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第五十一話 荒ぶる炎

逃走を図るクルトとセリス、ガラハットは広間からある程度の距離を取ると情報の共有のために立ち止まり話をしていた。

パラサイトアントの追撃はクルトの作った巨大なファイヤーボールによって阻止されていた。

ここに来るまでに道を塞ぐほどの大きさのファイヤーボールをいくつか作っている。


一番手前のファイヤーボールの所まではまだパラサイトアントは来ていない。

なので、3人は休息しつつお互いの情報を開示した。


「なんと、ではアルトさんの肉体には何人もの魂があるのですか?」


セリスからアルトの状況を聞いてガラハットは驚きつつも質問する。


「何人ってほどでもないが俺とドッペル。それにアルト本人を入れて3人だな。まぁ、アルトの奴は霊体の状態で広間で戦ってて今は2人だけだけどな。」


セリスの言葉に驚いているガラハットにクルトが説明する。

ガラハットはクルトのことをいまだに信用していないのか。

セリスを連れてクルトと距離を取り、剣を構えていた。


「・・・それで、君は魔人なのかい? ドッペル君は何で表に出て来ないんだい?」


ガラハットは魔人の素体から誕生したクルトを警戒しており、この世界で新しくできた精神体であるドッペルが表に出ていないことを警戒している。

アルトが体の外に出ている現状でクルトが表に出ていることはガラハットには不安でしかないのだろう。


「ドッペルはアルトの命令でプロミネンスアローの術式形成をしている。悪いが今は表に出られない。」


クルトはガラハットの警戒と態度にイラつき辛辣に答える。


「プロミネンスアローですと?!」


「そんな・・・!」


2人はクルトの言葉に驚き声を上げる。


「馬鹿な! そんな魔法を使用すれば消し炭になるのはパラサイトアントだけじゃない!」


「そうですよ! アルトさんだってただじゃすまない!」


2人は声を荒げて反論するがクルトはそれに応じない。


「これはアルトの命令だ。すべて焼き払えってアイツも言ってただろう?」


辛辣に答えるクルトの言葉に2人は広間から逃げる際のアルトの言葉を思い出す。

確かにそんなことを言っていたような気もするが、虫の羽音と逃げるのに必死で正確に覚えてはいない。


「もしかしたら、聞き間違えかも知れませんよ?! もう一度確かめに・・・!」


そう言って何かの間違いじゃないかと主張するセリスだが、広間の方を見て諦めたかのように言葉を紡ぐのをやめてしまった。

逃げることしかできない今の自分達では通路まで追って来るパラサイトアントを倒すすべがないことを思い出したのだろう。


隣に立っているガラハットも自分の足を見てセリスの反論に追従できないでいた。

体力の消耗による疲労でガラハットは今、立っているだけで精いっぱいの状態だった。

本来ならば座って少しでも体力を回復させたいところだが、クルトのことを信じ切っていないガラハットにはその選択肢はない。


「大丈夫だって、アルトなら何とかするさ。俺達のボスだからな。炎の魔法を食ってたし、プロミネンスアローも食っちまうんじゃね~のか?」


クルトはお気楽な感じでそういうとマジックバックから飲み物を出して飲み始めた。


「炎の魔法を取り込んでたって言ってもただのファイヤーボールじゃないですか! プロミネンスアローとは威力が違いますよ! ・・・・ハ! 本当はお前がアルトさんを消す為にそんな魔法を撃つ気なんじゃないだろうな?!」


