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第六十話 休日② 中編

街中での視線に耐えかねて逃げる様に武器屋に入った俺だったが、残念ながら今日は厄日の様だ。

武器屋に入って街の中の視線は感じなくなったが、今度は武器屋にいる者達の視線を感じる。

この店には何度か足を運んでいるが俺達以外の客がいるのを見たことがなかったはずなんだが、なぜ今日はこんなに人が多いのだろうか・・・。


「なんだか人多くないか?」


視線から逃れるために隅の方に隠れる様に移動したところで愚痴をこぼすとリリスが当然だとばかりに答えを返してきた。


「ま、こうなるじゃろうな。ダンジョンに入れなかった初心者はともかく討伐戦に参加した者達は一仕事終えた後じゃからな。報酬で武器の補修や新しい装備に武器の補充とやることはたくさんあるじゃろ。」


その答えに「ああ、なるほど」と頷いて納得する。

確かに、早期解決のために連日戦いが続いたからな。

自分でできる範囲の手入れはできるが、本格的な装備の補修は専門家に任せた方がいいだろう。

お金は昨日キッチリ受け取っているから今日はそういった理由の人達で店が賑わっているのだろう。


「この街は初心者用ダンジョンしかないが、一応この前の異常事態が起きた時様に、初級や中級の武器も扱っておるからの。まぁ需要が少ない故に種類も量も多くはないがの。」


なるほど、確かに店内の客の顔は討伐戦に参加していた者達なのだろう。

はっきりと覚えていないが、どことなく見た顔がちらほら存在する。

そして、おそらくはそこに中級から初級の武器が置いてある場所なのだろうと推測できる場所に客たちは集まっていた。


「さて。で、お主らは何を見に来たんじゃ? 武器か? 防具か?」


リリスが俺から視線を逸らして3人に眼をやる。

武器屋に入ってからそれを聞くのか。

と、思うような質問をリリスは3人に投げかけた。

防具屋は隣の店じゃなかったのだろうか?

もしかして、内部で繋がっているのだろうか?

言われてみると建物は大きな木製の建造物に3つドアがあり、一つが武器屋で一つが防具屋になっている。

もう一つはなんだっただろうか・・・。


「この前の討伐に参加させていただいたおかげで結構な額を稼ぐことができたので、一揃えしようかと思っています。」


俺がこの建物の構造について考えている間にリリスの質問に対してアーシェが答えを返した。


「ただ、資金も残しておきたいので予算は1人につきこれだけだと考えています。」


アリスはそう言って予算額を提示してきた。


(少ないな・・・)


リリスに装備を借りて討伐に参加したとはいえ、俺と違い3人は3人一組スリーマンセルでようやくパラサイトアントと戦えるレベルだった。

なので、討伐数において俺よりもはるかに少ない。

それなのに、俺と同様に借りていた装備を返した際にレンタル料としてリリスにお金を支払っている。

そう言えば、3人は実家に仕送りも送っているんだったか・・・。

そんな理由もあって、彼女達の手持ちはあまりないのだろう。

俺の予想よりも少ない額だった。


まぁ、俺は報酬を全額リリスに渡しているので素寒貧なんだがな。


「そうか。まぁ適当に見て回ろうか。」


結局、買うのは本人たちなのでそう言って店内を見て回ることにした。

1人の上限金額の半分程度を武器、もう半分を防具とすると値段的には初級から下級の間ぐらいだ。

店内にいる人たちは中級よりの武器を見ているので初級と下級の中間ぐらいのスペースは空いている。

その上、ありがたいことに武器が並んでいる棚の列が違うので視線を浴びることから避けることができる。


「ふぅ・・・」


俺は安堵の溜息を吹き出しながら武器に眼をやる。


「お主も大変じゃの~。」


そんな俺を見てリリスが哀れみの眼を向けて他人事のようにつぶやいた。


いや、お前が離れてくれればこんな事態にはならなかったはずだよ?

