第三十九話 休日 午後 前編
昼食を取り体をドッペルと交替したクルトは眠りについた。
(うう・・・ ひどい目(説教)にあった・・・)
(自業自得だろうに・・・)
ドッペルはそう思いながらクルトと代わった。
長い説教を受けて体が疲れているのか少しだけ気怠さを感じた。
(さて、どうするか・・・)
ドッペルは困っていた。
昼飯を食べたばかりでは食事をして味覚を楽しむことは難しい。
ダンジョンや森に行くことはできない。
ならば街中で過ごすのだが何をすればいいのかはわからない。
とりあえずは、何か面白いことを探して街中をブラつくことにした。
(外に出たいとは思ったが出たからって何かしたいわけじゃないんだよな・・・)
幼少期に出来た小さな人格がアルトの記憶と情報によって青年となったドッペルには自分の記憶というものが少ない。
あるのはたった一日だけ一緒に過ごしたリリスとの記憶と催眠術にかかった時の同い年の子供達とのチャンバラだけだ。
もっともそのチャンバラごっこは実はレベル上げだと知ってからはあまりいい思い出ではない。
ドッペルが肉体を欲したのは一つの人格として肉体を欲しただけで肉体を使って何かしたいわけではなかった。
(魔法の練習でもしようかな・・・)
一時間ほど適当に街をブラついた後に出た答えはそれだった。
衣服にも宝石にも特に興味はない。
本は少しだけ興味があったけれど本屋に並ぶたくさんの書物に何をどう選べばいのかわからなかった。
ドッペルは仕方なくギルドに向かい受付のミーファさんに「魔法の修行がしたいんですけど、どこかいい場所ってありませんか?」と尋ねる。
ミーファさんは「また来たの?」とでも言いたげに少し嫌そうに俺を見た。
何か嫌われるようなことをしただろうか?
「それなら、訓練所があるからそこでやりなさい。これは申請用紙ね。」
ミーファさんは申請用紙を渡してくれたのでそれに記入して訓練所の施設を借りた。
「じゃ、ここ使ってね。」
ミーファは部屋の名前と番号の書かれた札を渡してくれたのでギルド内部の地図や案内表示を頼りにその場所に向かった。
施設は同じ大きさの部屋が四つあり、その中でトレーニングを行う。
部屋の名前は鍛錬、修練、戦術、魔導となっている。
ドッペルは1人で魔法の訓練をするので部屋は魔導となっている。
魔導の部屋には特に何も置かれていない。
部屋に着くまでに他の部屋を覗いてみたところ。
他の部屋ならば、戦術ならば稽古用の武具が置かれていたり、鍛錬ならば筋力強化様にバーベルなどの様々な器具が置かれているようだった。
部屋の大きさは縦横40mほどの正方形の部屋だった。
部屋の床には10m四方に区切るかのようにペンキか何かで線引きされており、区切られた区画の中には1~9の番号が振ってあった。
(ええっと・・・ 魔導の5番だからちょうどド真ん中の区画だな)
ドッペルは場所を確認すると部屋の中心で座して魔法を発動する。
周囲の人間は部屋に入ってきた赤髪のドッペルを興味深そうに見つめながらいつ襲いかかってきてもいいように自分たちの得物に手を付ける。
部屋自体には何もないが部屋に武器を持ち込むのは禁止されてはいない。
(とりあえず、属性変換の練習から使用かな・・・)
ドッペルは床に胡坐をかいて座ると目を閉じて意識を集中する。
それと同時に魔法を発動した。
魔法はもっとも簡単な魔法弾の生成だが生成された魔法弾を見て周囲から驚きの声が漏れる。
ドッペルがやったのは複数の魔法弾の生成と属性変換だが、変換した属性の種類がすごかった。
火、水、風、土の四変換に加えて雷、氷、光、闇の八変換である。
属性変換は3つできれば優秀、四つできれば天才と呼ばれるほどに習得が難しい。
覚えることさえできればレベルによる補正でどうとでもなるが、まず習得できるかどうかが一番の問題となる属性変換をアッサリとやってのけたことに周囲は驚いたのだ。
だが、周囲の人間はその後にとんでもないことに気が付いた。
「魔法を八つ同時に発動しているのか?」
「いや、普通の変換なしの魔法弾もあるから全部で九つだ・・・」
「馬鹿な! そんなことできるわけがない!」
周囲から「あいつは化け物だ」と声が上がる。
そう、魔法弾を複数作るのは≪魔法弾≫という一つの魔法でありそれを複数個作っても一つの魔法としてカウントされる。
