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第五十七、五話 モーベン=ルーキンス。ここに眠る

(間に合わなかったか・・・)


リリスの魔力を少し回復した後、俺はモーベンとの約束の場所に来ていた。

目的はブルデーモンをけしかけてきた奴を殴ることだったのだが、残念ながらすでにソイツの姿はなかった。


残されていたのはモーベンと思わしき者の死体。

俺との戦いで服が駄目になったからか俺と戦った時の服とは違っているが、似たような服装と背格好なのでなんとなくわかる。

モーベンは「こんな感じの色合いと形の服が好きなのだな」と物言わぬ屍を見て思った。

死体には首から上はなく、真っ赤に染まったズタボロの服が戦いがあったことを悟らせる。


(もっと早く来ていれば・・・)


こんなことにはならなかった可能性はある。

だが、俺とモーベンの2人がかりでも勝てたかどうかは分からない。

敵は中級職の猛獣使いか上級職の魔獣使いである可能性が高い。

嗾けてきたブルデーモンの実力を見るに俺一人ではまず勝ち目がなかっただろう。

モーベンが死んだ今、この場に使い手が残っていなかったのは幸運と言っていい。


リリスの話ではテイマー系と称されるそれらの職業は契約を行うと継続的に魔力を消費するそうだ。

なので、契約者は魔力の消費量が生産量を上回らない様に計算しないといけないらしい。

自身の魔力生産量を上回る契約をしてしまうと消費量が多すぎて体内の魔力残量を食いつぶして契約が切れてしまうからだ。

故に、本来は自身の能力や契約後の魔力消費量の多い魔獣との契約はそれほど多くなくはない筈なのだが今回の敵はリリスを誘き寄せるためにパラサイトアントの女王を何匹も操り、ブルデーモンまで送り込んできた。

さらに、爆発するパラサイトアントの兵達も明らかに操られて、魔法で爆弾に変えられていた。


このことから、敵は魔人化していることが難なく予想される。

魔人化した人間にとって魔力の消費量はほぼ無視できる。

魔力吸収によって魔力の生産量とは別に魔力を得ることができるのだ。

本来の魔力生産量という上限を無視して魔獣を何体も契約により使役することのできるこのアドバンテージは大きい。


下級職の俺でさえ、魔力が無制限に得られるこの能力を得たことによってとてつもない戦力を得ている。

プロミネンスアローの様な大技はリリスの精神世界に入った影響だが、それでも実力はそこらの魔法使いよりも上だと思う。

そう考えれば、魔力の消費を無視できる魔法使い、僧侶系もしくは、テイマー系の者が魔人化した時の厄介さは戦士、盗賊系の職業が魔人化した時よりも危険だろう。


(ブルデーモンが倒されて契約が解除されたことで、リリスが生きていることは相手にも理解できているはず・・・ 巣の崩落は俺が魔力を吸収したから使えない。モーベンもこのありさまだし・・・ とりあえず、俺は自分の体に戻るかな。)


そう思った瞬間だった。


ザッ・・・ ザザ・・・


背後の茂みから聞こえる音に俺は振り返る。

そこには、首のないモーベンの死体が立っていた。


「生きているのか?!」


驚かずにはいられない。

頭部が欠損した状態で生きているなど、俺のいた世界ならばありえない状況だ。

だが、この世界では頭部がなくなろうとも体力値がゼロにならない限り死ぬことはない。


「すごい世界だな・・・」


そんな感想を漏らしながら俺はモーベンに回復魔法をかける。

今は生きていても血が出ているので体力値は減少しているはずだ。

俺の回復魔法では出血による体力の消耗を抑えられないかもしれないが、やらないよりはマシだろうと思い回復魔法をかけてやる。


「・・・!!!」


回復魔法をかけてやるとモーベンは苦しそうに手足をバタつかせて何かを払い除ける様にしながらこちらに向かって突進してきた。


「何だこいつは・・・」


実体のない俺はモーベンの突進を避けることなくその場で何が起きているのかを観察する。

回復魔法は問題なく発動しモーベンの体はその影響で薄緑色の光に包まれている。

だが、モーベンは何が嫌なのかとても苦しそうだ。


(そういえば、ゲームでアンデット系のモンスターは回復魔法でダメージを受けるんだったな・・・)


そんな元の世界での知識を思い出した俺は一つの結論に達した。

モーベンはすでに死亡しており、その肉体が魔物化したのではないのか。

そんなことが起こりうるのかは定かではないが、モーベンの体は一度魔人化している。

その影響で普通の死体よりも魔物化しやすいのかもしれない。


(魔人の本体とも言える黒い奴は俺が取り込んだはずだが・・・ 現実に魔物化している以上。見過ごすわけにはいかないか。)


死者を弔う意味を込めて、仲間を助けるという約束に間に合わず死なせてしまった後ろめたさも相まってこの場は俺が処理するのが適切だろう。

そう思い、俺は魔法を発動する。

アンデット系のモンスターは基本的に光と火属性に弱い。


「フレイムアロー」


そんな基礎知識に忠実に、俺はここ最近よく使う魔法を唱える。

炎の矢は真っ直ぐにデュラハンと化したモーベン目掛けて飛ぶと防がれることも躱されることもなく突き刺さる。

矢が突き刺さると死してアンデットになったはずのモーベンは苦しいのか何とか炎の矢を抜こうとしているが、炎の矢は実体がないので抜けるはずがないし炎なので掴んだ瞬間に爆散した。


「・・・!!!!」


炎の爆発にその身を焦がし苦痛を感じているのか身悶えている。

そんな姿を見ると、巣の中で戦った馬鹿な黒い奴を思い出す。

もしかしたらあれは、クルト同様に黒い奴が馬鹿っぽかったのではなくモーベン自身のおつむが少し足りていなかったのかもしれない。


(今となってはもう分からないことだな。)


出会ったばかりの人の死に少し感慨と悲しみを感じて涙を浮かべそうになる。

だが、水分の無い霊体の体からは涙は溢れなかった。

今度はスッと手を振るだけで、魔法を発動する。


今声を出すと声が震えてしまいそうだったからだ。

涙は出ないのに涙を出そうと涙ぐんでいる霊体の体は少し震えていた。


(さようなら・・・)


俺は真っ黒に焼却したモーベンに心の中でお別れを言うと彼を土に埋めてから体へと戻った。


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