俺の予定では今日は一日宿で過ごす予定だったんだから・・・


などという、くだらない言い訳を考えながら俺はリリスの視線に気づかないフリをして武器を眺める。

初級と下級の間の武器はそれなりに品数がある。

ただ、気になるのはどれも同じ物を置いていないということだろうか。

下級や初級程度の武器ならば同じ物がいくつか並んでいても良いと思うのだが、実に様々な武器が置いてある。


「なんで、一種類につき一つしかないんだ?量産品じゃないのか?」


武器を手に取って触れてみるが、特に変わった素材や特殊な付加魔法がかかっているわけではなさそうだ。

俺がリリスに借りていた武器や防具ならば、素材や魔法の効果などで一点ものであってもおかしくはないが、ここに並んでいるのはそれほど珍しい武具には見えない。

どう見ても、量産品だ。

それが一本ずつしかないのはなぜだろうか?

初級でももっと安い物は以前に俺が購入したナイフのように大量にあるんだが・・・。


「そりゃ、売れんからじゃよ。」


「そうなのか?」


俺の疑問から出た呟きにリリスが答えを返してくる。

他の3人は真剣にそれぞれの武器を見て何にしようか迷っているようだ。


「この街には初級用のダンジョンしかないからの。売れるのは初級の中でも下っ端か中堅が使う初級の中でも下か中クラスの武具じゃ。上や下級職が使う武具は基本的に初級用のダンジョンを卒業した者が買っていくからの。」


「ああ、なるほど。」


リリスの言葉で俺は素直に納得した。

確かに、初級用ダンジョンに潜るものは未熟で能力も低くお金もない。

そう言った人達が買うのは安い商品だ。

壊れても替えの利く商品を買って大事に使うことを覚えた方が効率がいいし、修行にもなる。

だから安い商品は大量に量産する。


逆に高額な商品はこの街ではあまり使いどころがない。

使うのは今回の様な異常事態が発生した時ぐらいだ。

そのために中級の武器までは取り揃えているが、そう言った商品を多く取り扱っても店の利益は低い。

なので、下のランクの武器ほど充実しているし数も多い。


ならば、その中間である初級でも上位の下級武器に匹敵する物を置いている理由は?

答えは簡単。

今まさに武器を選んでいるアーシェ達の様な者の為だろう。


この街を卒業する者達にできるだけ手に馴染む扱いやすい武器を提供する。

そうすることで次の街に行ってから武器を購入してもらうのではなく、この街でお金を落としてから去ってもらう計画なのだろう。


この世界ではレベルを上げるのに月単位での修行が必要だ。

ダンジョンの攻略ともなればそれを数年単位で必要になるだろう。

結果、次の街に行くまでに先に武器を買ったとしても、その武器だけで次のダンジョンを攻略できることはまずない。

なにせ武器は消耗品だ。

使えば使うほど劣化する。

そのため、買い替える必要が出てくるので別に次の街の商人は新しい冒険者が初めから武器を持ってやってきても何とも思わない。

寧ろ、そうやって次の街での準備を終えて来ている者の方が『準備に余念がなくお金を落としてくれる』冒険者なので商人的には喜ばれそうだ。


「なるほど。納得だな。」


俺はそう言ってリリスの言葉に納得すると武器を棚に戻して3人を見る。

それぞれが武器を取り構えたりグリップ部分を握って感覚を確かめたりしている。

こうして見てみると3人はそれぞれ武器に拘りがあるようだが、見ている部分はまるで違う。


アーシェは刀身と重さ、振り易さなどを確認している。

そのため、先程から何本も手にとっては軽く素振りをしている。

時たま、剣を見つめるのは剣の切れ味を気にしているのかもしれない。

まぁ、見てわかる物なのかどうかは謎だが・・・


アリスは武器自体よりも魔法の効力を高める魔石の状態を確認しているのだろう。

先程から武器に付いた魔石ばかり見て武器自体を振ったりはしていない。


セリスはアーシェと同じく刀身と重さに振り易さと投げやすさの確認をしているが、ナイフ自体の切れ味には興味がないのか刀身よりもグリップの握り心地を気にしているようだ。