だが、属性変換がなされた魔法は炎なら≪炎弾≫になり、水ならば≪水弾≫となりこの二つは別物としてカウントされるのでたった二つ作っただけで二つの魔法を使用したとみなされる。
それを純粋魔法弾を含めた9つを同時に展開しているのだ。
周囲の驚きは当然であった。
ドッペルとしては精神世界内でやっているいつも通りの事をしているだけなのに周囲から声が上がり逆に集中が少し乱れた。
(外だと周囲の眼や環境の変化が魔法に影響するのか・・・)
いつもと違う環境に少し驚きながらも修行を続けるドッペル。
周囲に魔法弾を作りながら今度は魔鎧を同時に発動する。
これで本来ならば10個目の魔法の発動なのだが、実はドッペルは独自の特殊な魔法変換システムを使用しているのでこれでも2つしか発動してはいない。
普通の人の場合は
炎弾、水弾、風弾、土弾で四つの魔法を使用するのに対して
ドッペルの場合は
魔法弾+属性変換魔法の二種類だけで純粋魔法弾を含めた9属性を展開可能なのだ。
属性変換魔法はかけると魔法弾の属性を自動変換する魔法でそのやり方は通常の魔法と異なる。
通常は
炎弾の魔法術式 → 魔法を発動 → 魔法が発生 → コントロールもしくは維持 で出来ている
維持、コントロールしている間は魔法一つ発動中
別の魔法は術式そのものが違うので同じ火属性でも発動すれば別の魔法となる。
ドッペルの魔法
魔法弾の術式 → 魔法を発動 → 魔法が発生 → コントロールもしくは維持 ←この状態に属性変換魔法を発動して属性変換。 変換後、魔法弾の属性が変わる。 変換後に属性変換魔法は役目を終えて消失するので変換途中は魔法を発動しているが変換後は消える。
つまり、属性弾を作ってはいるが展開している術式は二つしかないのだ。
ドッペルはこの方法を独学で身に付けた上にアルト自身もこのやり方しかよくわかってないのでドッペルはこの方法が普通だと思っている。
なので、なぜ周囲が驚いているのは分かっていなかった。
周囲の声を聴いて不審には思いながらも気にせずに修行に入るドッペル。
二つの魔法の発動を完了して周囲の魔法弾を適当に範囲内で操作した後、ドッペルの修行は終了してしまう。
(ううん・・・ これ以外の魔法ってシーフレイム以外知らないんだよな・・・ 後は加護(プロテクション)系の魔法ぐらいかな? 加護系はやってもあんまり意味がないし、シーフレイムは室内で使うにはちょっとな・・・)
次に何をするかを考えながらウンウンと唸るクルトを横目に周囲の者達はハラハラしながら見つめていた。なにせすぐ隣で魔法使い系の上級職ですら不可能な10個の魔法を展開されているのだ。
もし暴れられれば自分達なんて一瞬で消し飛べされるだろう。
そんな中で修行を行うのは非常に困難だった。
だからと言ってパラサイトアントがいるのでダンジョンや森に入ることはできない。
なので、周囲の冒険者たちは頭を抱えながらなんとか修行をしようと頑張るのだった。
そんな彼ら以外にもドッペルを見つめる視線が三つあった。
アーシェ達3人だ。
彼らはアルトが兵士たちにお説教を受けている間だけ別の場所で修行をして、その後に昼食を取っていたのだが、昼食後に「お説教が終わったかな?」と見に行くとそこにアルトの姿はもうなかったのだ。
そして、先程方々を探し回りようやくここで発見したのだ。
「全く次は何をやらかすのかと思ったら普通に修行ですか・・・」
アーシェはようやく見つけたアルトが普通に修行をしていることに安心しながらも悪態をついた。
「でも、すごいですよ。10個も魔法を使うだなんて普通ではありえません。」
アリスは魔法の知識が少しあるためにアルトが行っている常識を超えた魔法の発動に驚きの声を漏らした。
セリスはそれを聞いて「へ~」と小さく呟きながらアルトを見つめる。
森で見た先程までよりも髪の色が少しだけ薄くなっていることを不思議に思ったのだ。
アルトの体は現在三つの精神が入っており、それが変わることによって髪と瞳の色が微妙に変わる。
クルトは深紅に輝く髪と瞳で、ドッペルはクルトよりも薄い赤になり、アルトは赤黒い色をしている。
三人はアルトの様子を窺うのだが・・・
(あ、そうだ・・・!)
