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第五十話 VS4本脚

俺が苦笑いを浮かべて頭上の四本脚を睨みつけると、四本脚の奴はこちらを見てにたりと笑った気がした。

虫なので本当に笑っているかは不明だが、俺にはそう見えた。


そこからの奴らの行動は早かった。

突如として手にした霊体である俺を攻撃できる力に、炎を奪う四本脚の放つ糸の原液っぽい液体を駆使して俺の動きを封じつつ確実にダメージを狙って来る。

俺は残っていた全魔力を炎の魔法に変換して、その魔法を吸収すると魔力の回復にいくらか吸収能力を回しつつ逃げ惑う。


先程と打って変って大量の物量というか兵数というか鉄砲玉を持つパラサイトアントの方が有利になってしまった。

俺の炎の魔法は効果はあるがパラサイトアントを倒しきれる熱量ではない。

唯一の勝機はこちらが攻撃を食らわないワンサイドゲーム展開だったのだが、それはもはや失われてしまった。

現状は無数の兵力を持つパラサイトアントに四方八方から襲われるのでそれから逃げつつ、羽だけを焼いて魔力の消費を抑えつつ敵の数を減らすことだ。


霊体であるゆえに空を飛ぶことのできる俺にとって敵を地上に落とすことは同時攻撃の可能性を減らす唯一の方法だ。

問題は四本脚の糸の原液による攻撃だが、来ることがわかっていれば避けられないほどの攻撃ではない。

先程は炎が消えることを恐れて焦ってしまったが、回避だけに重点を置けば・・・


「ぐは!」


避けられないこともない。

と思ったがやはりそう簡単にはいないらしい。

空中を飛んでいるために四方八方だけでなく上下も気にしなければならない。

おまけに、よく考えたら霊体でいた経験が短いために空中浮遊はそれほど得意ではない。


(地面に降りた方がまだ動けるか?!)


そう思って足元を見たが、地面には俺が羽を焼いて落としたパラサイトアントが羽の再生をしながら大量に待機している。

地面に下りれば足元に群がられて敗北は必至だとすぐに思考を攻撃を避けることに戻した。


(空中は相手の方が上手で、地面に逃げ場はない。か・・・)


攻撃を避けつつ策を模索するが一向に思い浮かばない。

時間が経てばドッペルのプロミネンスアローが来る予定ではあるが、彼らが無事に逃げることができているかが確認できない現状では期待できない。

もし、4人を追っていったパラサイトアントと戦闘になっていれば魔法を撃つ暇などないだろう。

プロミネンスアローは最上級の魔法だ。

魔法の術式形成が緻密で複雑怪奇なために時間を要する。


俺がいればいくらか早くなるのだろうが、今の俺に体に戻る余裕はない。

クルトでは魔法のサポートは出来ない。

ドッペルの頑張りに期待することしかできそうにない。


「八方塞がりな上にそろそろやばいな・・・」


体力値もそうだが炎が消えかけている。

魔力は吸っているが魔法を使って吸収したところで時間稼ぎになるかどうか分からないほどに微妙な量しかない。


(おまけに・・・)


眼下を見下ろせば先程から地面に落としていたパラサイトアント達の羽が修復している。

今にも一斉に飛び立ちそうだ。


「時間的にバラバラに落とした奴らが一斉に飛び立ちそうなのはお前の指図か・・・?」


俺は思わず頭上を見上げると4本脚に尋ねた。


「ギュルルルル」


4本脚は俺の言葉に応えるかのように声を上げるが、意味は理解できなかった。

ただ、おそらくは俺の言った通りなのだろう。

4本脚の声と共に周囲のパラサイトアントが突撃態勢を取る。


ブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブ!


しかも、先程よりも羽音が多い。

眼下を見下ろせば地面に這いつくばっていた虫達が一斉に飛び立っていた。

どうやら俺を仕留めにかかるつもりらしい。


(ああ・・・ ここで終わりかな・・・)