「武器にこだわる部分は人それぞれなんだな。」


「まぁ、使用する用途や武器自体が別物じゃからの。」


俺がなんとなく呟くとリリスがまたもや答えを返してきた。

別に会話したいのではなく、単なる独り言なんだが・・・。

いや、暇だから隣にいるリリスに話しかけてしまっているのだろうか。

こうして、誰かと話していないと寝てしまいそうだしな。


「そういえば、アーシェは以前に気に入った感じの武器があったんじゃなかったか?」


俺は以前ここを訪れた時のアーシェのことを思い出してリリスに尋ねる様に視線を送って話しかける。


「ううむ。そう言えばそうじゃの・・・。しかし、あの武器は確か初級でも中くらいの部類じゃからのここはワンランク上の品がある棚じゃからな。前のでは物足りんと思っておるのではないかの?」


リリスは上目づかいに俺を見上げながら小首を傾げて返答してきた。

こうして見下ろしていると完全に子供の様なあどけない可愛さがある。

これが俺を狙って夜這い朝駆けをかけて来ているだなんて誰が信じるだろうか。


(はぁ、このせいで俺はきっとロリコン扱いなんだろうな・・・)


少しだけ悲しい気持ちになったので俺は3人に近づいてどんな武器を見ているのか見てみることにした。


「なんですか? アルト。 試し切りの相手になって下さるのですか?」


俺が近づいた瞬間、なぜかアーシェは不服そうに刃を向けてくる。


「お前は俺を殺す気か? 俺はお前たちに『ついて来てくれ』って言われたから来たはずなんだが・・・」


「私はリリスさんの意見が聞きたかっただけなので別にあなたは来なくてよかったのですよ。」


アーシェはそう言って2本の剣を交互に見て悩んでいる。

2つとも長さは同じだが、1つは直剣でもう1つは曲刀の様だ。

直剣は刃が真っ直ぐなので強力な突きを放つことができ、曲刀は刃が反っているので切ることに特化している。

どちらも利点があるので迷うのはなんとなくわかる。


「盾を使うから直剣でいいんじゃないか?」


盾と剣での基本的な戦法は相手の攻撃を盾で防御してから始まる。

その場合、俺的には突きで攻撃した方が早い気がするので直剣を進めてみる。

まぁ、俺なら盾を持つならもう片方は短い手槍にするがな。


「確かに、リリスさんから武器を借りた時も直剣でしたが・・・」


そう言うとアーシェは曲刀の武器を見つめてなかなか動こうとしない。


(ああ、今まで使ったことがない武器に興味津々なんだな。)


