていたが、丁重にお断り頂いた。


理由は、武器と違い防具の性能は少しわかりづらいからだ。

素材や魔法石の質などで効果や性能、能力が違うことは同じなのだが、武器と違って防具は早い段階から付加効果の付いたものが多い。

それは、武器と違って防具は比較的柔らかい素材を使用しやすいからだ。

魔獣の皮や毛、鱗に牙、骨などと防具に使用される部分は多い。

それに対して武器は基本的に硬い素材でないと使えない。

毛や皮は基本的に論外だし、鱗や骨、牙等もある程度の大きさがないと使えない。


そんな理由から、防具は武器よりもさまざまな素材が使われるので、そのバリエーションは武器以上に存在する。

それはつまり、効果も性能も能力もそれだけ多岐に渡るということだ。

単純に防御だけが欲しいのならば、まだそれほど高級な素材が使われない現段階ならば鋼鉄製の鎧だけでもいいだろう。

しかし、機動力や様々な属性耐性や状態異常の耐性を考慮に入れて考えるならば、魔獣の素材が使われた装備もありだ。


特に、遊撃手であるセリスなんかは防御力と機動力の兼ね合いが重要になるし、後方支援系のアリスは防具によって武器であるメイス以外にも装備による魔法の威力向上も視野に入れる必要性が出てくる。

アーシェにしても、今のダンジョンを攻略するならばアンデットや死霊系の魔物に有効な装備を選ぶという選択肢もあるし、この街の隣にあるという下級用のダンジョンにはコボルトやミノタウルスと言った半人半獣の魔物に有効な装備でもいいかもしれない。

そう言った面からリリスの助言は彼女達にとって有益だろう。


「ふぅ。やはり徹夜明けには少しきついな。」


そんなこと思いながら俺は少し眠ることにしたのだった。




アルトが眠りについた一分後、アルトが寝たことを確認してから俺はその体の主導権を得た。

その瞬間、アルトの赤黒い髪の色が深紅へと変貌を遂げる。


「寝たか・・・」


目を開けて、ゆっくりと起き上がると俺は体の調子を確認するように腕を振る。

開かれた目の色も髪の色同様。深紅の光を放っている。


(問題ないな。じゃ、行くか。)


「(待て、どこに行くつもりだ。)」


そんな俺に話しかける者が1人。

当然、周囲にいる誰かではない。

話しかけてくる人物は体の中に居る。

アルトがこの世界に来た影響で生まれたアルトの第二人格にして俺にとって兄の様な存在でもあるドッペルだ。

彼はアルトに忠実でリリスに恋心を抱く少女趣味ロリコンだ。


「(固いこと言わないでくれよ。別にいいだろ?アルトは寝てるんだしさ。)」


「(お前な・・・ 以前にそれをして酷い目にあったのを忘れたのか?)」


ドッペルは俺に以前に行ったアルトの体を使っての行動の顛末に対する罰について述べているのだろう。

確かに、あの時のアルトから受けた制裁は正直言って思い出すだけで失禁しそうではある。

さすがは、魔人であるこの俺を屈服させた人なだけはある。


「(しかし、アルトが起こっていたのは勝手な真似をしたことであって体を使ったことではない。)」


「(勝手に体を使うことも『勝手な事』に入るんじゃないのか?)」


そう言ってドッペルは俺の行動を注意する。

口煩い兄貴分を持つと色々と面倒だ。


「(ええい!黙れ黙れ!俺は自由を手に入れる!!)」


俺はドッペルの言葉を無視して店の外へと駆けだした。

ドッペルの奴は深いため息を一つつくと仕方がない奴だと頭を抱えて引っ込んだ。

俺と無駄な争いを行って精神世界で寝ているアルトを起こす愚を犯す気はないらしい。

こうして、俺は自由を手に入れた!


自由を手に入れた俺の足取りは軽い。

なにせ久々の体だ。

兄妹の中で最弱である俺はなかなか体を手にする機会がない。

アルトが霊体となって体の外に出た後は基本的にドッペルが体を使うからな。


おっと、いけない。

言い忘れていたが、髪の毛は頭にタオルをターバンのように巻くことで隠している。

こうしていないと髪の色で俺が表に出ていることがバレてしまう。

そうなれば、リリスがやってきて俺の自由な時間が終わってしまうことだろう。

目の色は正面からマジマジと見られない限りは気づかれないだろう。


この世界には赤い髪や赤い瞳の存在は魔人以外に存在しない。

しかし、オレンジ色や赤に近い感じの色合いの者はいる。

それでも、魔人の髪は紅く発光しているので一目見ればわかるが、赤い瞳は正面から見なければまずわからないだろう。


(さて、まずは飯からだな。)


今日のアルトは徹夜明けで体調が悪かった。

おかげで、朝食はいつもより少なめだった。

お腹の具合的にはまだまだ余裕がある。


「さて、何を食べるか・・・」


防具屋を後にした俺は美味しい食事を求めてさ迷い歩く。

精神世界でもアルトの食べている食事の味はなんとなくわからないこともないのだが、やはり自分で食事をするのとそうでないのとでは全く違う。


「(しかし、金はあるのか?確か、リリスさんに道具を返した時にお金を払ってスッカラカンじゃなかったか?)」


ドッペルがそう言って所持金について尋ねくる。

確かに、お金がなければ何もできないのが世の中だ。

何とも世知辛く面倒くさい。

力で奪っていいのならば俺ならば簡単にできると思うのだが・・・


「(残念だが、お前みたいな雑魚は俺一人でも瞬殺できるぞ?)」


俺の不届きな考えをドッペルが一喝する。

クソ!どうして魔人の俺が三兄弟の末っ子で最弱なんだ・・・!