見知らぬ異界の地に特に理由もなく呼び出され、特に理由もなく旅に出た。

いや、リリスから逃げ出して自立するという漠然とした目標ならあったか・・・。

元の世界では文武に置いて一人の男に完全敗北し、受験に失敗。

全ての事柄に対してやる気を失った。

異世界に来てからは自分にできることを探すのが少し楽しかった。

ああ、全くこれからだったのにな・・・


己の力の無さと考えの無さにあきれて声も出なかった。

見えるのは大量の蟲。

聞こえるのは無数の羽音。

頭上から落ちてきた白濁液の物体を避けるとほぼ同時に無数の虫達が俺に向けて動き出した。


その光景はまるでスローモーションであるかのようにゆっくりと動いてくる。

まるで「俺だけが早くなり周りが遅くなったのでは・・・」そう思いたくなるほどの光景に目を奪われる。

だが、俺の体は動かない。

動こうとしない。


何故かはわかっている。

それはこの現象が覚醒でもなんでもなく、ただ死を目前にして脳がフル回転しているだけだからだ。

物語のヒーローの様に突如として才能が覚醒することなどまずない。

さらに、俺が生を諦めているからだ。


勝つ見込みのない戦いに無謀に突っ込んでいく勇気がわかない。

死にたくはないが惨めに足掻く気にはならなかった。


やがて、眼に見えている世界は霞がかかったかのように真っ白な視界に覆われる。

白く、何もないその世界に辿りつくと今度は何かの映像が映し出された。

それは今までの俺の歩んできた歴史だった。

この世に生を受けてからあった出来事。

喜びも悲しみも屈辱も敗北も憎しみも嫉妬も怒りも歓喜も何もかもが懐かしく甦る。

ただ、欲を言えばこの中にアイツへの勝利の記憶があればよかったのに・・・


そんな風に歴史を見返していると異世界に来てからの記憶に差し掛かった。

異世界に来てからまだ一月も経っていないことに少し驚いた。

かなり濃い時間を過ごした気がするが、そう思うのは魔獣や魔物との戦いが印象的だったからだろうか。

リリスやアーシェ、アリスやセリスとの出会いやダンジョン探索が楽しかったからだろうか・・・。


(だが、その理由を見つけることなく俺は死ぬのだろうな・・・

生きる意味も理由も分からず、生きた価値すら見い出せないまま終わるのか・・・)


そう思い真っ白な世界で見る最初で最後であろう走馬灯から目を逸らす為に俺はそっと目を閉じる。

いや、閉じかけたその時だった。

俺は、記憶からある物を見つけ出す。

それは俺に生きる希望を、足掻く価値のある物だった。


(どうやら、まだ終わりじゃないらしい・・・)


次の瞬間には俺は飛んでいた。

無数の虫達に囲まれる中で真っ直ぐに迷いなく。


狙いは頭上。

そこは指揮官がいるために敵の少ない場所であり、襲い来る虫達の上を取れる場所。

敵が少なければ攻撃を避ける確率が上がり群がられる心配がない。

襲い来る虫達の上を取ることで羽を焼き地面に落としやすくなる。


(一石二鳥の策!)


そう思い飛びこんだ最後の策はうまく嵌った。

向かい来る虫達の攻撃を全て避けることはできなかったが、羽を焼いて落下させれば下にいる虫達にぶつかって突撃されなくなる。

落ちていった蟲の手足が飛んでいる虫の羽に引っ掛かればそれによって何もせずに敵を地面に落とすことができる。

俺は吸収した炎の魔法を羽を焼く程度に薄く広く火の粉をばらまいて何とか頭上を目指す。

振り返ってたりする余裕はないので当たっているかどうかは分からない。

それでも、炎の体に突撃してくる虫達はたくさんいる。


「ぐぅおおおお!!」


叫ぶことで諦めそうになる心を振るいたたせ、痛みを緩和する。

そうして飛び続けると最後のゴールが見えてきた。

だが、その前には最大の敵である敵の指揮官がいた。


「ギギギュギュルリ!」


対峙した4本脚の蟲は近くで見るとより一層気持ち悪い笑みを浮かべているように見えた。


『飛んで火にいる夏の蟲だな。 叩き潰してやろう。』


そう言われた気がした。

本当にそう言っているかは分からないが、4本脚は2本の腕の掌を握ると拳を作る。

するとどうだろうか。

他のパラサイトアントの顎の様に拳が光って見える。


恐らくは魔力が込められている。

単純な魔力を纏っただけの拳。

だが、その魔力量は明らかに他の蟲達よりも多い。


(だが、ここまでは予想通りだ。)


他の蟲達の上位にいるこの虫が他より強力な魔力を持っていることも、他の雑魚にできることが指揮官であるこいつにできることも予測はついていた。

後はこいつを振り切りさえすれば勝機は見える。


そう考えた俺は吸収した炎を最大まで薄く延ばすと後方に炎の防御膜を作る様にしてすべての炎を放出した。

今まで魔力吸収で得た魔力ではこいつを倒すことはできない。

ダメージを与えることができるかどうかも微妙なラインだ。

だが、こうしなければ後ろにいる虫達に挟まれた状態で4本脚と戦うことになる。

そうなれば勝つ見込みはない。


俺は一筋の勝機を見出して、目の前の敵に向かって前進した。


ブン!


俺が近づくと4本脚はすぐさま拳を振ってきた。

だが、大振りなその攻撃は俺には当たらない。


ブン! ブン!


俺に攻撃を避けられた4本脚は続けざまに拳を振るうが、所詮は虫の放つ一撃だ。

ボクサーや格闘家の様に洗練された無駄のない攻撃と違って大振りで読みやすい。

霊体であるためだろうか、虫が腕を振った時に出ているであろう風の影響を受けることはなかった。

その後も続く攻撃を回避してタイミングを掴んだ俺は、左右に振られる拳を回避して虫の背中側に回り込む。


(背中に回り込んでしまえばもう拳は届かない!)


