第三十七話 休日 午前 中編
ナンパする女の当てがついたので俺はその女がいそうな場所に向かった。
人ごみに入ると俺の赤い髪を見て皆が勝手に端によって俺の前の道を開けてくれる。
(なんだか気分がいいな・・・)
まるで王様にでもなったような気分になって嬉しさを噛みしめつつ目的地に到着。
扉を開いて中に入ると一斉にみんながこっちを向いた。
そして、またも視線は俺を見たまま動かない。
俺の一挙手一投足を見逃さない様にしているのだろう。
(監視されてるみたいで少し嫌だな・・・)
そんなことを思いながらも目的の女性の下へと駆けだす。
彼女は今日もシフトに入っているのかお仕事中だった。
「こんにちは。」
俺はそんな彼女に声をかけるのだった。
私達が尾行を開始してからアルトは何かを考えていたかと思うと何処かへと早足に駆けて行った。
その足取りは軽く実に楽しそうだった。
人ごみに入るとアルトの髪の色を見た人たちが怯えたようにアルトの前からそれていく。
そうしてできた道を軽快に進むアルトは鼻歌でも歌っているかのように楽しげな顔をしていた。
私達は人ごみに飲み込まれてうまく後を追えないのになんだか不公平だ。
そんなことを思いながらもなんとか尾行を継続した結果。
ギルドの前に到着した。
アルトも先程ギルドの中に入って行った。
私達はアルトに気づかれない様にそっと扉を開けて中に入った。
中に居る人たちはアルトのことを注視しているためか私達には気づかない。
「アルトさんは何をする気なんでしょうね?」
セリスの口から疑問が漏れる。
それは私も考えていた。
パラサイトアントが発生している現状ではリリスさん抜きでは私達のレベルではダンジョンに潜る許可は下りないだろう。
なのにアルトはギルドにやってきた。
ダンジョンに潜る意外だと、ギルド所有の書籍の貸し出しか鍛錬場の使用許可でも取りに来たのだろうか?
アルトはあれで勉強熱心だから十分あり得ることだが、その為だけにあんなにうれしそうに街中を歩くだろうか?
私達は頭にフードをかぶりギルド内のテーブルに三人で座るとギルド内の人達に紛れてアルトの行動を注視する。
幸いにしてアルトの行動はギルド内のほとんどの人間が注視しているので私達の視線にアルトは気づかない。
「ねぇねぇ、兎のお姉さん。俺とお茶しない?」
私達が・・・ いや、ギルドの中に居るほぼ全員が注視する中でアルトは突如受付嬢の兎の獣人のお姉さんにそう声をかけた。
一瞬、そこにいる全員が「聞き間違いか?」と耳を疑った。
「アルト君。悪いけど食事や飲み物はあっちのテーブルで注文してね?」
兎の獣人の受付嬢はそう言ってアルトの言葉を受け流す。
だが、アルトはそんな言葉を気にせず言葉を続ける。
「そういえば、お姉さんのお名前って聞かせてもらってもいい? あと、俺のことはクルトって呼んで♪」
アルトは受付に陣取ってお姉さんに自分の存在をアピールする。
その言葉を聞いてギルド内の皆が「ああ、聞き間違いじゃないのか」と思ったことだろう。
なぜそんなことをするのかや自分の名前をクルトと呼んで欲しいなどというお願いの意図は分からないがともかく、アルトの現在の行動は以上だ。
これも発狂による影響なのだろうか?
