第五十三話 決戦 女王の間
ドゴォォオン
「アーシェ! アリス!」
爆発により鳴り響いた轟音がリリスの叫びを虚しく消し去る。
虫達が一ヶ所に集まり、同時に爆発したことでその威力は先程見た単発での爆発の比ではない。
爆発による衝撃でリリスの張った結界は木端微塵になり、爆発により発生した熱と爆風が辺りを焼きながらすべてを薙ぎ払う。
リリスは自身を守るために反射的に防御壁を展開する。
爆発の衝撃で広間内を轟音と震動が支配する。
そして、それが収まると先程かき鳴らされていた轟音が嘘のように静まり静寂が訪れる。
(アーシェとアリスは・・・)
リリスが心配そうに二人がいたであろう場所を見る。
が、砂埃が激しく二人の安否は確認できない。
(無理か・・・ あの二人に渡した装備は高級品じゃが、あの威力では・・・)
リリスは今までの経験からくる予測で二人の安否に対して根拠のない期待はしなかった。
だが、己の力の無さに憤りを感じ、その小さな拳を力いっぱい握り締める。
そして、しばしの静寂の中に佇んでいると、やがて砂埃は晴れ。
何もない黒焦げの大地が目に映った。
「・・・!」
リリスは無念に顔を歪めながらも声は漏らさなかった。
背後にはまだ敵がいるのだ。
泣いている暇はない。
リリスは涙を拭いさると振り返り探知魔法で敵の居場所を探ろうとした。
その時、足元に突如として魔法陣が現れた。
「しまった・・・!」
リリスがそう叫ぶと同時に魔法陣はより一層輝くと白き光を放ち消滅した。
「くそ・・・ 今のは魔法は・・・」
リリスはすぐさまステータス画面を開いて自身の状態を確認する。
(状態異常ではない。 ダメージもなしか・・・ しかし、これは・・・)
リリスのステータス欄には状態異常の表示はなかった。
体力値も減っていない。
だが、魔力量だけが著しく減っていた。
体内の魔力量を減少させる特殊魔法。《魔力破壊》
先程の光の魔法陣は恐らくそれだと推測される。
純粋な魔法使いであるリリスにとって魔力は力の象徴だ。
それを奪うことはリリスから戦う力を奪うことに等しい。
仲間を奪われリリスが立ち尽くしているうちに敵はすでに次の一手の準備を行っていたのだ。
(ワシはいったい何をしておるのだ!)
リリスは自分の情けなさに憤慨した。
仲間を守れず、敵の術中に嵌り力を奪われた。
残された魔力残量では例え敵を見つけても、アーシェとアリスの敵を討てるかどうかは怪しい。
それどころか、今彼女が最も取らなければならないのは、自身の身を守るためにこの場からいち早く脱出することだった。
逃げなければ殺される。
敵はリリスを倒す為に何重もの罠を張り、策を巡らせてここにいる。
先程の虫達による攻撃が最後の一手だと考えるのは早計だ。
なにせ、魔力を減らす魔法を今使ってきたのだ。
虫達の戦闘中ではなく、虫達を倒し終った後で使って来たと言うことは向こうにはまだ戦う意思があるということだ。
(逃げなければならない。)
幾多の戦場を修羅場をくぐりぬけてきたリリスにとって今の状況がどれほど深刻か、などということは分かりきっている。
彼女には最愛の彼もいる。
ここに連れてきた仲間達はこの街で冒険する間だけの即席のパーティにすぎない。
そんなことは理解している。
特にアリスとアーシェの2人に関してはセリスの様に家庭の事情などを知るほどの機会もなかったし、仲良くもなかった。
(じゃが、死を悲しまぬほどワシは薄情ではない。)
「待っておれ。必ず敵は討ってみせる。」
(このワシの命に代えてもな・・・!)