勝利を確信し、生きる希望を手にした。

その瞬間だった。


ギュルリ


虫の体が90度反転してこちらを向いた。


「は? !!」


そう言った時には俺はもう拳を受けていた。

魔力の籠ったその拳は重く、骨も何もないはずの霊体の体からはメキメキと音がする気がした。


「ぐぅ・・・!」


俺は拳に殴り飛ばされる中で見た。

4本脚の腰のあたり、脚部との連結部分がかなり捻じれていた。

だが、まだ甲羅の下に見える皮膚部分にはまだ余裕が窺える。


4本の足を持つ上半身が人型の魔獣。

だからだろうか。

俺は半人半馬の怪物であるケンタウロスをイメージしていた。

だからだろう。

背後を取った瞬間に安堵してしまった。


相手は虫。

しかもそれは、俺が見たこともない全く別の生命体なのだ。

変な偏見を持ってしまったがために油断した。


空中をさまよう俺は何とか体勢を立て直そうとするが、相手はそう簡単に待ってはくれない。

体をねじったままの体勢で足だけを動かしてあの不気味な笑みを浮かべて奴はやってくる。


(ヤバい!)


俺がどうすればいいのかわからずにただそう思った瞬間だった。


「ギギギ?!」


ドギャン!


俺の放った炎の膜を突き破って一匹のパラサイトアントが突如として現れた。

現れたパラサイトアントは先程まで俺がいた場所。

そう今、4本脚がいる場所に突撃した。

4本脚は突如として現れた部下に突撃をくらいその足を止める。


(今だ!)


俺はその一瞬を見逃さずに動き目的地である天井をいや土壁を目指した。

俺の意図に気づいたのかどうかは分からないが、4本脚がそれをさせまいと手を伸ばす。

だが、その伸ばした手に・・・

いや、4本脚の体全体に後続でやってきたパラサイトアントの群れが襲い掛かるかのように雪崩れ込んだ。


なぜそうなったのかは俺には分からないがともかく、俺はこうして千載一遇のチャンスに恵まれて土壁へと到達したのだった。


(霊体って便利だな・・・)


俺は土壁に到達すると即座に土の中に入った。

別に穴を掘って潜ったわけではない。

前にダンジョンで現れたゴーストがやっていたように壁抜けの要領で壁の中に入ったのだ。

壁の中に入るとズッシリとした地面の感覚が安堵感をもたらしてくれた。

俺は残っていた魔力でヒールの魔法を使って早速体力値を回復させる。


(これで一安心・・・)


後はドッペルたちを信じてプロミネンスアローが来るのを待つか壁の中を移動してドッペル達かリリス達に合流するかの二択だ。


(さて・・・ 行くか・・・)


俺は少しドッペル達が心配になったので移動することにした。

例え霊体としての俺が生き残っても体が死んでしまっては意味がない。

土の中の視界は真っ暗だが、上下左右のことはなんとなくわかるし、どこが中と外の境界面かぐらいは把握できそうだった。

移動可能。

そう判断したその時だった。


ドゴォン!


突如として鳴り響く轟音と衝撃に土の中に居るからだろうか俺は地面に立っているわけでもないのにふらついてしまう。


ガシリ


そして、突如として訪れる手を掴まれる感覚。


(しまった・・・!)


そう思った次の瞬間には俺は土の中から引っ張り出された。

引っ張り出したのは先程、俺と攻防を繰り広げた4本脚だった。

どうやら壁を殴って霊体である俺を探して捕まえたらしい。

壁を破壊するパワーと霊体に攻撃を与えることができる魔力の宿った拳をもってすれば不可能ではない。


治癒魔法による体力値の回復よりも先に逃げることを優先するべきだったかもしれない。


「ギュルルル!」


4本脚は俺を捉まえたことが余程嬉しかったのか声を上げる。

それは奴にとっては歓喜の声なのだろうが、俺にとっては絶望への序曲でしかない。


「ハハハ・・・ つくづく俺は詰めが甘いな・・・」


俺は霊体なのにもかかわらず、今にも全身から汗が吹き出しそうな感覚に襲われる。

4本脚はもう一度歓喜の声を上げると俺に不気味な笑顔を向けてきた。


(全く暑苦しい奴だ。)


敵を排除しようという執着心に暑苦しさを感じた。

いや、実際に少し暑かった。


「ふふふ・・・」


そのことに気づいた俺は今度は笑ってしまった。

状況的にもう笑うしかない。

そんな諦めを含んだ笑みではなく、単純に勝利を確信した笑みだった。

今の俺の顔はきっと4本脚の笑みよりも不気味だろう。


「へ・・・ ようやくかよ・・・」


俺のその言葉を理解したのか。

4本脚は下を、広間の底を見つめる。

そこには、一本の火矢が放たれていた。

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