ドッペルが何かを思いついたかのように魔法を発動させた。
ドッペルが使用したのは感知系の魔法で周囲にいる人や物を感じ取るものだ。
アルトが呼吸による魔力回復法の修行時に使っていることを思い出し試しに使用してみる。
アルトの魔法の効果範囲は宿の部屋一室分だったが、ドッペルの魔法の効果範囲は大きなこの訓練場を包み込んでも余りある物だった。
なので、すぐに部屋の外にいるアーシェ達三人に気づいた。
(なんで、三人がここに? そういえば、森の中でクルトを追いかけて来ていたな・・・ 心配して来てくれたのかな? うーん・・・)
素直にお礼に行くべきなのだが、午前中の件はクルトのことなのでドッペルには関係のない事のように思えた。
しかし、他の人から見れば自分もクルトもアルトでしかない。
(そう思うとお礼を言うのがアルトとしては普通なのかもしれないな・・・)
どうしようかと悩みながらも感知を続けていると三人がずっと自分を見つめ続けていることに気づいた。
(アルトに様なのかな・・・?)
ドッペルはとりあえず魔法を解除して三人の所に向かった。
三人はアルトから隠れる様にドアの部分から離れて行く。
(むぅ・・・ ずっと見つめといて逃げるだなんて失礼だな・・・!)
ドッペルは少しだけ気分を害したために身体強化魔法を発動して本気で三人を追う。
三人はドッペルが自分たちに気づいているとは思っていないので普通に逃げていたのだが、途中からドッペルが本気で追いかけてきたのでバレたことに気づいて立ち止まる。
というよりも、あっさりとドッペルに追いつかれて捕まった。
「何か用か?」
気分を害したためか少し威圧的に三人に話しかけるドッペル。
その眼からは発狂時に手にした魔眼特有の威圧感の様なモノが出ていた。
魔人になっていないので本物の魔眼ではないが初級職の低レベルな三人には威力が強すぎたのか三人は口を開くことができない。
「「「・・・」」」
三人が三人とも恐怖によって口を閉ざし魔眼の威圧によりその身を震わせて抱き合う様に三人は身を合わせる。
「ああ、すまん。」
それを見てドッペルは冷静さを取り戻して魔眼もどきを解除する。
解除しても瞳の色は変わらずただ威圧感がなくなるだけだ。
そのため、最初はどうやってオンオフを切り替えるのかもわからなかったが、アルトが「なんとなくこうすればいい」というすごく曖昧な方法でそれを可能にした。
記憶の共有でドッペルもクルトもなんとなくでできる様になっていた。
「「「ふぅ」」」
三人は魔眼から解放されたからか溜息をつく。
額には魔眼時に受けた精神的な苦痛からか大量の汗が浮かんでいた。
「それで、三人は何をしに来たんだ?」
ドッペルが改めて聞き返すと三人は顔を見合わせる。
見合わせた後に一斉に頷くと一緒に口を開いた。
「不審な行動をしないか監視していた」
「危ないことをしていないか気になって・・・」
「魔法の勉強になると思って観察してました」
一斉に答えるが答えは結構バラバラだった。
ただ、三人とも監視、あるいは観察していたことは確かだ。
あとは、アーシェはそれを正直に述べて、アリスは遠回しに伝えようとして、セリスは誤魔化そうと嘘を言ってと三人のアイコンタクトはまだまだだということは分かった。
(ま、多分。アルトの監視ってところか・・・)
リリスのいない現状で一人になっているアルトを気にしてやってきた。
きっとそんなところだろうと思いつつドッペルは三人に尋ねる。
「暇なら一緒に魔法の修行をしよう。魔鎧。まだちゃんとできないんだろう?」
ドッペルは午前中の森でのパラサイトアントとの戦いの最中に三人がまだ魔鎧を完全にマスターしていないことを思い出してそう提案した。
三人はまたを視線を交えて意思の疎通を図る。
(さっき失敗してたじゃん・・・)
ドッペルはどんな答えが返ってくるのか不安になりつつ答えを待つ。
「「「よろしくお願いします」」」
だが、ドッペルの予想を三人は同時に頭を下げてドッペルに教えを乞うた。
三人ともさっきのドッペルの魔法を見て良い修行になるという共通認識を持っていたために今度のアイコンタクトは見事に成功した。
「じゃ、行こうか。」
ドッペルを先頭に三人は後を付いて行く。
そして、ドッペルによる魔法の講義が始まるのだった。