リリスからは決死の覚悟をした戦士の気迫がこもっていた。
(ああ・・・ こりゃ、相手を本気にさせちゃったかな。 さて、置き土産を置いて逃げるか。)
リリスの覚悟とは無関係に陰に潜む敵は一匹の悪魔を放つと同時にその場から逃げ出した。
それはリリスと戦うことを避けるためであると同時に、リリスを必ず倒せる策を実行するためであった。
「どこじゃ、出て・・・」
リリスがそう言って一歩前に進んだ瞬間だった。
「ウモォォォオオオオ!!!」
巨大な叫び声が上がると同時に空気が震えた。
ズン・・・ ズン・・・
そして、ゆっくりと近づく巨大な足音。
女王の間のリリス達が来た反対側の通路から顔を覗かせたのは一匹の悪魔だった。
(ブルデーモンか・・・)
牛の悪魔という名の通り、二足歩行の牛の化け物が姿を現した。
全身が黒い色をしており、顔は牛、下半身は毛で覆われ足先は蹄になっている。
ただ、上半身は人でボディビルダーの様に筋肉は隆起している。
手は人間と同じ五本の指があり、その手には巨大な斧が握られている。
そして、背中には申し訳程度の黒い蝙蝠のような羽が生えている。
「フフフ、ブルデーモンの黒いのか。対魔法耐性持ちの厄介なのを連れて来たの。」
リリスは冷や汗を流しながらも何とか笑みを浮かべる。
敵はすでに逃げ出しているが、それを知らないリリスは「どこかで見られているのでは」と思い余裕を繕う。
「ブモォオオオ!」
だが、ブルデーモンはそんなリリスの笑みを消し去るかのようにまた巨大な方向を上げると一直線に突進してきた。
「く・・・!」
リリスは牽制の意味を込めた魔法弾を撃ちだすがブルデーモンの突進はそんなものでは止まらない。
「ブモオオ!!」
ブルデーモンはリリスの魔法弾を体に受けるも一切無視して突き進むと手に持った巨大な斧を振り下ろした。
ドゴォン!
斧はリリスが回避したために地面へと激突すると大地を割って突き刺さる。
「ブモォ・・・」
二撃目を放つために斧を持ち上げようとするブルデーモンだが、地面に深く突き刺さった斧は簡単には抜けない。
(今じゃ・・・!)
その隙にできるだけ距離を取ろうとリリスは離れる。
が、ブルデーモンは力ずくで斧をリリスの方に振り抜いた。
斧が地面から抜けると同時にリリスに向かって岩石の弾丸が放たれる。
「く・・・!」
リリスは魔法で防御壁を作り上げると岩石の弾丸を防いだが、ブルデーモンは斧を抜くと同時にリリスへと駆けだすと一瞬にして距離を詰めその巨大な斧を振り下ろした。
(まずい!)
そう思い、リリスが防御壁を二重にして展開する。
バキン! ガン!
ブルデーモンの放った斧は一つ目の防御壁を貫くも二つ目の防御壁でその動きを止める。
「ふぅ・・・」
リリスが防御できたことに安堵して溜息を漏らしたその時だった。
キィイイイイン!!
突如としてブルデーモンが持つ斧が怪しい紫色の光を放ち始めたのだ。
リリスがよく見ると、斧には怪しい紫色の光を放つ文様が描かれていた。
「いかん・・・!」
次の瞬間、リリスは咄嗟に後方に飛び退いた。
ズドン!
リリスが後方に飛び退くとほぼ同時に先程までリリスがいた場所にブルデーモンの持つ斧が落ちてきた。
リリスの展開した魔法陣は掻き消えていた。
「魔法消去か・・・ 厄介な物を持っておるの。」
ブルデーモンが持つ斧には純粋な魔法にのみ作用する魔法消去の魔法が付加されていた。
これにより、属性付与や物体を媒介にしていない防御障壁の様な純粋な魔法は消去されてしまう。
「どうやら、余程ワシを殺したいと見える。 そんな人に恨まれることをした覚えはないいじゃがの・・・」
リリスの体からは大量の汗が吹き出していた。
それは疲労から来る汗だけでなく、危機的状況に冷や汗が止まっていないためだった。
(ワシもここで最後かの・・・)
そうリリスが自分の最後を悟った時だった。
「ブモォオオオ!!」
ブルデーモンが今までで一番大きく咆哮を上げて襲い掛かってきた。
リリスは今まで同様に逃げ回りながら魔法を放とうとするが、ブルデーモンの放つ咆哮によってすべて掻き消されてしまう。
(この咆哮は大気だけでなく魔力にも衝撃を与えるのか・・・!)
徹底的なまでの魔法を封じる敵の猛追に打つ手がない。
そして、ブルデーモンからの最後の一撃が放たれる。