ただでさえセクハラ魔人のアルトがナンパまでするだなんて・・・
それではただの変態じゃないか。
「フフフ。 アルト君は面白い子ね。 私こう見えてももう300歳よ? 君みたいな若い子がナンパするような相手じゃないわよ?」
受付嬢のお姉さんはそう言ってアルトを軽くあしらう。
「それは質問の答えになってないぞ? あと、歳の差なんて気にすることないぐらいお姉さんは美人だから問題ないさ!」
アルトは果敢にも年齢差およそ280歳の相手に挑んでいく。
「アルトさんって勇気ありますね。」
「ええ、まさかあんなに女性に積極的だったなんて・・・」
セリスとアリスはゴクリと唾を飲み込んで状況を楽しそうに見守っている。
「ふぅ・・・ あきらめる気はないのね。 その積極さに免じて名前だけは教えてあげる。ミーファよ。さ、もう気は済んだでしょう? 様がないならおかえりなさい」
受付嬢のミーファはそう言ってヒラヒラと手を振ってアルトに帰るように促す。
「ミーファさんか~♪ 名前も容姿も美しく綺麗で素敵だな。 今度の休みにデートに行かないか?」
そんなミーファにしつこく話しかけ続けるアルト。
ミーファは迷惑そうに首を振りながら周囲を見渡すが周りの冒険者達は誰一人として止めようとしない。
今現在、ギルドにいるのはパラサイトアントに立ち向かうレベルに到達していない低レベルな者達ばかりなのだ。
そんな低レベルの者達が『発狂していつ暴れ出すかわからない危険人物』に関わり合いになろうとしないのは当然である。
彼らがアルトを警戒しているのは暴れ出した場合に防御と回避、そして逃走の為であって決して戦闘や対処するためではない。
「しつこい男は嫌われるわよ?」
ミーファはあまりにもしつこいアルトに嫌気を覚えながらも無理やりにあしらったり、奥に逃げたりはしない。
発狂の可能性があるアルトを興奮させないためだ。
そうすることで彼女は自分とギルドを守っているのだ。
「うう~ん。確かにしつこすぎるのはダメか・・・ でも、このまま引き下がるとなんだか負けた気分で嫌だなぁ~。 ねぇ、そっちが折れてくれない?」
アルトは考えたフリをして一瞬だけ視線を宙に向けるとミーファに向き直って笑顔で微笑みかける。
得物を『逃がす気はない』とでもいいたげなアルトの態度にミーファは深くため息をついた。
「しょうがないわね~。今度の休みは三日後だからその時に少しだけ時間作ってあげるわよ。」
「ほんとに?! やったぜ!!」
アルトは飛び上がりそうなほど喜んでミーファと時間と待ち合わせ場所の相談をしだした。
そして、相談が終わるとホクホク顔でギルドを後にしたのだった。
「あいつ・・・ ミーファさんとデートの約束をしていったぞ・・・」
「スゲ~・・・」
その姿を見てギルド内にいた冒険者たちから驚きの声が上がるのだった。
この世界では基本的に他種族同士で男女の付き合いをすることはあまりない。
自分と同じ種族の者を可愛いとか綺麗だと思う為だ。
たまに、趣味や嗜好がこれとより逸脱した男女が恋に落ちるが人間以外の種族が人間を選ぶことはまずない。
何せ寿命が300年以上違うのだ。
人間の若いころの姿は一瞬で他種族にとっては300年近くあるのだ。
5年も経てばその変わりゆく姿に人間以外の他種族は耐えられなくなるのだ。
そんな常識もあってか人間も人間以外は全く口説かない。
口説いても半分以上は冗談で言っている。
だから、アルトの強引な姿勢は見ている者も口説かれているミーファにとっても理解できない物だった。
「あ・・・ 追いかけないと見失っちゃいますよ?!」
「そうでした。」
「急ごう、急ごう」
少しの間、呆けていた私達はセリスの一言で我に返ってそそくさとギルドを後にしてアルトの後を追うのだった。
「毎度あり。」
「どうも。」
お金を渡して弁当を受け取る。
お店の人は実に愛想の悪い人だった。
まぁ、赤髪の発狂してるかもしれない危険人物への対応ならまぁ仕方ないか・・・
ナンパはとりあえず成功と言っていいだろう。
約束も取り付けたし・・・
まぁ、俺がその日に表に出てこれるかはわからないがアルトが何とかするだろう。
正直にいってそこまでデートに拘りがあるわけじゃないし、ミーファって人と付き合いたいわけでもじゃない。
ナンパがしてみたかったのだ。
そんなわけで約束を取り付けたが俺自身はもうデートのことはどうでもいいと思っている。
(最後は森で暴れるかな・・・)
俺は日頃の鬱憤を晴らす為に森へと出かける。
さすがにダンジョンに潜るのは俺のレベルでは無理だった。
許可が下りないのだ。
リリスがいればいいのだが、リリスに見つかると面倒なことになりそうで怖い。
きっと「アルトを乗っ取ったのか?!」と声を荒げて俺を批判することだろう。
俺は町から出て森に向かうのだった。
森に向かう途中にある外壁の所には普段の倍以上の兵士が立っていた。
パラサイトアントを警戒してのことだろう。
おそらく、外から見える数字は倍だが休憩のための小屋の中にも普段より多くの兵がいて数的には三倍以上の人数が待機しているのだろう。
「どこにいく?パラサイトアントが森の中にも出たために今は交通を規制しているのを知らないのか?」