ガラハットはそう言って声を荒げるが、クルトは涼しい顔で「何言ってんだこいつ?」という冷ややかな目をガラハットに向ける。


「俺にそんな大魔法を撃つ実力があればアルトの体を乗っ取れるつうの。ドッペルやアルトと違って俺は魔力吸収の能力が高いだけであとは全部負けてるんだよ。」


誇れることではない情報をクルトはまるで「すごいだろう」とでも言いたげに自信満々に言い切った。

それは自分を卑下する言葉ではなく、兄妹のことを自慢する末の弟の心からの言葉だった。


「「・・・・」」


2人はその言葉に言葉を失い、互いの顔を見合わせる。


「(準備ができた。交替しろ)」


その時、準備を終えたドッペルからの命令が来た。


「了解!」


「「・・・え?!」」


クルトの突如として放った言葉に2人は驚き、クルトを見るとドッペルと肉体の主導権を交替したために髪の色が変わっていく。

クルトはドッペルが魔法を撃ちやすいように2人とは反対方向の広間の方を向いてしまったので二人には目の色が変わったことまでは分からない。


「プロミネンスアロー」


ドッペルは早速、完成した魔法を発動する。

すると赤く発光する炎の矢が一本目の前に形成された。


「「・・・!」」


ドッペルの後ろにいる2人はドッペルの向こう側が赤く光るのを見て急いで止めに入ろうと体を動かすが、続けて放ったドッペルの「発射」という言葉と共に一本の炎の矢は飛び立った。

前にアルトが放ったプロミネンスアローと違い発射後も炎の矢は崩壊することなく形を保ったまま進んでいく。


シュン! ゴォ! シュン! ゴォ!


炎の矢は風を引き裂き一直線に飛び、クルトが作っていたファイヤーボールを突き破っていく。

ファイヤーボールは炎の矢に突き破られると周囲に炎を拡散させて最後に燃え上がる様にして消えていく。


ブブブブブブ! ボッ! ジュボワワ!


炎の矢の直撃を受けたパラサイトアントは体に大きな穴を開けられ、肉は焼け灰になって散っていく。


シュン! ジュォオオオ


運良く直撃を免れたパラサイトアント達も炎の矢が通り過ぎると、それだけで炎の矢が放つ圧倒的な熱量で羽を焼から甲羅を焼かれてまるで急速に干からびる様に体をしぼませて死んでいく。

その体からは大量の水蒸気が発生し、そのためか体内で発生した水蒸気が体の一部を押しのけて突き破り体がボロボロになっていく。

直撃せず、傍を通るだけなのにかかわらず敵を屠る。


その圧倒的な威力に遠目に見るドッペルはどこか嬉しそうで自信に溢れていた。

だが、セリスとガラハットの2人はその威力を見て不安を募らせる。

あれほどの威力があれば確かにパラサイトアントは駆逐できる。

だが、それは同時に広間にいるアルトの死を意味する。


セリスとガラハットの2人は不安に駆られてどうすればいいのかわからず、その場に立ち止まってしまった。

逆にドッペルとクルトは飛んで行った炎の矢を見ながら誇らしげだった。

彼ら2人はアルトの心配など全くしていない。

それどころか、彼らの中にあるのはアルトの指示をやりきった達成感だった。




そして、炎の矢は一直線に広間を目指し辿り着くとガラハットが倒したパラサイトアントの死体に当たってその動きを止めると、今までよりも紅く輝きだすと今まで炎の矢の形をなしていた炎が形を保てなくなったのか。

一気に解放された。

解放された炎は濁流の様に一瞬にして広がり広間の中を一瞬で覆う。

その一瞬の出来事にパラサイトアントは逃げることもできずにただ焼き尽くされていった。


「ハハハハハ!」


そんな炎の中でアルトの放つ歓喜の声だけが木霊する。




解放された炎を見て俺の心は躍っていた。

死への恐怖がなかったのかと言えば嘘になるがそれよりも、俺の心を支配したのは勝利への確信だった。

目の前のいけ好かない虫野郎が死ぬ。


それが何よりもうれしかった。

例え同士打ちになろうとも「こいつには負けたくない」という気持ちが何よりも勝っていた。

勝利に飢え、何よりも勝利を望む男。

それが俺という男の本質だ。


炎の濁流を前にして目の前の四本脚の蟲は何もできないのか。

絶望して何もしないのかはわからなかったが、奴はそこにただ立ち尽くすだけだった。

そして、炎に飲み込まれると体を灰にされていって散っていった。


(落ち着け・・・ 炎の量が変わろうがやることは変わらない・・・)