「(馬鹿だからだな。)」


ドッペルの辛辣な一言がぐっさりと刺さった。

まぁしかしいいだろう。

そう思っていられるのも今の内だ。

俺が何の考えもなく食事に行こうと思っているだなど思わないで欲しい。


「(ほう、何か策でもあるのか?)」


「(もちろんだよ!)」


そう言って俺はマジックバックから銀貨を一枚取り出した。

といっても、マジックバックのサイドについている普通のポケットの中から取り出している。

フフフ。もしもの時のためにアルトが隠しているへそくりの場所位はしっかりと確認済みさ!

というか、本当に素寒貧になっていたらそれこそリリスに頼ることになる。

そんな馬鹿なことをあのアルトがするわけがないのだ!!


(こいつも知ってたのか・・・)


ドッペルは他にもアルトが隠している財産があることは知っているがそのことは黙っておいた。


「(へへへ!コイツはやらないからな!)」


その視線をクルトはドッペルが羨ましそうに見つめていると勘違いして銀貨を隠す様に持つ。

その仕草から、おそらくクルトはその銀貨の居場所以外は知らないんだろうなとドッペルは推測すると哀れみの目を向けて一つため息をついてから「好きにしろ」と言って精神世界の奥底に帰って行った。


「さて、これで邪魔者はいなくなった。行くか。」


俺は適当な飯屋に入って食事を取る。

アルトの奴は甘党の為か。

あまり辛い物を食べない。

だが、俺は辛党だ。


なので、今回の食事は辛い物を注文することにした。


「お待たせしました。」


注文してしばらく経つとお目当ての料理が届いた。

アルトの記憶にない聞いたことのない料理だったが、料理の補足欄にどんな料理か書いてあったおかげでこれが辛い物だということは分かった。


(見た目もすごく赤いな・・・)


アルトの記憶を辿ってもここまで真っ赤な料理は見たことがない。

唐辛子なのだろうか?

この世界にも唐辛子があるのか?

などと考えつつ、スプーンですくって一口。


「辛?!」


思わず、声が出てしまった。

おお、なんだこれ。

たった一口で舌がヒリヒリする・・・。

こんなに辛いのか。


辛党っていったけど。

実際は辛いの食べるの初めてなんだが、大丈夫だろうか。

いや、アルトの記憶を見た中でも俺は辛いのが結構好きだ。

なにより、アルトの苦手な物が得意だなんて奴に一つ大きなアドバンテージじゃないか?


(よし。頑張って完食しよう。)


そう思って喜び勇んでまた一口、一口と食べ進める。








(うおおお・・・)


舌がヒリヒリする。

喉が痛い。

唇が何か腫れてる。

お腹痛い。

涙が止まらない。

めまいがする。

吐きたい。


俺は辛党ではなかったのだろうか。

物凄い辛味と言うか痛みに苦しめられている。

目の前にある赤い何かの山を3分の2ほど食べ進めたのだが、俺の心はすでに限界だ。

何をどうすればいいのかわからず、涙を流しながら目の前の飯を恨みがましい目で見てしまう。


「おう、あんた。大丈夫か?」


「ん?」


誰だかわからん奴に声をかけられた。

見上げれば、何とも見目麗しい黒髪美人がそこにいた。

まぁ、涙のせいでよく見えないけど。

多分美人だ。


「いや、もう駄目だ。俺のことはほっといてくれ。」


俺はそう言っておそらく美人な女性をシッシと追い払う。

以前に、ナンパ事件のせいで俺はアルトにひどい目に遭わされた。

もうあんな目に遭うのはごめんだ。

親切で話しかけて来てくれたんだろうが、悪いが俺にかかわるな。


「残すんなら貰っていいか?」


「は?」


自分でも、間抜けな声が出たと思う。

この女、何を言ってるんだ?

食べ気なのか?

俺の食べ残しを?

この真っ赤な山を?

確かに俺が3分の2は食べ進んだが、それはまだ山の部分の話だ。

この山が終れば、次は器の部分がやってくる。


マグマの様に赤いスープに真っ赤な香辛料に染まった野菜や肉が入っている。

正直言って見ているだけで、舌がヒリヒリしてくるレベルだ。

それを食うだと?

この女、俺が今どんな状況になっているのか見てわからないのか?


「好きにしろ。誰か水をくれ。」


とりあえず、俺はバカ女に目の前の料理をくれてやった。

もうあんな物は見たくないので、料理をくれてやると視線から外して店員に水を頼んだ。


「お待たせしました。」


店員がすぐに水を持ってきてくれたので、それをチビチビ飲みながら、口直しに何か食べようとメニューを手に取ると・・・


「うま~~い!!」


俺の目の前には、赤々とした料理を嬉々として食べる変態が座っていた。

その顔は苦痛に歪むことなく、本当においしそうにあの赤い物体を食していた。

俺は自分の目を何度もこすり、その光景をチラチラと視線で追ってしまった。


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