きっと新しいおもちゃを見つけた子供の心境なのだろう。

人間以外の種族は長命である分、年齢の割に子供っぽいのかもしれない。

まぁ、この世界には基本的におもちゃなんてないしな。

俺はアーシェの心情をなんとなくそう解釈してその場を後にしてアリスの所に向かう。


「う~ん・・・」


アリスは相変わらず武器に嵌め込まれた魔石を見て「うんうん」とうねりながら考えごとをしている。

俺には魔石の良し悪しが判らないので何を見ているのかは不明だ。

そんなアリスを見ながらリリスに一瞬だけ視線を切り、後ろにいるかどうかを確かめた。

リリスはアーシェの質問に答えているのか2人で会話をしている様だった。

仕方なくアリスに視線を戻すと彼女は先程同様に魔石を見比べて悩み声を上げている。


その姿を見て俺は艶めかしさを感じてしまう。

なぜなら、彼女はメイスの先端についている魔石をよく見るために前傾姿勢になっているのだ。

彼女の様な豊満な女性が前傾姿勢になることで胸のふくらみはさらに大きく主張する。

おまけに真っ白いローブが綺麗なお尻の形を主張しだす。

これがリリスならば『子供体型なので問題ない』のだが、アリスがやるとセクシーなポーズにしか見えない。


「どうした? 何を悩んでるんだ?」


俺はアリスの艶めかしい姿を見続けるのに耐えかねて彼女に話しかけた。


「アルトさん。どちらのメイスにしようか迷っていまして・・・ どちらがいいと思いますか?」


そう言って尋ねてくるのでアリスが見比べていた二本のメイスに眼をやった。

どちらも実用性重視なのか装飾はほとんどない。

あるとすればメイスについている魔石の部分に少しばかり装飾があるぐらいだろう。

ただ、一目見た瞬間に俺は左以外にありえないと思った。

左は今までアリスが使っていた物よりも少し大きいぐらいだが、右のメイスは明らかに巨大で重苦しい雰囲気を醸し出している。

というか、右のメイスは購入してもアリスが持てるのかが疑問だ。

それほどに巨大なのに本人は買う気でいる様なのだが、もしかしてアリスは予想以上に怪力なのだろうか・・・?


「とりあえず、手にしてメイスを振って見たらどうだ? 武器としても使うわけだからな。」


俺はやんわりとアリスにメイスを持って確かめることを進める。

多分持つことを意識した瞬間に右のメイスは諦めるだろうとの判断でだ。


「そうですね。そうしてみま・・・」


そこまで言いかけてアリスの手が止まった。

アリスの利き腕は右手だ。

だからまず右側にある巨大なメイスを掴もうとしたところで動きを制止した。

どうやらメイスの大きさに気が付いたようだ。

彼女は右と左のメイスを見比べてからこちらを見て恥ずかしげに微笑んだ。


「えへへへ・・・ ひ、左のにしますね。」


俺は気まずい雰囲気になりそうだったので「リリスの意見を聞いてからでもいいんじゃないか?」と呟いてアーシェとリリスが話し合っている方を指さした。


「そう、そうしてみます。」


アリスは買うことに決めたメイスを手に取るとリリス達の方に向かって行った。

俺はそれを見送ってからセリスの方へと向かった。

セリスの奴はすでに購入するナイフを決めたのか投擲用のナイフを何本買えるか試算している。


(一種類につき一本しかないと思ってたけど。さすがに投擲用の投げナイフは数本あるのか。)


ただ、やはりそんなに多くはないようで今あるのは5本ほどだ。

投擲用の武器の数としては少ない気もするが、戦闘時に使うナイフを買うことを考えると全部買うのは苦しいのだろう。


「とりあえず、防具買ってからでいいんじゃないか?」


「ェエッ?!」


俺が突然話しかけたからか、セリスは驚いて悲鳴めいた声を上げる。

どうやらかなり真剣に悩んでいたらしい。

余程驚いたのか手に持っていたナイフを落としそうになったが何とかこらえたようだ。


「すまん。大丈夫か?」


謝りつつも手に持ったナイフで怪我をしていないかを確認する。

うん。

農作業や戦闘で少し荒れているが綺麗な手をしているな。

年齢も若いから全体的に小さいから可愛らしいし・・・。


「え、えっと。大丈夫です。すみません。驚かせてしまって・・・」


セリスは申し訳なさそうに見上げてくる。

声変わりしてないから声のトーン高いからな・・・。

コイツ・・・

本当に男なんだろうか・・・?


「いや。気にするな。突然話しかけた俺が悪かった。」


顔を上げて上目使いのセリスから目を離し、その場を後にしようと歩き出す。


「とりあえず、2本だけ買って残りは防具を買った後に残りの金額を見て決めた方がいいと思うぞ。」


「あ、はい。そうします。」


数歩進んでから振り返って話を戻すとセリスは頷き返して戦闘用のナイフと投擲用のナイフを持って後ろをついて来た。


それから、会計を済ませた俺達は隣の防具屋へと向かったのだった。


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