兵士の1人が俺の前に立ってそう言った。
周囲にいる兵士達は俺のことを警戒してかまるで取り囲むかのように俺の周囲に散開する。
「パラサイトアントの巣の調査に向かうのさ。ギルドから聞いてないのか?」
俺は平然と嘘を言った。
兵士たちは顔を見合わせてどうするかを考えている。
「ギルドから派遣された一団はもっと早く出て行ったぞ。なぜ、お前だけがこんなに遅くなんだ?」
「ああ、俺だけ別なのは仲間外れにされたからさ。」
俺は「皆が発狂時と同じ髪の色を持つ俺と一緒に行きたくなくて待ち合わせ時間を騙されたんだ」と嘘の説明をして納得してもらえるようにお願いする。
通行証や調査許可がないのも一団と一緒に出る予定だったから持ってないと付け加えて・・・
「まぁ・・・ 確かにそうか・・・」
兵士たちも俺の話を聞いて納得したのか俺を通してくれた。
「これを持って行け。今は入るのにも規制がかかっているからこれがないと街中に入れないぞ。」
そう言って兵士の1人が俺に通行許可証をくれた。
「ありがとう。助かります。」
俺は親切な兵士に頭を下げてお礼を言って街を出た。
(チョロいぜ・・・)
思わず笑みが零れてしまった。
そんなアルトの後を追ってアーシェ達が到着したことにはすでにアルトは街の外に出てしまっていた。
すぐさま兵士たちの下に行き事情を話すと兵士の1人がギルドへの連絡に走り、三人に許可証を渡してアルトの捜索の協力をお願いする。
兵士たちも数人で1グループを作ると捜索に向かった。
「全く! なんてガキだ!」
と兵士たちはアルトに対して怒りを覚えたのは言うまでもないことだった。
「ふう・・・ 森に着いたは良いけど獲物がいないな・・・」
クルトは森の内部を散策しながら適当な獲物を探しが残念ながら見つからない。
パラサイトアントが周辺の得物を狩って巣に持ち帰っていることや寄生されていた動物たちがパラサイトアントの羽化により一斉に大量死してしまったのが原因だ。
生き残っている動物たちも身を守るために巣に隠れるなどうしているのでそう簡単には見つからない。
「適当に環境破壊するのはなんか虚しいよな・・・」
森の木々に八つ当たりしても状況が好転しないことは明白なのでクルトは腹の中にイライラを募らせながら以前に襲撃を受けたポイントとパラサイトアントが襲ってきた方向を思い出しながら巣のある方向に歩き出した。
動物がだめならパラサイトアントで憂さ晴らしをしようと考えたのだ。
精神世界内ではアルトやドッペルに連戦連敗しているクルトだが・・・
(表に出れば俺が最強なんだよ! なにせ無限に魔力を吸収して使えるんだからな!!)
とかなりプラス思考というか楽天家だった。
クルトは理性と知性を手に入れたがそのレベルは未だに子供並みなのだ。
『魔力が無限に使用できる=最強』というこの単純なる思考をクルトはすぐに後悔することになるのだった。
クルトが巣に向かって歩いていたためだろうか一匹のパラサイトアントがクルトの方に向かって飛んできた。
クルトはすぐに戦闘態勢に入り空中に複数の魔法弾を製造しだした。
やがて、魔法弾の射程範囲に入るとクルトは製造を続けながらも複数個の魔法弾を一斉に発射する。
魔法弾は生産中のものが10個、待機中のものが5個、発射されたものが10個だ。
(まずは、魔法弾をぶつけて相手の動きを止めてそれから集中砲火だ!)
一斉に放たれた魔法弾が標的に向かって真っすぐに飛んでいき、着弾まですぐそこまで迫った瞬間だった。
(当たった!) ドゴォン!!
クルトが相手に攻撃が当たったと思ったとほぼ同時に発射された魔法弾が同時に爆発する。
魔法弾が爆発のしたために辺りは強い光で覆われる。
そんな中でもクルトの魔眼になりかけの瞳はハッキリと相手を認識することができる。
「馬鹿な?!」
クルトの予想とは裏腹にパラサイトアントにはクルトの魔法弾が当たっていなかった。
パラサイトアントはクルトの魔法弾の爆発から逃れる様に避けてクルト目掛けて一直線に飛んでくる。
直撃の瞬間にパラサイトアントは後退して攻撃を避けたていたのだ。
クルトの放った魔法弾が爆発したのはそのすべてがパラサイトアント一体目掛けて飛んでいたために途中でぶつかって誘爆してしまったのだ。
だが、そんなことはクルトには理解できなかった。
「ええい!もう一度だ!」
なぜ避けられたのか理解はできなかったが相手が向かって生きていることだけは確かなのでもう一度魔法弾を放つ。
今度の魔法弾は相手が近くに来たのでただ直線的に飛ばしたものだったが、それが弾幕の様に広がったのがよかったのか今度は誘爆や魔法弾同士の衝突はなさそうだった。
しかし、パラサイトアントにとって直線で飛んでくる十数個の弾丸は避けるのは容易かった。
これは狙いをつけていたけではなかったのでその内のほとんどが避けるまでもないものだったのが原因だ。
「くそう!」
魔法弾の生成と発射。
この二点しかできないクルトにはパラサイトアントの後方に飛んで行った魔法弾を反転させるだなんてことはできない。
ただ、生産と発射を繰り返してパラサイトアントを迎撃しようとするがその攻撃は一度として当たることはない。
(なんでだ?! アルトの攻撃は当たってたのに?!)
