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第三十六話 休日 午前 前編

「すまん。今日は休みにしてくれ。」


朝一番でギルドの前で俺とリリスは2人で頭を下げる。

下げる相手はパーティーメンバーであるアーシェやアリス、セリスの3人だ。

三人はポカンと口を開けて目の下にクマを作った俺とリリスを交互に見る。

昨夜の情事は大分遅い時間まで やっていたので寝不足なのだ。

俺は前の日に徹夜もしているからかなり眠い。

リリスは初体験の痛みがあるのか別の意味で辛そうだ。


「はぁ、わかりました」


アーシェがこう答えるとほかの2人も同じように頷いて納得してくれた。

何があったのかを聞かないでくれるのは大変にありがたい。

昨夜のクルトの様な態度を取られたら今の俺なら手加減抜きで殴りつけていただろう。


「うむ。ただ休日にするには惜しいから一つ基本的な魔法を教えるので覚えておいてくれ。この魔法は職業に関係なく有用な魔法じゃから覚えておいて損はない。」


そう言ってリリスが教えてくれたのは<魔鎧まがい>という魔法だった。(マジックアーマーと読んでもいい。)

名前の通り『魔力のよろい』又は『魔法の鎧』と云う意味の魔法だ。

リリス曰く、身体強化魔法同様に全戦闘系職業共通で覚えておくべき習得必須の魔法だそうだ。


「魔力で全身。又は体の一部や防具を魔力で覆うことで物理、魔術における防御力の向上や防具として使用したり、純粋魔力で武器を覆うことで魔力の刃を形成して魔法攻撃として使用したりもできるものじゃ。」


俺が以前アーシェにあげた付加魔法付きのナイフと同じように使用できるものだそうだ。

やり方は魔鎧をするところを魔力で覆ってシールドを作る様に圧縮したり、魔術式を展開して発動するという二通りのパターンがあるのでやりやすい方や状況による使い分けを行うのがベストだそうだ。


「圧縮する方法は魔力の圧縮率と注ぎ込む魔力の総量で強度が決まるので調整が可能。また、咄嗟に発動しやすいのが利点じゃ。魔術式の方は一定の量で一定の効果が得られるタイプじゃな。こちらの利点は重複展開が容易であるために装甲を何重にもして防御力を高めやすいのが利点じゃな。術式は何タイプかあるが一番簡単な物を教えておこうかの。」


リリスは二つの魔法の発動方法の利点を説明する。

どちらが優れているということはなくどちらにも利点はあるので両方覚えた方がお得な感じがするな。


「両方のやり方をとりあえず教えておくから明日までにどちらかできる様になっておれ。では、ワシは帰って寝る。」


リリスはそう言ってギルドから引き返して宿に戻る。


「俺も帰るわ。ああ、パーティーの解散と脱退はどうすることになったんだ?」


「あ・・・・えっと・・・・」


「全員残ります。」


アリスが俺の質問に咄嗟に答えようと言葉に詰まったので一瞬明日聞き直してもいいかとも思ったが、セリスが元気よく返事を返してきた。


「そうか。リリスの教えてくれた防御魔法ができる様になればパラサイトアントに不意を突かれても一撃死はなくなるだろうからしっかり覚えておけよ。あと、これは今日のお詫びな」


俺は三人に少ないがお金を渡してから手を振って三人と別れた。


「どうしましょうか・・・」


「銅貨300枚に銀貨9枚みたいですね。三人で割れる数字を入れてくれてるみたいですね。一人頭銀貨4枚分なので、二人が休んでくれた方が金額的にはいつもより稼げてますね。」


アリスが今日の予定を確認するよりも早くアーシェはアルトに渡されたお金の入った袋の中身を計算していた。銅貨はアルトが銀貨はリリスが入れたものだ。


「もう、アーシェったら・・・」


「すみません。つい・・・」


アリスが頬を膨らませて怒るとアーシェは頭を下げて申し訳なさそうに謝る。


「でも、明日はパラサイトアントと戦わないといけないかもしれないから今日中にできるだけ魔鎧の練習をしておいた方がいいですよ。お金は今日一日なら今まで稼いだお金でも何とかなりますし・・・」


