第五話 幼児化
リリスは主人公を救った後に大変困った状況になっていた。
リリスの予想通り主人公の精神年齢が5歳児レベルまで低下していたのだ。
今まで得ていたであろう知識なども大半を失っていてどうしようかとリリスは悩んでいた。
選択肢1 このまま自分が英才教育で自分の都合のいい人間に育てる。
選択肢2 レベルを上げて元の状態にまで戻す。
(これは究極の選択じゃな。 レベルを上げても元の知識や人格が戻る保証はない。ならばいっそワシに服従する男として飼った方がいいのか。しかし、この場合数年後元に戻った時になんと言われか・・・)
現状、ただでさえ嫌われているのにこれ以上嫌われるのは嫌だと思いつつリリスは現状も捨てがたいと思っていた。
なぜなら、先程から主人公はリリスの服をつかみ離れようとしない。むしろ、できるだけ傍にいようとくっついてくる。
オオカミに襲われた一件で周囲を警戒し助けてくれたリリスに甘えているのだ。
16歳の高校生が10歳にしか見えない少女にしがみ付き甘える姿は傍から見ればとても情けない姿なのだが、リリスにとっては主人公が自分を頼りにしてくれることは喜ばしいことであった。
「リリス~。 早く帰ろう。 またオオカミが来ちゃうよ。」
主人公はそういってリリスに帰宅を進めてくる。
(この潤んだ瞳とワシを頼りにしとる感じ・・・ ワシの乙女心が燃え上がるわい!!)
リリスはこの状況を悪くないと思い始めていた。
リリスからすればこの状況は待ち望んでいたといっても過言ではない。
本来は、主人公のレベルは年齢通りの17ぐらいでそこからこの世界で生きるために戦闘職に就いた後の魔獣退治などでリリスの実力と能力を見せつけて尊敬させ、そこから共に戦ううちに友情や愛情を徐々に育んでいき、最終的にはリリスに依存させる形で籠絡する作戦だたったのだが・・・
現状、そんなことをしなくてもすでに主人公はリリスに依存している。
(あとは、今のうちに既成事実を作って・・・)
リリスの頭の中では知識と精神が子供に戻ってしまった主人公に手取り足取り性に対する知識をレクチャーするシーンが脳内で再生されていた。
「うへ・・・ うへへへへへ・・・」
リリスの口から妙な笑いが漏れるが主人公は周囲を気にしてそんな場合ではなく、ただただ早く安全な場所に帰りたいと思っていた。
リリス達は小屋へと帰って来た。
主人公は家を見て少し怯える。
自分の中にある記憶と実際立っている小屋のような家との違いに戸惑っているのだろう。
リリスはそのことをすぐに察知して主人公の手を取りこう告げた。
「心配せんでも大丈夫じゃ。ここがワシたちの新しい家じゃよ。」
その言葉に主人公は安堵の表情を浮かべる。
主人公の中では引っ越しか何かで家が変わったのだろう認識されたのだろう。
事実、主人公は元の世界にいた時に何度か引っ越しの経験をしていた。
リリスは家の中に主人公を招く。主人公は何の疑いも持たずにリリスの言葉に従い家の中へと入っていった。
(ふふふ・・・ かかった! 家に入れてしまえばこっちのものだ。あとは布団に押し倒すか。お風呂に一緒に入って欲情させれば完璧じゃ!!)