実は威力、速度共に魔法銃を使っているアルトよりも勝っているクルトの魔法弾だったがアルトの魔法弾は相手を誘い込んだところに放っていたから相手から当たっていたようなもので決して当てていたのではない。
そんな作戦や戦術を理解できないクルトにはなぜ自分の攻撃が当たらないのか理解できなかった。
「くそう!」
そうこうしている間にパラサイトアントの巨大な顎が大きく開かれクルトのすぐそばに迫ってくる。
ガキン!
パラサイトアントの顎はクルトの前顔にまで迫るが咄嗟に魔鎧を発動して攻撃を防いだ。
パラサイトアントは顎を必死に動かして魔鎧を食い破ろうしている。
(捕まえれば当たる!)
パラサイトアントの動きを封じようと手を伸ばした瞬間。
パラサイトアントは羽をはばたかせて空中に逃げて行った。
虫特有の複眼をもつ故に背後から捕まえようと動いたクルトの腕に反応したのだ。
「くそが! もう一度だ!」
今度は身体強化を施して能力値をあげてからもう一度、魔法弾を放とうとしたその時だった。
パラサイトアントは急加速をしてまたもアルトの顔に噛み付こうとした。
「うわっ?!」
咄嗟に左手を出して攻撃を防ごうとするクルト。
グシュリ・・・
何か鈍い音を立ててからパラサイトアントはまたも空中に逃げる様に飛び立っていった。
「ぐぅうう・・・」
腕に走る鈍い痛みに咄嗟に右手で傷口を抑えるとべっとりと生暖かい物の感触があった。
見てみると手の一部が噛み千切られたのか少し抉れていた。
「くそう・・・」
クルトはすぐに魔鎧を発動して防御態勢に入る。
するとパラサイトアントはクルトが魔鎧を発動したことを感じ取ったのか周囲を飛び回るだけで攻撃をしてこなくなった。
(くそう・・・ 攻撃をする瞬間に魔力を集めるために魔力吸収をした瞬間に魔鎧を消してしまった)
魔力の吸収は空気と共に取り込むのが普通のやり方だが発狂者や魔人は呼吸時の空気からだけでなく自身の周囲の空気中の魔力を集めることで吸収効率を飛躍的に高めている。
だが、その為に魔鎧などの防御魔法と同時に発動するのは非常に困難であり現在のクルトには不可能だ。
クルトの魔法弾の威力と速度が魔法銃を使ったアルトよりも上なのは無限の魔力吸収によって膨大な魔力を消費しているからだ。
魔鎧を発動した状態で限られた魔力で戦う場合ではクルトの攻撃力は激減してしまう。
(魔鎧も魔力を吸収することを前提に張ってるから体内魔力だけじゃ長く持たない・・・)
おまけに、傷口から漏れる血がパラサイトアントの唾液に含まれる成分により流血が止まらないために体力値もドンドン減ってきている。
簡単な魔力運用である魔法弾や魔鎧と違い属性変換や治癒魔法といった分野はクルトは全く使えない。
時間が経てばやがて体力値が底をつくか魔力が尽きて魔鎧が消失する。
ここに来てクルトは自分の愚かさを痛感した。
(打つ手がない・・・)
目の前にいるただの一匹の虫に対して打つ手がないと悟り絶望する。
このまま死ぬか時間まで無様に逃げ回るかの選択肢がクルトの思考内で迫られた瞬間だった。
「アルト~!!」
遠くからアルトのことを呼ぶ声が聞こえた。
恐らくは自分のことだろうと思い振り返るとそこにはアーシェ達3人だけでなく、外壁の関所にいた兵士たちも数人ついて来ていた。
(助けが来た!!)
心の中で歓喜するクルト。
だが、そんなクルトの希望を振り払うかのように背後にいるパラサイトアントの羽音が大きく、早くなる。
何事かと振り返るとパラサイトアントの数が1匹から7匹にまで増えていた。
増えた6匹のパラサイトアント達はアルトのことなど放置してアルトのことを追いかけてきたアーシェや兵士たちの下へと向かっていく。
「逃げろ!」
クルトは咄嗟に声をあげて逃げるように伝えるがパラサイトアント達は一瞬でアーシェ達や兵士たちの下に行ってしまい交戦状態に入った。
前も後ろもふさがれたクルトの前には逃げられない絶望が広がっていた。
(俺は死ぬのか・・・)