セリスの提案はもっともだ。

確かに、今までの稼ぎで今日一日ならお金をもらわなくても十分に生活できる。

ならば、今日は魔鎧の練習や戦闘の訓練を行って明日に備えた方がいい。

ダンジョンに潜るにせよ森に入るにせよ。

もはや、パラサイトアントとの遭遇戦は逃れられないのだから・・・


こうして、この日は訓練で一日が潰れる・・・・


はずだった。




「俺は寝るから・・・ あとで情報を共有して魔鎧は覚える。」


アルトはドッペルとクルトにそう言って精神世界で眠りについたのだった。

そんなアルトを見ながらクルトは怪しい笑みを浮かべる。


「なぁドッペル。午前と午後どっちがいい・・・?」


クルトは怪しい笑みを浮かべたままドッペルに尋ねる。


「何の話だ?」


「決まってるだろう? 当然、アルトの体を使う時間たいさ。」


「なに・・・?」


ドッペルにはクルトの言葉の意味は理解できなかった。

いや、考えは分かってもそれをしようとは思わなかった。

アルトが体を使わない間、自分たちが体を代わりに使うだなんてあってはいけない。

そんなことがアルトにバレればただでは済まないだろう。


「そんなことをしていいわけがないだろう?!」


ドッペルは声を荒げてクルトの考えを否定する。


「おいおい、あんまり大声出すなよ。アルトが目覚めちまうだろう?」


クルトは冷静にドッペルを宥めようとする。


「考えても見てくれよ。俺達が外に出るチャンスは今しかないんだぜ? おそらく、2人がかりでもアルトには勝てない。ならあいつが寝ている今だけが俺達が外を満喫するチャンスなんだ。別に一緒にアルトの体を乗っ取ろうって言ってるわけじゃない。アルトが寝ている時だけバレない様に二人で体をシェアしようって言ってるのさ。」


クルトの提案はドッペルにとって甘美な物だった。

現状では外に出る手段が全くない以上、クルトの提案以外に選択肢はない。

無論、狩りの時の様にアルトの許可やアルトが霊体で戦うといった時は体を借りられるだろうが、そんな機会は滅多にないだろう。

アルトの記憶から得た情報で霊体だけでは魔力吸収法は使えない。

そう考えるとアルトが肉体を使って今後は戦っていくことになる。


「おい、早く決めろよ。どうする?俺の話に乗るか?乗らないか?」


クルトは早く決めろとばかりにドッペルに迫る。

ドッペルの頭の中は『早く考えねば』という思いと『やってもいい』『やってはいけない』という思いが交錯していた。


「おい、どうするんだよ。」


そんなドッペルにクルトは捲し立てる様に問い詰める。


「わ、わかった。協力しよう。ただゆっくり考えたいから午後からで・・・」


ドッペルは「少し待って」と言わんばかりに左手を突き出し右手で頭を抱えて答える。


「おう。じゃそうするか♪」


クルトはそう答えると嬉々揚々と精神世界から表に出た。

クルトが表に出るとアルトの体の髪と瞳の色が赤々と輝くように変化する。


(ククク・・・ 計画通りだぜ♪ 午後からじゃアルトが目覚める可能性があるからな♪ 午前中ならアルトも口煩そうなリリスも起きてこない♪)


ドッペルは初めてに近い体の操作方法を確かめる様に起き上ると準備体操をして体の調子を確かめた。


「これが肉体か・・・ なかなかいいな・・・♪」


体操が終わると装備の入ったマジックバックを持って部屋から出る。

出る前にバックの中の金額を確かめるためにマジックバックの中に手を突っ込んだ。


(おお、リリスにお小遣い(無理やり渡されたお金)貰ってるから結構入ってる!!)


マジックバックの中の金額に喜びを噛み締めながら宿を後にした。

宿を出ると適当にブラつきながら屋台や店に入って食事をする。


(ああ、食事っておいしいな・・・)


精神世界では食事を必要としないのでお腹が特に減ったいない状態にもかかわらずクルトは食事を取り味覚や嗅覚というものを堪能した。

赤い髪と瞳を持つクルトに周囲の人々は怯えた様な目を向けるがクルトは気にせずに進む。

ただの人ごみも人と触れあった時に触覚や雑音で聴覚が刺激されて実に楽しい。


(今度はどこに行こうかな・・・)


朝食を食べた後なのでさすがにお腹がいっぱいになって苦しくなってきたクルトは適当に店を回って商品を見て視覚的な楽しさを得るがそれにも30分ほどで飽きてしまった。

元々あまりそういった物に興味がなかったのだ。


(何かやりたい事ね~・・・)


クルトは発狂した際にアルトの精神が暴走して生まれたものであるために破壊衝動以外に特に興味がない。それ以外となると人間の三大欲求たる睡眠欲と食欲、性欲ぐらいだが睡眠欲は体の中に引っ込むことなのでやっても仕方がなく、食欲はすでに満ち過ぎている。

これ以上の食事は吐き気を催すだけだ。

そうなると残るのは性欲だが、昨日リリスとアルトは激しく抱き合ったので肉体的にはそういったことは特にしたくない。

ただ、何もしないのはせっかく手に入れた肉体を扱える時間が無駄なようで気が引ける。


(でも、問題を起こすと後でアルトに消される・・・)