目の前で先程まで戦っていた強敵が灰になっていく中で俺は落ち着いて先程と同じように魔法を吸収する。

息を吸い、取り込んだ酸素を肺に送り、肺から血液に乗せて酸素を全身に運ぶかのように、俺は自然に魔法を取り込んだ。


「暖かいな・・・」


炎を取り込み目を開けた最初の感想はそれだった。

目の前には先程まで立っていたであろう四本脚の灰となった体の残骸が残っていた。


「無残なものだな・・・」


先程まで立っていた強敵の無残になった亡骸を払い除けると吸収した魔法を使って吸収しきれない炎を操ることを試みる。

だが、さすがにうまくはいかない。

なので、吸収して放出してを繰り返し荒れ狂う炎を広間から繋がる無数の穴に向けて放出する。


この穴の大半は広間を守るパラサイトアント達の待機所に繋がる通路であり、すぐに行き止まりになっているが逆に使用しない通路なので存分に炎をばら撒いて問題ない。

その中で一つだけ炎の返ってこない場所がある。


炎が反射しないのはその場所の先が行き止まりになっていないということ。

つまり、そこだけは進むべき道ということだ。


「さて、敵の排除は完了。あとは、あいつらが来るのを待つだけだが・・・」


広間内の炎は吸収して周囲に散らすか。

圧縮して俺の体を作るのに使っている。

そうすることで、以前のように地面が赤く赤熱するほどに熱くはなっていない。

精々が昼間の砂漠の砂のような温度だ。


それでも、十分に熱いのでドッペル達がここに来るのは大分時間がかかることだろう。

そう思い、これからどうすべきかを考える。

ドッペル達の合流を待つか一人で先に進むか。

魔力量はほぼゼロの状態なので先に行くのに少し抵抗はあるが、体として作り上げた炎の量はいままでに取り込んだ中で最大のものだ。


もう一度ぐらいなら広間の敵を駆逐できる自信はある。

だが、ガラハットが疲労によって動けない状態のドッペル達4人を残していくのは少し不安だ。

リリス達ならばこの先にいるという女王も余裕で倒すことができるだろうし、心配することはないだろう。


そう思い、俺は地面に降り立った。

だが、そこで俺は奇妙な物を見ることになる。

それは人の足跡であり、恐らくはガラハットのものだった。




プロミネンスアローを放ち終え、一仕事終えたドッペルは休息を取るために地面に座り込む。

それを見て、セリスとガラハットの2人も座り込むとガラハットはマジックバックからセリスは懐から水筒を取り出す。


「(いや待て、セリスのあの恰好のどこに水筒を隠しているんだ?!)」


「(忍者の衣装だからそのせいじゃないか?)」


クルトの抱いた疑問にドッペルが素で答えた。


「ところでガラハットさん。あなたに聞きたいことがある。」


ドッペルはガラハットが水筒から口を離したのを確認してから話を切り出した。


「何でしょうか?」


ガラハットは何の事を聞かれるのかわかっているのか少しバツが悪そうな顔をした。


「あなたの疲労の件だ。休息が足りないのなら言ってくれないと困る。ギルド長をしているあなたは元熟練の冒険者のはずだ。肉体の疲労が戦いを大きく左右することは理解できているはずだ。」


その言葉にガラハットは「やはりそのことか」とでも言いたげに苦虫を噛み潰したような顔をする。


「そのことについては謝ります。ですが、あれは私も想定外だったのです。」


ガラハットはそう言って謝罪すると弁解があると主張する。


「想定外? どういうことだ?」


ガラハットの弁解を素直に聞くことにしたドッペルは相槌を打って話を促す。

そして、ガラハットから得た情報に彼は驚愕の答えを出すのだった。


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