第四十話 休日 午後 後編
午後から始まったドッペルによる魔法の講義は凄まじいものだった。
理解できない様な跳躍した話し方ではなく、アーシェの様な魔法に対する理解力の低いものにでも懇切丁寧なその指導は周囲の目を引いた。
魔法に苦手意識のあるアーシェが数十分後には魔力を圧縮する方法での魔鎧を習得したのだ。
それだけではない。
「アリスは回復魔法を遠距離に飛ばす方法を習得しようか。あとは、複数同時回復だね。セリスは魔法に対する理解が早いから魔法を本格的に覚えてみようか。何属性を覚えたい?」
すぐに二つの方法で魔鎧を習得したアリスやセリスにはアルトがリリスの中で得た知識を使って有用そうな魔法を覚えさせようとしていた。
「魔力が少ないので覚えてもできないのでは?」
アリスはそんなに魔法を覚えても魔力が足りないのでは意味がないと指摘してきた。
それをドッペルは優しく「確かにそうかもしれない。」と肯定した後で、諭すような口調で「でもね。今できていればあとはレベルを上げて魔力量を増やすだけでいいんだ。レベルを上げてからあとからやるかレベルがあげられない今のうちに先にやっておくかそれだけの差なんだよ。」と言い納得させる。
アリスも少し考えてから「そうですね。わかりました。」と素直にドッペルの考えに賛同した。
どうやら理解を得ることができたようだ。
「何属性の魔法が使いやすいんですか?」
セリスはというと何属性の魔法がいいのかを問うてきた。
セリスにはアルトやクルトの様に情報共有で魔法を覚えさせることができない。
なので、複数手を教えるよりも一つか二つに絞って重点的に教えなければならない。
アルトの様に得手不得手があるのでそれでも覚えられないかもしれないが、全8種を全て教えている時間はない。
ドッペルが表に出ているのは今日だけなのだから。
「そうだな。やっぱり本人が欲しいと思う属性をやって行った方が効率がいいと思うんだ。だから、セリスが何を覚えたいかで決めた方がいいね。自分の戦うスタイルに合わせるか。想像しやすいものでもいい。とりあえず、適当に選んでくれ。」
ドッペルのこの言葉にセリスはしばし考えて込む。
「自分の好きなものを選ぶといい」と言えば聞こえがいいがそれはドッペルが考えるのを放棄したともとれる行為だ。
セリスは素直な子だから少し強引にでも自分の意見を押し付けた方がよかったのかとドッペルは思い悩む。
「では、風属性でお願いします。」
しかし、そんなドッペルの考えを遮ってセリスはあっさりと回答を出してきた。
「・・・ああ、うん。じゃ、そうしようか。」
思いのほかあっさりと答えが出て来たことに驚いて少しどもってしまったがドッペルはセリスとアリスに指導を始めた。
アーシェはその間に魔鎧の発動を完璧にしようと練習に励んでいた。
できる様にはなったが発動は未だに三回に一回は失敗している。
それでは戦闘時には緊張で発動しない可能性があるのでそのための修行に励むのだった。
そんな修行風景がしばらく続くと、いつの間にか周囲にいた人間達もドッペルの話に耳を傾けて自分が必要だと思う魔法の習得をし始めた。
それを見てドッペルが習得の遅そうな人の下に行きいきなり指導をし始めたために事態は急転した。
「そこは魔法の発動に苦しんでいるね。」
「・・・!」
突如話しかけられて動揺し、警戒する人々。
相手は赤毛でいつ発狂するかもわからない人物なのだ。
そうなったことを誰も責めることはできないだろう。
「魔法の発動はね。条件付けをするとやりやすいよ。」
ドッペルはそんな周囲の警戒を気にせずにその場で講義をし始めた。
「魔法はね。主に魔法と魔術と魔導の三種類があるんだよ。魔力で術式を組むのが魔術で、魔力を操作して導いて発動するのが魔導、詠唱や法則に則って発動するのが魔法だね。で、一番やりやすいのが魔力で術式を組む魔術だね。そして、発動時にもっとも有用なのが・・・」
突如として始まった魔法の講義に周囲は罠の可能性も考えたが、その懸命な説明と説明の端々で飛ぶ問題に答えを返しているといつの間にか警戒心が説かれていた。
そんなドッペルの有無を言わさぬ講習にその場にいた全員が静かに耳を傾けてから1時間後には、講義が始まってから突然ドッペルに話しかけられた人が修行中だった魔法を無事に発動させて拍手と喝さいが湧く。
「俺にも魔法を教えてくれ!」
「俺も!」
「私も!」
拍手と喝さいの後にはドッペルに魔法の指導を受けたいというものが続出した。
ドッペルはまず初めに、ほとんどの者が魔鎧を習得していなかったのでそれを大々的に二種類の方法を教えて、利点と使い分け方などを説明する。
それが終わると、その応用や他の魔法についての講義が始まりだした。
いつの間にか周囲の人達はドッペルの話を真剣に聞き、時に疑問点をあげて魔法の講義から討論や議論の様な話し合いの場へと形を変えていく。