精神世界では人を殺せない。

なんてルールはない。

精神世界でも人は殺せるのだ。

殺すと人格が消失して消え失せる。

普通の人は人格が一つしかないがアルトは現在、クルトとドッペルという二つの違う人格を持っている。

本来ならば殺し合って消失させたりするのだが、アルトはそうしない。


(でも、それも俺達が大人しくしてる間だけなんだろうな・・・)


そんなわけで情報共有で理性と知識を手に入れた狂人クルトは問題を起こすわけにはいかなかった。


(性欲が湧き上がるわけでも、特にやりたいとも思わないがこのまま何もしないのはな・・・)


最終的にはダンジョンや森に行って憂さ晴らしをする予定なのだが、その前に何か別のことをしたいと来るとは思っていた。

狂人として戦いを求めるのではなく、人として何か行動を・・・

そんなことをしながら周囲を見渡していると一つのどこにでもありそうな光景が目に入った。


「ねぇ彼女~♪ 俺と遊ばない?」


「君たち二人だけ? 俺達も丁度二人なんだよね~。」


2人の男が二人組の女性に声をかけてナンパしていた。

女性たちはとても迷惑そうに男性二人を見ている。


「あの・・・ 私たち急いでるので・・・ すみません」


女性の1人が意を決したように男性たちにお断りの言葉を述べる。


「ええ?どこいくの?俺達もついてっちゃダメ?」


だが、男性たちはそれでは納得しないようでなんとかしようと粘っている。

女性たちはどうにか断ろうとしているが男性陣はナンパ慣れしているのか得物を逃がさない様にしている。


(ナンパか・・・)


クルトはナンパという言葉とその意味を知っているがアルトには経験がないのではという回答を出した。

アルトは中高とただ一人の相手を超えるためにただただ努力をするだけの毎日だった。

そんなアルトには女性と付き合った経験などない。

そもそもそこまで興味を持っていなかった。

そんなアルトがナンパなんてするわけがないという結論に至るまでにはそう時間はかからなかった。

寧ろクルトは瞬時にそう判断を出した。


(やってみたいな・・・)


そう思った瞬間、クルトはナンパをする二人の肩を掴んでいた。


「ん? なんだお前・・・!」


「おい、こいつ・・・」


男性2人は突如肩を掴まれて振り返りクルトを見ると赤い髪と瞳に驚きの表情を見せる。


「おい、ナンパってどうやるんだ? 教えろ!」


クルトの言葉の意味を男達は一瞬理解できない。

寧ろ、クルトを危険な物でも見るかのように怯えだした。

男性陣の後ろにいた女性たちもクルトを見て同様に怯えだす。


「女~。悪いがこの二人にちょっと聞きたいことがある。借りるぞ?」


特に脅しをかけたり怖がらせたりしているわけでは何が、クルトの言葉に女性たちは恐怖のあまり首を何度も縦に振って肯定した。


「サンキュ~♪ さぁ、どうやるのか軽く教えてくれ!」


「え!?ああ!! お、お助け~!!」


「話せこのクソ野郎!!」


こうして、クルトは男性二人を連れ去って行った後で二人からナンパのイロハを聞き出すのだが、男性二人が連れ去られる様を見て周囲の人達がギルドに連絡を入れてクルトの周辺を捜査に来たのでクルトは男達を即時解放することになった。


「ああ~・・・ 結局、ナンパの仕方がよくわからんかった。まぁとりあえず、女を口説けば良いってことは分かってるから適当に頑張るかな・・・」


男達を解放したクルトはまた街を彷徨うのだった。

そんなクルトのことをつける三つの影があった。

アーシェとアリス、セリスの三人だ。


彼らはアルトが男性二人を連れ去ったという情報を入手してアルトの捜索に参加した。

その後、行動を監視するべく尾行しているのだ。


(ナンパしたい女っているかな・・・)


そんな三人の尾行にクルトは全く気付かずにナンパする女を物色するが、どんな女性に声をかければいいかわからない。


(声がかけやすくてナンパしたいと思う女性・・・ ううん・・・ 俺は別に恋愛に興味ないからアルトかドッペルの性癖に合わせるか? でも、ドッペルの性癖だと情報共有してないけど多分リリスなんだよなぁ・・・ あいつロリコンなのかな・・・? アルトと情報共有した感覚からアルトはロリ体型に興味ないから俺もその情報に引っ張られてリリスはないな。 そう考えるとアーシェかアリスか? いや、セリスが本当に男なのか調べるのもありか・・・? でも、パーティーメンバーは後々めんどくさそうだしなぁ~・・・)


ああでもないこうでもないと考えあぐねるクルトだったが数分後、アルトの好みのタイプできれいな女性の心当たりを思い出した。


(そうだ! あの人にしよう!)


左手を広げてその上に右拳を乗せてポンと何かを閃いたようなポーズをとってからクルトは女性の下へと駆けだしたのだった。

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