リリスはニヤリと笑いどうするかを考えるが主人公が「三時のおやつは?」と尋ねてきたのでとりあえず一緒におやつを食べることにした。
おやつの内容はミルクとクッキーだ。
リリス普段この時間帯は酒を飲みながらイカやタコのゲソを頬張るのだが今日に限ってはそんなことはしない。女の子らしくクッキーを手作りして主人公に食べさせる。
「はい、あ~ん。」
リリスは楽しげに手にクッキーを持ち主人公の口元へと持っていく。
主人公は何の疑いもなく口を開けてリリスの差し出したクッキーに齧り付く。
「フフフ♪ おいしいか?」
「うん。 おいしい!」
そういって屈託なく笑うさまを見てリリスは微笑む。
おやつを食べた後、主人公が眠そうに眼をこするので一緒にお昼寝をすることにした。
布団が一組がないので抱き合うようにして眠りにつくリリスと主人公。
リリスはにこやかに笑いながら主人公がいつ襲ってくるのかと最初は待つのだがすぐにその夢は崩壊する。主人公がスヤスヤと寝息を立て始めたのだ。
(むう。 精神年齢が5歳児に戻ってしまったから仕方がないか・・・・ ああ、早くテントを張って「腫れちゃったよぉ リリスどうしよう? ぼく病気になっちゃたの?」展開にならんかのう・・・)
リリスの中では最早、主人公のレベルを上げるという選択肢はなくなっていた。
数分後、抱き合った状態で眠っているため布団から出られなかったリリスも眠りにつく。
夢の中でリリスはこれから起こるであろう嬉し恥ずかしいハプニングを夢想するつもりでいた。
長く仙人としてしての修行の中でリリスは夢の中で修行するという荒業を手にしていた。
もっともこの方法では戦術や戦略の練習はできても経験値は手に入らないのでレベルアップはできないのだが、現実の時間と切り離された夢の中の空間では疲労しない、魔力が無限に使える、時間さえも自由自在でその上、どんなにダメージを負っても死ぬことがない。
そんな空間で今日初めて起きて会話をした主人公との理想の生活を夢見ようとしていたリリスだが、その夢は脆く崩れ去ることになる。
(なぜじゃ? ワシの夢の中なのにワシの思い通りに世界を構成できん。)
リリスはなぜか自分の夢の中を自由に弄れなかった。
いつもならどんな場所であろう作り出すことができる夢の世界でリリスは一人、真っ白な世界に立っていた。
ここがどこなのだろうと辺りを見渡していると遠くに一人ポツリと立つ人影があった。
リリスは飛翔の魔法でその男に近づこうと宙に浮いた瞬間だった。
不意に後ろから声をかけられた。
「やっと来たか。 リリス。」
リリスはその言葉に振り返るとそこには主人公がいた。
「お主、なぜここに・・・ では、あっちにおるのは・・・」
リリスは先程までいた人影の方に目をやるとそこには誰もいなかった。
リリスの背中に冷たい汗が流れる。
「お前が来たから飛んできた。 すごいなここは、夢の中だからか瞬間移動までできるのか。」
そういいながら主人公は上を見上げる。この真っ白な世界には天井はなく何も見えない。
「お主、なぜわしの中におる? ここはワシの夢の中じゃぞ?」
リリスの問いに主人公は「知らん。気づいたらここにいた」と答える。
リリスにも主人公にも現状なぜリリスの夢の中に主人公がいるのかはわからない。
「とりあえず、一つ聞くがリリス。お前は俺を元の世界に返す気はあるか?」
「ないの。 現状、今の状態でお主を返しても幼児退行したままのお主が元の世界に帰るだけでお主が体に戻る保証がないからの。」
リリスは質問に率直に自分の意見を載せて答える。
主人公はその言葉に納得したのかリリスの言葉に頷く。
「なるほど、俺も同意見だ。現状返されても困る。だから、さっさと俺のレベルを上げろ。そうすれば、お前のこれまでの行動を見逃してやる。」
主人公の要望は辛辣で素っ気なかった。
リリスは苦笑いを浮かべながら視線を空中に彷徨わせる。
(せっかく、手に入れてチャンスを自分で潰したくないのう・・・ どうにかして誤魔化して・・・)
「リリス。 わかっていると思うがもし今の俺に何かしたら・・・」
主人公はリリスの考えを読んだのか拳を握り締めながらそう言った。
リリスはそれを見てウンウンと頷きながら冷や汗を滝のように流す。
(なぜじゃろう。 この世界ではこやつに勝てる気がせん。 しかし、今の状況は捨てがたい・・!!)
「すまぬ! もう少しだけ夢を見させてくれ!!」
リリスは魔法を発動しながら飛翔魔法で距離を取る。
リリスの考えを読んでいたのか主人公はいつの間にか棍棒を手に取り追いかけてくる。
「はっ!!」
「邪魔。」
リリスが発動させた魔法は石の弾丸を発射するストーンブラストだったのだが、主人公にあっさりと攻撃を弾かれて後を追われる。
リリスは気にせづ第二、第三の魔法を展開して攻撃を繰り広げてくるが主人公はあっさりと棒術で弾くか身を躱して避けてします。
(ええい! 面倒な! そもそも武術の心得がないはずのアヤツがなぜこうまで動ける!!)
リリスは逃げながらも苦し紛れに魔法を次々と展開して飛ばしていくが効果がない。
ただ、一定以上近くまで近づかれることがないので魔法の展開はやめるわけにはいかないし、大規模魔法で消し飛ばすわけにはいかない。
この夢の世界に自分以外の他人がいることは今回が初でそれに対して消滅させた場合、どのような効果が及ぶのかが未知数なのだ。そのため、リリスは主人公の拘束か実力差を見せつけての降伏を狙っているのだが、思った以上になぜか戦闘能力が高くて手を拱いてしまう。
(こうなったら接近戦に持って行って関節技でも決めてくれる!)