元々この訓練所には魔法の訓練に来ているので皆、ドッペルの話を真摯に受け止めた。
中には「こういう魔法が」や「この魔法を使うには」などといった個人的な相談も寄せられたが、ドッペルはそれに対してわかる範囲で教えたり、実践してどういう魔法なのかをその場で検証したりを始めた。
教えを乞いに来た人の魔術の指南書を読んで実践し、検証後にやり方や考えついた応用などを教えるドッペルの指導は非常に好評でアーシェやアリス、セリスの三人は途中から部屋の隅に追いやられていた。
「なんか、すごい人気ですね・・・」
アリスが口を開くとアーシェとセリスは声にもならない返事をウンウンと頭の動きだけで返した。
2人とも絶句と言った表情だ。
朝は突如としてダンジョン探索を中止したかと思うと、午前中には1人で勝手に森に入るという暴挙を行った人物とは思えなかった。
対応、話し方、全てがまるで別人の様な雰囲気を放っていた。
「あれも発狂状態なのかな?」
アーシェが突如として口を開く。
「まぁ、普段の状態とはかなり違うので『狂っている』という言い方ができないこともないですけど・・・」
アリスがあんな狂い方があるのかと疑問交じりに答えを返す。
「ま、まぁでもこれで明日のダンジョン攻略は何とかなりそうですね!」
セリスはそのことについてはノーコメントなのか話の話題を変えようとする。
確かに、リリスの課題である魔鎧の発動は全員がクリアしている。
明日のダンジョンへの探索は可能だろう。
ただ・・・
「今度、魔法の講義を俺のパーティにしてくれないか?」
「明日もダンジョンに潜れそうにないんだ。今のうちにいろんな魔法が使えるようになりたい!」
「我々のパーティに入らないか?」
講習があまりにも好評だったためか皆、「今日だけでなく次も」と話を振っていく。
ドッペルはそれを申し訳なさそうに断りながら何とも言えない優越感に浸っていた。
(僕なんかを必要としてくれることもあるんだな・・・)
今までアルトの体内で修行だけの毎日だった自分がわずか半日足らずで人気者になってしまったのだ。
ドッペルの中で生まれた必要とされることへの優越感は彼にとって掛け替えのない感情になりつつあった。
(いつかアルトを倒してもう一度この場所に・・・)
そんな夢を抱きつつドッペルによる講習は終わりを告げるのだった。
講習が終了した後、周囲からは「次はいつ来るの?」と聞かれたがドッペルは「もう来れないんだ。ごめんね。」と頭を下げて謝るとアーシェ達と一緒に夕食を取りにリリスのいるであろう宿に向かう。
ドッペルなりに考えた結果、パーティメンバーには自分のことを話しておこうと思ったのだ。
アルトはまだ寝ているので了解は得ていないが仲間への隠し事はよろしくないとドッペルは思った。
食事の席でリリスを交えて話せば夢物語とは思われないだろう。
そう思い宿に向かうと・・・・
「アルト・・・ どこにいっておった・・・」
宿の外で鬼の形相でリリスがお出迎えをしてくれた。
怒気の感情に満ちた魔力を放っていた。
その魔力に気圧されてアーシェ達三人の顔が青くなる。
「リリスさん。待っててくれたんですか?すみません。少し出かけてまして・・・」
そんな三人を余所にドッペルはなるべく平然とした態度で歩み寄りながら話しかける。
しかし、普段のアルトからは想像できないその態度にアルトを知る四人に異様な違和感を与えた。
アーシェ達は今日一日のアルトの行動を監視していたので様子がおかしいことには気づいていた故にその言葉遣いに違和感を感じながらも「今日のアルトはやはりおかしい」というレベルでしかないが、リリスにとってこの事態は異常事態だった。
「貴様、アルトはどうした・・・?」
リリスが放った怒気の強い言葉にドッペルが歩みを止める。
「えっと、眠ってますがどうかしましたか? いや~、さすがにリリスさんにはすぐにバレちゃいますね・・・」
「えへへ」と笑いながら言いのけたその言葉にリリスはさらに警戒心を強めた。
警戒心が上がったことでリリスは戦闘態勢に入り、放出している魔力の量が上がった。
これにより、ドッペルにも緊張が走る。
後ろの三人は突如として臨戦態勢に入ったリリスに恐怖で顔を青ざめさせて距離を取る。
リリスが突如として臨戦態勢を取ったのは目の前のアルトの体を乗っ取っている人物が言った『眠っている』というのが、アルトが単に寝ているだけなのか眠らされているのかが分からないためだ。
眠っているだけならばただ起きるのを待つだけだが、眠らされていた場合はアルトの肉体を現在支配しているであろう『ドッペル』か『発狂しているであろうアルト(クルト)』のどちらかを拘束後に説得か実力行使でなんとか引っ込めなければならない。
純粋な魔法使いとしての技量を上げてきたリリスにとって精神対する攻撃手段は限定的でありそれほど選択肢が多くはない。
つまり、実力で肉体を乗っ取っている人物を倒せる可能性は低いのだ。
リリスが今までにないほどの姿勢で戦いに臨もうをするのも仕方がないだろう。
(な、なんでこんな臨戦態勢なんだろうか・・・)
リリスが臨戦は言った理由がわからないドッペルは逆に困惑していた。
ドッペルにはリリスと戦う理由はない。
寧ろこの世界で生まれリリスと共に過ごしたたった一日だけの記憶がドッペルにとって唯一と言っていい記憶だ。
ドッペルはその記憶をとても大切にしているためにアルトにもクルトにも情報共有による記憶の開示はしていない。
そんなドッペルにとって唯一無二の記憶に登場するリリスへの評価は以上に高い。
雛鳥が初めて見たものを母親だと思い込むのと同じようにドッペルの中ではリリスは母親であり、理想の女性なのだ。
もし戦いになればドッペルはリリスに無抵抗にやられるべきなのだろう。
それがドッペルにとっての正しい判断かも知れない。
しかし、ドッペルの体内から響く声がそれを許さない。
「(ドッペル~!! やられる前にやれ! 先手必勝だ!! あの女はアルトを殺せない! だから、きっと拘束系の魔法で動きを封じに来る! そして、その後の精神攻撃魔法をぶち込んで俺達を殺す気だ!! さぁ! 早く戦うんだ!!)」
クルトは慌てふためいているのかものすごく大音量でドッペルに話しかけていた。
いや、話しかけるというよりは喚き散らしていた。
アルトから得た知識で精神攻撃系魔法の存在と効果をなんとなく知っているクルトはその攻撃を非常に恐れていた。
リリスがそう言った攻撃を苦手としている故に全力で撃ってくると思っているからだ。
例え稚拙な攻撃でもリリスとアルトの持つ絶対的な能力差ではアルトを基軸に派生したクルトもドッペルも能力に置いてほとんど差はない。
そんな自分たちがまともに食らえば『死』は確実だろうという判断だった。
慌てふためき今にも体の表に出て暴れ出しそうなクルトを何とか抑えながら状況を見つめるドッペル。
周囲には赤毛の男に対立する小さな少女という構図が珍しいのか。
それとも、ギルド長であるガラハッドが認めた魔法使いリリスを見ようとしているのか周囲には人だかりができていた。
いや、正確には近くにいた冒険者たちによる包囲という方が正しいだろう。
一般人は赤毛の男が戦うというだけで周囲から逃げる様に去っていく。
(む・・・ まずい人だかりができてきた。周囲の人を巻き込まずに戦えるだろうか・・・)
状況の変化に気づいたリリスが相手を傷つけずにさらに周囲を気にしながら戦わなければならないという状況に焦りを見せる。
魔物や魔獣とだけダンジョンで戦っていたリリスにとって街中での対人戦闘はあまり得意ではない。
ドッペルの方もクルトを抑えながらしかも周囲にいる人だかりに被害を出さずにリリスにどういって納得してもらうかを考えていた。
周囲の者達も武器を手に取り自分たちも参加すべきなのかと唾を飲み込んで2人の動きを待つ。
刻々と変化する状況にどうすべきをかドッペルとリリスが考えていると突如として二人に話しかける一つの影があった。
「お前ら静かにしろよ。」
ニュルリと姿を現したそれはアルトの霊魂だった。
赤毛の男の体内から出て来たゴーストに皆の視線が集中する。
「ア、アルトか・・・?」
その姿にリリスが目を見開いて問いかけるとアルトは「そうだよ。」と返事をした。
「全くうるさくて起きちまったじゃね~か。クルトといいお前といい少しは静かにしろよな!」
両腕を組んでドッペルを叱りつける様にアルトがそういうと「いや、でもリリスさんがいきなり・・・」としゅんとしながら言い訳を始めるドッペル。
「なんだ、リリスのせいなのか? 全く俺の邪魔するなよな! で、何があったんだよ?」
文句を言いながらもリリスの方を向いて問いを投げかけるアルト。
「え、ああ・・・ いや、その・・・」
とてもではないが、アルトの身を案じて行動を起こしたとは言えそうにもない。
よく考えれば何の確認も確証もなくいきなり動いたのだ。
リリスにとっては最愛の人物であるアルトの身に危険が起きたのだからそうなってしまったのは仕方がない事なのだが、寝起きでとても不機嫌そうなアルトにはおそらく何を言っても意味がないだろう。
「すまん。ワシのはやとちりじゃ。」
結局リリスには謝ることしかできなかった。
「なんだよ。そんな理由でたたき起こされたのか。仕方がない。騒ぎ散らして俺を起こしたクルトで憂さ晴らしでもするか。」
そう言って肉体に戻っていくアルト。
「(いや~!! やめて~! ごめんなさい!)」
精神世界で悲鳴を上げて泣き叫ぶクルトの声がドッペルの脳内で木霊した。
周囲にいた人たちもアーシェ達三人もその光景を口を開けて見守る事しかできなかった。
その後、五人は宿に入り夕食を取ることにした。
五人が宿に入ると周辺にいた冒険者たちも解散していった。
この食事の時にリリスとドッペルによる説明が三人に行われるのであった。