リリスは接近格闘戦が得意なわけではないが、やったことがないわけではない。
それにレベル的には圧倒しているので負けるわけがないと踏んで接近戦を決意する。
リリスは自身の周囲に魔法の弾丸をいくつも作り、その数が百を超えると共に反転して主人公の方へと向かう。
主人公は待ってましたと言わんばかりに加速して突っ込んでくる。
リリスはそれを見て周囲の魔法弾の内の10発ほどを主人公に向けて飛ばす。
お互いが距離がつめたことにより先程まで躱したり叩き落としたりしていたがその余裕がなくなった主人公は棍棒で攻撃を防ぐ、最初の4,5発まで突っ込むのをやめなかったが、さすがにそれ以降は足を止めてしまう。
(今じゃ!!)
主人公の足が止まったその瞬間、リリスは周囲の魔法弾の一部を第二弾、第三弾として複数の弾丸を複数回に分けて発射する。
魔法弾の嵐に思わず主人公が足を一歩下げると同時にリリスは主人公の背後に回り込んで首に手を回して裸締めをする。
(勝った!!)
リリスがそう思った瞬間だった。リリスの前からすっと主人公の姿が消える。まるで今まで見ていたのが幻影であったかのように・・・
主人公が消えたことで今まで主人公に向けられていたリリスの魔法弾がリリス自身に迫る。あまりにも近く突然のことなのでリリスには対応できなかったのだが、リリスの周囲を取り巻く魔法弾が自動防御の役割を担っておりリリスに向かう魔法弾と相殺していく。
リリスの周囲で魔法同士がぶつかり合い衝撃と炸裂音、そして魔法同士がぶつかって生じる魔法粒子の拡散によりリリスの眼と耳はその機能を十全に発揮しない。
そんな中、リリスの背中にコツリと何かが当たる。
固い棒のようなものだ。
魔法弾のぶつかり合いが止んでリリスは一つため息をつくと後ろを振り返ることなくこういった。
「お主、その・・・・ こんな時に元気にならんでも起きとる時になってはくれぬか?」
「いや、これはそういうのじゃないし・・・ それよりも、現実世界での俺のレベルアップよろしく頼むぞ。」
耳まで真っ赤にして言うリリスに主人公はあきれた声で返す。
リリスは背中に当たっている固い棒が主人公のアレだと思っているわけだが、実際は違う。
先程まで手に持っていた棍棒だ。それを「チェックメイト」と言わんばかりに背中の心臓の位置に当てている。
「わかった。起きたら全力で取り組ませてもらうとしようかの。」
リリスは観念したのか残念そうにそう言った。
「わかればいいんだ。」
リリスの言葉に主人公は気分を良くしたのかリリスの背中に当てていた棍棒を離す、棍棒が背中から離れるとリリスは振り返った。
主人公は勝利したことに気分を良くしたのかリリスに笑顔を向ける。
(ううむ。子供の純粋無垢な笑顔もいいが、これはこれでワシの心をくすぐるのう。)
主人公の笑顔にリリスは頬を赤らめ、そう思う。
「よし、じゃさっさと起きてよろしく頼む。」
主人公はそういうと拳をもう一度握り締める。
「へ?」
リリスは嫌な予感がして笑顔を凍りつかせて奇声を上げる。
主人公は拳をリリスに容赦なく振るう。
「ちょ!ちょっと待たんか!!」
リリスは思わず叫びながら飛び起きる。
「う・・・ うん・・・」
リリスが飛び起きると抱きつくように眠っていた主人公は急に体を揺さぶられて目を覚ます。
リリスは主人公に目をやるとそこには驚きの姿があった。
その状況がリリスには理解できずに固まってしまう。
先程までは少し大きかった程度の学生服がブカブカになっており、ズボンなどは脱げてしまっている。
学生服の上着だけを着た幼い主人公が目をこすりながらこちらを見ていた。
(ショ・・・ ショタ展開じゃと---!!)
まさかの精神の幼児退行からの肉体の幼児退行という現象にリリスの思考は一時停止した。
「リリス~。 おはよう♪」
にこやかに笑顔を向けながら幼児化した主人公はそう言った。
リリスにはその幼い笑顔がまぶしく天使のように見えた。




